第18話 造船 2


 デリンさんの頭の中のイメージの完成度を、どうやってヴューユさんが掴んでいるのか、俺には判らない。でも、呪文の詠唱が始まった。

 いよいよだよ。

 ゴジ△に船に、便利な魔法だなぁ。

 特殊な才能を持った人と、魔術師の二人がかりにはなるけれど。


 エモーリさんの工房の人が、蓄波動機を作動させている。

 これで記録されたものが、即コンデンサの魔素を加えて再生され、もう1艘の造船に使われる。

 モニターって意味もあるんだな、コレ。

 すべての型のイメージが完了して、それを維持する段階になったら、そのための呪文詠唱が火山灰コンクリートが固まるまで、繰り返し繰り返し再生される。

 その段階になる直前に、記録筒は交換されて造船魔法の記録と、維持魔法の両方が録られる。


 打ち合わせ自体は念入りに済んでいるから、作業の流れはいい。



 当然のように、魔術で作った型は透明だ。

 見ようによっては、悪い夢のようだ。

 でも、だからこそ、火山灰コンクリートに気泡が入っているか否かは一目で判る。

 捏ねて、泡を抜いて、鉄のスコップや細い棒を差し込んで、それを細かく揺らしてさらに細かい泡を抜く。この工程は元の世界でも見ているけど、いつも「地面の液状化」っていう言葉が頭に浮かぶよ。

 泡が抜けた段階で、天から降ってくるように内側の型が、真上から火山灰コンクリートを押し付けて整形していく。

 石工さん達が細い棒で、がしがしと火山灰コンクリートをつつき上げて、むらなく型に収まるようにしている。

 電気工事士が余り見ることはないけど、昔ながらの一般民家の建物の基礎を作る工程とほぼ同じに見える。


 「次は、長尺石材運ぶぞ!」

 そう声が上がったので、俺も石材に手を伸ばした。

 俺だって、見ているだけじゃ申し訳ないし、できる手助けはしようと思っただけなんだけど。

 いくら多孔質の軽い石だと言ったって、これだけのサイズだからね。絶対重いはずだと思ったんだ。

 したら、漂うこの気不味い雰囲気。


 「あの、申し訳ありませんが、ご遠慮いただけると……」

 「『王友』とか、そういう立場のある人は、肉体労働、手伝っちゃダメって?」

 「いえ、重いですから……」

 「いや、重いから手伝おうと思って……」

 「いえ、持っていただくのに、一人分のスペースを使うんですよね。ならば、どうせならば力の強い人に持って貰った方が、みんなで楽なんですよ」

 「……俺が、貧弱だって?」

 「いえ、そんなとんでもない。

 『始元の大魔導師』は、逞しくていらっしゃいますから」

 「……いつか、お前らの前で、わぁわぁ泣いてやるからな。覚えとけよぉ」

 そう捨てゼリフを残して、すごすごと引き下がる。

 本当に泣きたくなるなぁ。

 筋トレしたって、あんなむきむきにはならねぇもん、俺。


 ルー、ぴとって俺に寄り添う。

 「なになに?」

 「今の仕返しに、アテつけてやりましょう」

 「すごく、恥ずかしいんだけど……」

 「仕返ししたいんですから、耐えてください」

 ため息。

 ホント、人の感情と、それを出すことに素直なんだから、ここは。

 辛いよー。

 そして、辛いってのを気取られると、ルーにまた怒られるんだろうなぁ。



 順調。

 うず高くされた艦橋も、とてもいいバランスだ。

 あっという間に、薄い灰色の船が2艘、台車の上で空に浮いている。

 型の維持は、1回の魔法で20分くらいは保つみたい。

 となると、3日だから、およそ216回の魔法の繰り返しが必要。

 自動化していなかったら、確実に魔術師さんが死ぬ。

 ヴューユさんとエモーリさん、なにか相談していると思ったら、216回の2艘分となると、蓄波動機の記録筒に記録された魔法の波動溝が保たない心配をしているみたい。再生の度に、針がこの溝をなぞるからね。

