第15話 架線、完了(2つの意味で)
さらに、もう1つ、話がある。
エフスから、サヤンとその手下が、俺の屋敷に押しかけてきたんだ。
「『始元の大魔導師』様。
俺達、今、開墾するにも、エフスでは浮いているんです。
ケナン様にも相談したんですが、俺達にできることは他にもあるらしいですね。
是非、協力させてください」
ケナン様かよ。
少しは大人になったかなぁ、コイツラも。
サヤン、続けて話す。なんか、必死だな。
「例えば、サフラ国境の
そのあとは、ゼニスの山でしたよね。
ブルス国境までも、工事が必要でしたよね。
しかも、もう、ネヒール川は電柱の輸送路として使えない。
いちいち荷車で運ぶのは相当に大変な工事のはずですが、俺ら、全部引き受けます。
そんなんで、ほとぼりが冷めたら、こいつらを守って、またエフスに戻ります」
……どこまで信用していいか判らないけど、その心意気には応えたいな。
それだけじゃないけど、職人は、心意気で生きてる部分が大きいんだ。
「受け取れ」
そう言って、銀貨の入った袋を渡した。なんたって自宅だからね。王様からのおこづかいがある。
「架線ケーブルの、電柱への固定方法だけは別に教える。
失敗したら、できるまで永遠にやり直しをさせる。この世界の人達の命が掛かっているからな。だから、全か所、手を抜かず一回で終わらせろ。
電柱と架線ケーブルの工房には話を通しておく。
すべてが完成したら、この銀貨の袋をもう1つ渡そう」
俺としては、電柱が立つだけでもありがたいからね。
サヤンがやはり信用できなくて、架線ケーブルの設置が失敗して、その分の経費は俺の懐から持ち出しになるかも知れない。でも、電柱がそれなりに立つことに比べたら、それでもはるかに利益の方が大きいよ。
最悪ケーブル設置はやり直したって、俺とロバがいればできるけど、電柱設置は輸送まで考えたら大変な仕事なんだ。なん往復必要なのか、想像もつかないからね。
サヤン、銀貨の袋を抱きしめて、なんかまた、めそめそ泣きだしている。
「サヤン。
サヤンがこの工事に成功したら、この大陸中にさらなる
そういう仕事に参加して、大陸全土の人々のために働くつもりはあるかな」
あああ、号泣かよ。
これは、オッケーでいいってことだよね。
ま、前に提案した、エフスの治安維持をさせるよりは向いているかもだ。
あ、ルーの目が、バカを見る目じゃなくなっているかな。
じゃ、大丈夫だろう。
− − − − − − − − −
翌早朝、エモーリさんの工房に集合した。そして、エモーリさんの工房の人達、ダーカスの石工さん達と歩き出す。さらに、スィナンさんの工房の人も、2人参加している。
俺とルーもいて、王宮からも、書記官さんが2人参加している。
総勢30人近いな。
半分の人達は、エモーリ工房謹製の、2台のガントリー台車に結んだロープを引っ張りながら歩いている。
いくらか歩いたら、交代する予定だ。
重くても、一つの台車を7人で引っ張っているからね。それなりに楽に動く。
こういうとき、人数が多いのはいいよね。1人あたりの負担が減るよ。
それでも、錨とかの結構な重量物までケーブルシップで運べるので、ここまでの重いものの輸送はそうあることじゃない。車輪が付いていて移動前提のものでなかったら、現地組立でなきゃいけなかったよ。
そうなると、当然強度は落ちるし、別のジレンマが生じていただろうな。
今回、俺も含めてトーゴまで陸路で歩いたメンバーが何人もいるから、台車の車輪が転がりやすい、少しでも平らなコースを選ぶこともできる。
また、川沿いを海に向かって進むということは、どれほどなだらかでも下り坂だから、それも助かるよ。
ま、こうなると、単なる運ぶという行為も、ある意味お祭りになっているんで、順調に行って欲しいもんだ。
台車は1日を掛けて運べばいいし、道すがらの俺の工事も時間は掛からない。日が短くなっているから、のんびりしすぎて、一気に暗闇に取り残されることだけは気をつけないとだけど。
ヴューユさんとデリンさんが、内部構造まで含めた船のイメージを頭の中に組み立てて、ケーブルシップでトーゴに来るまでに運べれば良いわけだし。
エモーリさんの工房の人達は、船にも関わるけど、ヴューユさんとデリンさんの空間魔法を記録する蓄波動機の操作なんかもお願いしている。
