第23話 進水式 3

 

 エモーリさんの説明と指示は続く。

 「で、それぞれの底荷の石板の重さは、すべて記録してくれ。最低の安定を保つために必要な底荷の位置と重さが判ったら、それは聖域化して、二度と動かないように火山灰コンクリートでしっかり船底に固定する。

 そこまでが済めば、船は一気に安定して安全になるはずだ。

 運用上では、この船は隔壁がたくさんあるので、その中に保管した飲料水なんかの重さでも、さらに安定はさせられると思う。

 今回は、この底荷の石板とは別に、さらに船底に積める荷重も計ろう。これが荷物運搬のときの荷物の重さだ。つまり、それが輸送量になる」

 「応っ」

 全員で、エモーリさんに返事をしたよ。


 エモーリさん、革でできたバケツの前から立ち上がった。

 「じゃあ、焦らず、1艘ずついくぞ。

 あと、念のために言っておくが、荷物を積むときは、重心がずれないようにしっかり固定しろよ。

 嵐の海で荷物が動いて、重心がずれたら死ぬからな。

 さっきのフィードバックだ。

 船が右に傾き、固定していない荷物が右にズレて動いて、結果として右が重くなって、さらに船が右に傾き、荷物がさらに右に動いて右が重くなってひっくり返る、ってな。

 ただ、怖がるな。

 きちんと制御できれば、船は相当の復元力を持つはずだ。元々はそういう揺れに耐えるように作ってある」

 「応っ」

 全員が立ち上がった。

 いよいよ作業開始だな。


 「じゃあ、これで最後だ。

 それから、2艘の船それぞれでの底荷の状態で、その製造誤差がどれくらいあるかを確認しておきたい。

 誤差がないようならば、造船工程をより信用することにして、船の設計自体を変えて、3艘目からは重心を設定してしまおう」

 「応っ」

 エモーリさん、天を睨む。

 言い忘れたことがないか、頭の中で確認しているんだろうな。

 「あとは、ま、やってみよう。

 念の為に言うけど、コンデンサを積むのを忘れるなよ。

 魔術師さん達、あとはお願いします」

 「了解した」

 口々に魔術師さん達、そう答える。

 ま、エモーリさんのやることだ。間違いはないよ。

 


 一軒の家の全配線を済ませて、いよいよ商用電源が繋がれる。

 それと同じ感覚があるよね。

 1つ1つ作ったものが、間違いなく動くかどうか、それが判る瞬間ってやつだ。いくらテストをして大丈夫だと解っていても、それでもやっぱりどきどきはするんだよ。


 行くぜ。

 俺達、ガントリー台車に括り付けられたロープを持つ。

 荷重負担を分散するための柱が外されたら、それはもう自動的に強度試験となる。それで船のコンクリートにヒビが入るようであれば、強度が足らないということになる。常時この状態では保たないにせよ、進水までの僅かな間ぐらいは保って貰わないとだ。


 「『始元の大魔導師』様、あなた様のような方が、ここでロープを曳いてもらうのは……」

 「やりたいんだからいいじゃんか、やらせてよ」

 「……ならどうぞ」

 なんてやり取りはあったけど、今度は場所を確保したぜ。


 エモーリさんが叫ぶ。

 「ゆっくり引っ張れ。

 押す組もゆっくりだ。

 焦るな、急ぐな!」

 「エーイ」

 「では、行くぞ!

 そぉーれ!」

 「そーれ!」

 ガントリー台車の車輪、思ったよりスムーズに回りだした。

 敷石と鉄の車輪で潰される、砂のじゃりじゃりという音がする。


 デミウスさんとラーレさんが、にこにこしながら作業を見守っているのが見えた。その横では、バターテさんが目を細めている。

 トーゴは普段はとても静かだからね。

 たまには、こんな賑やかなのも良いんだと思うよ。

 空は晴れて高いし、本当に祭り日和だしね。

 

 「そぉーれ!」

 「そーれ!」

 できるだけ、滑らかにガントリー台車が動くよう、みんなで阿吽の呼吸で引っ張る。

 だんだん台車のスピードが増して、ゆっくり人が歩くくらいの速さになった。

 そして、すぐにネヒール川の流れにたどり着く。


 「台車を押す組、正念場だ!