 とりあえず、3日が過ぎるまで、デリンさんとヴューユさんはダーカスに帰らないことになったらしい。

 生身の魔術師がいれば、何かあったときにすぐに対応できるからね。


 俺も、食っちゃ寝しながら、ガ×ラ先生を眺めて進水式までの日を過ごそうと思っていたんだけど。

 さすがに王様からの呼出状が届くと、無視して「読まずに食べた」ってわけにも行かない。

 またでもくれるのならいいけど、きっとそういうことじゃあないだろうな。


 トーゴの造船組と開墾組に、「進水式までには戻るつもりだ」って言って、定期便のケーブルシップの最終便に乗る。

 一体全体、なんの用なんだろうね。



 − − − − − − − − −

 

 ダーカスに着いた頃には、もう日は完全に暮れていた。

 今から王宮に押しかけるのもどうかと思ったので、ルーと一旦は屋敷に帰る。

 ま、うちに帰ればいつものように行水もできるし、気が楽っていえば楽。

 もっとも、メイドさんの目からこそこそと逃げながら、だけど。


 秋葉原も行ったことはあるけど、メイドカフェに入ったことはないんだよね。

 もしも、そういう経験があったら、この世界の、うちのメイドさんを教育し直せたかも知れないのに。

 もっとも、一日中横で「トキメキ、きゅんきゅん」とか「ふうふうしてあげる」とか言われてたら、殴りたくなっちゃうかも。

 ということは、今のままがいいってことなのかなぁ。


 ま、とにかく、台所にあった茹でた芋をルーとぼそぼそ食べて、その日は寝たよ。



 翌朝、いつものように鶏の時を告げる声で目を覚まして、ルーの用意してくれた朝食を食べる。

 やっぱり、ルーの作ったもののほうが美味しい。

 なんとなくメイドさんの視線が冷たいけど、ま、堪忍してください。



 王宮に行くと、王様と大臣が待ち構えていた。

 「厄介なことになった」

 ……第一声がそれですか。

 「サミットでの議題のすり合わせの中で、サフラの新王からの申し入れがあった」

 また、サフラかよ。


 「ゴーチの木の樹液だが、サフラでは来年の収穫が望めない」

 そうでしたね。

 今年、ダーカスを征服するための下工作の物資として、絞れるだけ絞ったから、枯れちゃってもおかしくない状況だって聞いているよ。

 「それについて、庭師のミライの派遣を要望してきたのだ。

 同時に、『始元の大魔導師』殿と、大量のコンデンサの持ち込みの依頼もだ。

 つまり、ゴーチの木々にミライによる植物治癒の魔法をかければ、来年の収穫すら望めるはずだと言っておる」


 ……本当かな?

 だって、魔法は無から有は生じないんだよね。

 樹液という物質を失わせたのだから、それに相当するものをなにか与えないと、治癒魔法の効果は一時的なもので止まってしまうんじゃないかな。これは、植物の病気じゃないんだからなぁ。

 サフラの魔術師さん達も、そのくらいのことは解かっているはずじゃないのかな。


 俺の不審が顔に出たのを、大臣さんが見てとったのだろう。

 補足説明をしてくれる。

 「サフラが、国として協力するそうだ。

 北方の原野の植物を刈り、肥料にする、と。その労力については任せて欲しいそうだ。

 あくまで、そのあとのゴーチの木の枯れを防止するための賦活剤としての魔法という話をされている」

 「じゃあ、いいんじゃないでしょうか?」

 そう返事をする。


 「問題はな、『始元の大魔導師』殿の身柄の安全の確保なのだ。

 何処の国にもハネカエリはいる。そのような者の手で、『始元の大魔導師』殿の身になにかがあったら許せることではない。

 先の戦さから、まだ日も浅い。せめて1年の間が開いていれば、ひとまずは安心ではあったのだが……」

 そか、つまりはテロ対策かぁ。


 「身柄の安全が担保されない限り、この話は受けられぬ。

 サフラのゴーチの木がことごとく枯れ尽くし、この世界の発展が遅れることになろうともな」

 王様は、そう言い切った。

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