スィナンさんの工房の人の仕事は、架線ケーブルを繋いだあとの防水に、ゴムを塗りたくって防水コーティングしてくれることだ。
船についても、防水が必要な部分の工事は、協力してくれることになっている。とはいえ、ゴムの絶対量がないので、少量で済むところだけだけど。
で、例によって、スィナンさんは自分の工房から出たがらないから、工房の若い衆を出してくれたんだ。
エモーリさんは、ヴューユさんとデリンさんと一緒の便で、トーゴに来てくれる予定。
あと、最後になってしまったけど、ダーカスの石工さん達が一番忙しい役回り。まずは造船で、コンクリートが固まるまでの間は、トーゴ河口の灯台の土台の石垣、次は船の仕上げ。それが終わったら、トーゴの公衆浴場の基礎作り、その次がエフスの公衆浴場の基礎作り。
しかも、エフスは2か所だ。
今回も、盛り沢山に仕事を抱えている。
石工業界、本当に、空前の好景気だろうなぁ。
他の国からまで続々と石工の流入があるそうだから、相当だと思うよ。
わいわいがやがや話しながら、陽気に歩く。完全に遠足気分だけど、こんなのもたまにはいいよ。
悲壮さなんて、どこにもない。
みんな、未来は良いものだって、疑っていないんだ。
で、きっとこんなことを思っても大丈夫。悪いことが起きるフラグにはならないよ。
なお、トーゴとエフスの公衆浴場については、ダーカスのノウハウをそのまま流用。ガワは違っても、中身はまったく同じものを作るから、この辺りもある意味気楽。
ただ、ダーカスとエフスは、最低でも1000人を超える街に作る施設として考えているから、湯船も男女別に複数が必要と考えている。一方で、トーゴの人口は現状120人くらいだから、家族を呼んでもせいぜい400人だろうな。でも、先を考えれば、やっぱり男女別に複数が必要。
港が機能しだしたら、住人でない人がたくさん通過して行く。そのときに、絶対に身体だけは洗っていくよ。きっと、どっかのテルマエみたいに、「風呂の入り方」ってポスターが必要だろうねぇ。
まぁ、もう少し余裕ができ次第、リバータの入り江にもリゾートを作るし、そこにも浴場は当然作る。
ただ、あそこは真水の確保ができないから、なかなか話が進まないんだ。
でも作れたら、観光客はそっちに行ってもらおう。
暗くなる頃トーゴに着いて、ガントリー台車を引っ張ってきたロープを手放す。
なんか、「勤めを果たした」って感じでほっとするよね。
腰から工具を外すと、それだけで身体がとても軽くなった気がするし。
その晩、わいわいとトーゴの開拓組と食事をしている中で、質問が出た。
「エフスでの話を聞きました。
ついてはお願いがあるんですけど、トーゴの我々にも、お嫁さん、紹介してもらえませんか?
真面目な話です。
デミウス村長に毎日アテられている私達は、正直言って辛いんです」
「そんなに、アテてられているの?」
「『始元の大魔導師』様もルイーザ様と、私達に相当アテてきてますよね」
えっ、マジで?
自覚していなかったよ。
「嫁さん、大切にしますから、お見合いの機会を作ってくださいよ」
「王宮書記官さん、ルー、なんとかなるかな?」
俺、そう相談してみる。
「王様会議の議案でいいじゃないですか。
で、王様にサヤンみたいな例は困るって、釘を差して貰いましょう」
ルーが言う。
「そうですね。
我々も今回の復命書で、そのあたりきちんと書いて提出しますよ」
書記官さんたちも言ってくれた。
「じゃ、しばらく楽しみにして待ちます」
「まぁ、それまでに、もう少し稼ごうな」
と、これはパターテさん。
「イコモとコシヒカリをきちんと作れるようになって、藁半紙もいいのを作れるようになれば、来るなと言ったって女が押し寄せて来るよ」
「ちがいない」
そう言って、全員で笑い合う。
「ま、すいませんが、儲けられるようになったらすぐにでもお嫁さんが来てくれるように、宣伝は始めて貰えませんか」
俺、そう重ねてお願いする。
書記官さん達、「お任せあれ」って、胸に手を当ててくれた。
これで安心。
俺、王友になってから、こういう挨拶されるようになってきた。
大公になるのが見えているからなんだろうね。
なんか、お尻のあたりがむずむずするよ。
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