 引っ張る組、上手く逃げろ。台車の下敷きになるな。川に踏み込んで溺れるなよ!」

 エモーリさんの声が響く。

 エモーリさんてば、こういう作業の指揮、もう手慣れてきているよね。

 石畳のガントリー台車の道、川の流れに近づくと傾斜が増して、一気に流れの中に入り込んでいる。

 だから、台車を引っ張る組が左右に逃げても、そのスピードは緩まない。

 台車を押す組は、台車だけでなく、船にも取り付いて渾身の力を込めて押す。


 船、一気にネヒール川の穏やかな流れの中に滑り出た。

 とりあえずは成功みたいだ。

 浮いてるよ。しかも、傾いてもいない。

 一気に拍手が湧いた。

 で、ガントリー台車を引っ張っていた組が、手放さなかったロープを引っ張って、台車をがらがらと川の流れの中から引きあげた。

 船も耐えたけど、台車も荷重に耐えたんだ。

 もう一度、歓声が湧いて、口笛が飛んだ。

 エモーリさんの技術力、本当にすげーよ。


 船、ゆっくりとした流れの中で、海に向かって漂っていく。

 みんな、満足感のこもった視線でそれを見送る。


 「で、あの船にどうやって乗るの?」

 ルーが無邪気に聞いた声が、いきなり周囲の喧騒を押しつぶした。

 「えっ、だれか、あれにロープとか結んでおかなかったんかよ?」

 「おい!

 冗談じゃねーぞ!」

 がやがや。

 マジかよ!?

 シャレにならねぇ。

 ふと見たら、エモーリさんの顔色、紙みたいになってた。



 俺、服を脱ぎ捨てて走る。

 視界の片隅で、俺の配下の16名のうち、男子14名も服を脱いでいるのが見えた。

 「ロープは船に積んであるかっ!」

 「あります!」

 それだけ確認して、川に飛び込む。

 この場にいて、泳げるのは俺達だけだからね。


 俺も偉そうなこと言っていたけど、プールならともかく、流れのある水を泳いだことはない。

 体全体で感じると、川の流れってあれほどゆっくり見えていたのに、実はかなり速い。こりゃあ、遡るんでなくて良かったよ。

 くっそ、冬が近いだけあって、水温、もうかなり下がっているな。

 クロールで必死に泳ぐ。


 それでも、船に追いつくのには、そう苦労はなかった。

 まぁ、100mくらいを一生懸命泳げばいいだけだったからね。

 問題はそのあと。

 船って、手が掛かる場所がない。

 どこもかしこも滑らかで、甲板に登れないんだよ。

 必死で船の周りを泳いで回りだして、船尾の舵にたどり着いた。ここなら手がかりはある。よじ登ろうとするけど、船尾は甲板が高くなっていてやっぱり上手く行かなくて、水面に滑り落ちた。


 そこへようやく、俺の配下の連中が追いついてきた。こいつら、クロールを知らなかったんだ。俺も一度ぐらい、泳ぎの指導をするべきだったよ。今更後悔しても遅いけど。もっとも、海で遭難したときは、泳がずに浮いていることの方が大切らしいけどね。

 で、犬かきと平泳ぎの中間くらいの泳ぎ方じゃ、スピードなんか出ないもんな。

 それでも、追いついた連中が俺の身体を押し上げてくれた。

 なんか、シンクロナイズドスイミングの選手になったような気持ちになったよ。

 おかげで、ようやく甲板の縁に手が届く。


 一気に身体を船の中に送り込んで、ロープを探す。

 短いのが何本か目についたので、それは手近なところに結んで水面に垂らす。これで、俺の後を追ってきた連中は船に乗り込めるだろう。

 船首で長いロープがトグロを巻いているのを見つけられたので、俺はその端を持って、もう一度ネヒール川の流れに飛び込んだ。

 船を岸に寄せて、港として作ってある石積みの岸壁まで引っ張らなきゃいけないからね。


 とりあえず、高校卒業してから碌に泳いでいない俺には、流れに逆らって元来たところに戻るのは無理。

 少しでも岸の近く、流れが浅くて足の着く場所が目的地。


 俺のそんな意図を汲んでくれたのだろう。

 岸で、なすすべなく見守っていた連中が走り出す。

 泳げなくても、足が着くところまでならば、川の流れに入り込めるからね。何人もが、腰ぐらいまで水に浸かって俺を呼ぶ。

 俺からしてみると、どこまで泳げば良いか、一目瞭然で助かる。

 ロープの長さが足りるかが心配だったけど、なんとか間に合ったみたいだ。

 手を伸ばし、手を握り合い、一気に流れから引き上げられた。

 ロープも手渡す。

 もう俺、アドレナリンが出尽くして、へろへろ。


 川底の泥に足を取られながら、ようやく岸に這い上がったよ。

 パンツ一丁で、ぺたんって座り込む。

 眼の前を、船がロープで引っ張られて、ゆっくりと流れを遡って行った。

 俺の配下の連中、全員船に這い上がれたみたいで、能天気に手なんか振ってる。

 ガントリー台車を引っ張るのが、準備運動になっていてよかったよ。見守っているだけだったら、いきなり冷たい水に飛び込んで泳ぐことになるところだった。



 「かっこよかったです、ナゥム♡」

 振り返ると、俺の服を抱えたルーがいた。

 口を利く体力もなくて、ようやく片腕を上げることでそれに応える。


 俺の周囲で、もう一度、歓声が湧いた。

 でも、俺の耳は聞き逃さなかった。

 「やっぱり、脱いでも貧弱なんですね」

 誰だ、今言ったの。

 出てこいや、勝負してやるぞぉ!

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