第14話 健康ランド、着工


 「お前達、いよいよ造船が始まる。

 いよいよ、海へ出るんだ!」

 俺の声に、14人の男と2人の女が頷く。

 場所は、俺の屋敷の庭。

 「準備はできているな!?」

 「応っ!」


 「……お前ら、なんか、変わったな?」

 前回のときと比べて、「調子に乗ってる」って感じがしない。

 なにか、自分に酔っているような雰囲気も失せた。

 「我ら、全員泳ぎを覚え、王宮図書館への出入りを許されました。

 皆、ひたすらに本を読み、100冊を優に超える知識を得ました。初めて知というものに触れたんです。

 前と、同じであるわけがありましょうや」

 そんな、「ありましょうや」とか、やっばりまだ、自分に酔い気味かな?


 「お前達、海のことに加え、なにか専門を持てと課題を与えた。

 海に出て、力を合わせて、生きて帰れるか?」

 「応っ!」

 「海に出て、儲けて帰れるか?」

 「応っ!」 

 「期待しているからな!

 そして、初航海がいきなりの表舞台だ。

 魔術師の助けが全面的に得られるにしても、油断は事故につながる。

 海では、各々の仕事は完璧にこなせ!」

 「応っ!」 

 「準備は怠るな。

 造船過程は見ておいた方がいいから、あと数日したら、全員トーゴに行くぞ」

 「応っ!」 

 俺は陸路を行くけど、彼らは定期便のケーブルシップで一気にトーゴ入りする予定だ。



 で、俺、今回もルーの前で練習したからね。このくらいは言える。

 ただ、ルーが言うには……。

 「ナルタキ殿。

 最初から、人前で話せる人なんか、いないんですよ。

 王様だって、王子の時代に相当に練習されていたっていう話です。

 この世界に来てから、ナルタキ殿もかなり話せるようになりましたし、堂々としていられるようになりました。

 大好きです、ナ・ゥ・ム♡」

 ぴと。


 うわああああああ!

 死ぬ、死ぬ、死ぬぅー!

 生きててよかったぁ!

 ついでに、今死んでも本望だぁ!


 ……長い黒髪の恋人が、俺にもいつかできると思っていた。

 その夢は、働きだす頃には、割りとすぐに諦めた。

 出会いもないし、俺は俺の分を知ったから。女性は、俺のような男は避けていく。そう思って、自分の中で折り合いを付けてきていたんだ。

 確かに、俺の人生で、長い黒髪の恋人はできなかった。

 でも、シルバーブロンドで琥珀色の瞳を持つ、ルーがいる。

 こんな、こんなことが、俺の人生に存在するだなんて。


 ……なにがあっても、一生守るからな。



 − − − − − − − − 


 王様が、街中の屋敷未満の規模の家を一つ見繕ってくれた。

 というか、王宮書記官さんが、だけど。

 もう王様自身が、ダーカスの街中の家の管理までできないってさ。

 それはもう1つの意味があって、ダーカスの街にはもう空き家がない。だから、仕事にするには些末過ぎることになったと。


 王様からしてみると、ある意味、これほどの朗報はなかったってさ。

 不動産管理の仕事が増えることは、人口と産業が減って、街が、国が、世界が滅ぶ実感に直結していたと。

 これが、逆にすべてが隆盛していく兆しが明らかになって、自分の手を離れた、と。

 まぁ、解るよ、その嬉しさは。


 で、今回のは屋敷未満の規模の家ってことで、あまりに大きさが中途半端で借り手がいなかったらしい。

 ま、こういう施設にするのなら、ちょうどいい大きさなんだけどね。

 で、石工組合のシュッテさんと、商人組合のティカレットさん、俺の配下の16人に声を掛けた。


 シュッテさんは、石造りの建物を改造して、といっても、主に床なんだけど、大浴場を作る。浴槽は、男用女用をそれぞれ複数。

 なんたって、一日の中でバラけるにせよ、1000人が入る想定だからね。屋敷の規模からして、スーパー銭湯とか健康ランドができあがるんだよ。もっとも、駐車場が要らないのがありがたいけどね。

 洗濯場とかの付随する設備も必要だし、それぞれの衛生面も気をつけないといけないし、そだ、食堂のオヤジにも、支店を出せと言っとこう。


 ティカレットさんは、少し贅沢な内装を担当する。

 演芸の舞台もだ。

 公衆浴場は安らぎの場だからね。少しは贅沢な作りにもしたいよ。

 したら、ティカレットさんは、無償協力を申し出てくれた。

 ありがたいけど、この公衆浴場も、ティカレットさんには地獄になるかも知れないんだけどね。きっと、ダーカスの若い娘達が、このセクハラ親父になにか仕返しを仕掛けるからだ。


 で、シュッテさんのところの石工の人手不足を補うのと、公衆浴場を作るまでの事務方として、俺の配下の16人。

 船の運用をするのに、特にこの事務方体験は役に立つはずなんだ。

 きっと船は、装備やその耐用年数の管理、食料・備品の管理、運ぶ荷物の管理と、膨大な事務処理があるからね。

 まずは、書類の雛形作ったり、石鹸の仕入れや洗濯の委託とかの契約結んだり、そういうので勉強して貰おう。

 ま、貰おうとか言っても、俺はできないけど。

 昔の会社関係の事務仕事は、社長の本郷がやっていたんだよー。できた書類の管理、整理は俺の仕事だったけど。


 「船が作られたら忙しくなる。

 ダーカスの人達に恩返しできなくなるぞ。

 だから、また、ここに風呂を作るから、手伝え。

 お前達は、すでに公衆浴場のノウハウを持っている。

 期間は短いけど、お前達がトーゴに出発した後も、きちんと工事が行われて完成するよう、そこまでの仕事をしてくれ」

 そう、16人には話した。

 彼ら、なんだかんだ言って、収穫祭の時は間に合せとはいえ公衆浴場を管理できたからね。


 で、シュッテさんには、この建物のどこかに、16人の名前を彫ってくれってお願いした。

 したら、シュッテさん、もっとすごいことを言い出した。

 「今の、ダーカス在住の全員の名前を、いいあんべぇに彫らんかい?

 その中で、この風呂建設に関係する奴らとその16人の名前、囲いに入れてやんべぇ。そしたら、なっから目立たいなぁ」

 だって。


 そか。

 そだね。これからさらに人も増えるだろう。

 もしかしたら、今のダーカス、100年後には「古き良きダーカス」なんて言われるのかも知れない。

 そのときに、こんな人達がいたって、そういう記録、絶対いいいよね。

 「ここのこの名前、俺の爺さんなんだ」なんてね。


 「王様には事後報告になっちゃうけど、『始元の大魔導師』にして『ダーカスの王友にして国柱』が、その案を是としよう」

 「ほ、『始元の大魔導師』様、そんなえれぇ名前になったんけぁ?」

 「ときどき使って復習しないと、俺自身でわけが判らなくなるんだ」

 「おーか偉くなると、大変だいねぇ」

 「そうだいなぁ」

 そう言って、シュッテさんと笑いあったよ。




 ★ ★ ★ ★ ★


 シュッテさんの言葉です。


https://twitter.com/RINKAISITATAR/status/1296235872300326913

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