第10話 俺に、そういう趣味はねぇ


 まぁ、それでもこのサヤンって奴、なかなかの統率力なんだろうね。

 着ている服装から、なんとなく出身地が判る。

 リゴスだけじゃない。

 それなりに、他の国の同類をも、しっかり手懐けているようだ。

 


 で、それの4分の1くらいを引き連れて、サヤンが再び俺の前に立つ。

 「じゃ、行こうか。

 が、女達を抑えている」

 そう言って、崖下に向けて歩き出す。

 「俺の女」のところで、ちょっと顔がぴくぴくしそうになった。

 ルーに聞かれたら、棍棒で殴られるかも知れないからね。

 怒りでも、照れ隠しでも、どっちでも出てくるのは棍棒のような気がする。


 俺を先頭に崖を降りだして、列の後尾が崖を降りだしてすぐ、ルーの声が響いた。

 「ごにょらろ、クリフる、ゔぁるばろ、ハルト」

 よし。

 って思っても、俺も動けない。


 ルーは、ヴューユさんのような細かい制御を掛けた魔法はできない。だから、サヤンたちの動きを止めるのに、俺ごと崖を降りる全員の動きを止めた。

 で、当然、人数が増えると、動きを止めていられる時間は減る。

 だから、俺以外の人間に、1人ずつ呪文を掛け足す。

 コンデンサがあるからね、この手のこともできるよ。


 名前は判らないけど、ルーが言うには、口元にホクロのある奴とか、眉毛が繋がっている奴とかを目的語に、魔法の掛けようはあるそうだ。ま、ヴューユさんは、部屋にいる奴って目的語にしていたしな。

 魔術師さん達が、みんな意識して没個性的で、外見からはなかなか特定できないのは、これを防ぐためなんだ。まして、名前も知られていなければ、遠隔魔法も使えないからね。


 俺、5分ぐらいで自由を取り戻す。

 で、動きを止められた他の連中、意識はある。

 それが重要。

 パーティーの最後まで、正気でいてもらわなきゃ。


 トーゴからのお手伝いの若い衆たちが、全員、無茶苦茶むっちゃくっちゃににやにやしながら、連中の上着を脱がせる。

 人には、悪巧みのときこそ出る、嬉しそうな表情ってあるよね。

 たぶん、俺も同じ顔していた。

 で、脱がせたのから順に、6台の荷車に乗せる。


 ルー、2つ目のコンデンサを取り出す。

 目を瞑って、少しの間集中して、荷車に乗った連中を相手に、長めの詠唱を始める。

 そして、それは2分程も続いた。それだけイメージ化が大変なんだろう。

 「ショーネンフラ、さまりなににらるん、ワーゲン」

 終了。


 トーゴの面々に、荷車を崖上まで押し上げて貰う。

 非道に与する『始元の大魔導師』様への、エフスの全員の視線が痛い。

 構わず、数人で、荷車を転がして近づく。


 俺、叫ぶ。

 「サヤン配下の残された者達!

 サヤンからお前たちで分けろと。

 女共は抵抗したので、魔法で動きを止めてある。

 好きにしろ!」


 エフスの人達の全体としてはドン引きな中で、サヤン配下の残された連中からは、思いっきりな歓声が湧いた。

 サフラの元兵隊さん達も含めて、たぶん半数以上はまともな人達なんだと思う。

 まともだからこそ、厚かましい無法な連中に封じられてしまう。

 だから、これに参加する者は悪い奴認定でいい。


 サヤン配下の残された連中、荷車の上に半裸のに群がる。

 人前だというのに、構わず残りの服を脱がせていく。

 やはり、店内でお召し上がりで、お持ち帰りテイクアウトはしないんだな。ま、そうすると思ってたけど。

 ルーの魔法で動きを止められても、全員意識は保ったままだ。

 動けないまま、男たちに群がられる恐怖を味わうがいいさ。

 自分がしようとしたことが、どういうことかなのをきちんと知るがいい。


 「なぁ、ルー、連中がいたしちゃったら、変化の魔法としては、どうなるん?」

 「し、知りませんよ、そんなこと!」

 「自分が化けた時、股間とか念入りに見ちゃわなかった?」

 「見るわきゃないでしょう!?

 父のですよ!」

 そか。

 ようやく、この世界に来て以来初めての、下ネタらしい下ネタが話せると思ったのにな。


 ケナンさんの俺を睨む目が無茶苦茶険しい。なんか、憎しみすら感じるよ。

 ……そろそろ、種明かしをするかね。斬られてからじゃ、言い訳できないもん。


 俺、右手を振り上げて、叫ぶ。

 「目を覚ませ、愚か者ども!」

 どっかーん。

 エフスの対岸で、火薬が爆発した。

 いいタイミングでスイッチ、押してくれたね。

 衝撃と爆風が全員を襲う。

 ……ちょっと火薬の量が多かったかな。


 ルー、タイミングを合わせて、魔法を解除。


 荷車には、ほぼ全裸のむさくるしい男達と、それを襲っている倍以上の数のむさくるしい男……。

 全員が硬直している。

 あー、その状況はとても見たいけど、絵柄は見たくない。


 サヤンの、小さな叫び声が聞こえてきた。

 「もう、いっそコロシテ、コロシテ」

 ああ、好きほど死ぬがいい。



 俺、引き続いて叫ぶ。

 「今のは、『始元の大魔導師』からの恩寵である!

 サヤン達、お前達、次はヤヒウに変えてやるからな!

 おのれの愚かさを噛み締めながら、生きたまま仲間たちにソーセージにされるがいい。

 そして、サヤンの仲間共!

 ダーカスは、お前達をも、いつでも吹き飛ばすことができることを忘れるな!」

 しーん。

 物音一つしない。


 ひそひそ。

 「ナルタキ殿。

 予行演習しとけば、喋れたじゃないですか」

 「ルー、やかましい」

 人目があるので、頭を小突いたりはしないけど、横目では睨んでおく。

 そうだよ、練習したんだよ、俺。



 「『始元の大魔導師』様。

 我が未熟さゆえにお手数をおかけし、詫びの言葉もござらぬ」

 気がついたら、ケナンさんが俺の前に片膝をついていた。

 「ケナン殿。

 ミスリルクラスのあなたが、膝など地についてはならぬ。

 この愚か者たちに、その天衣無縫な剣技の冴え、存分に見せてやるがいい。

 『始元の大魔導師』にして『ダーカスの王友にして国柱』が、これを許す」

 「応っ!」


 ケナンさんが立ち上がる。

 そして、ゆらっと荷車に近づくと、その迫力にわらわらと全員が逃げ出す。

 でもね、ここは堀に囲まれた土地。

 逃げ場はないし、今まで声を上げられなかった、まともな人達組がその行く手を遮った。


 「来いっ!」

 ケナンさんは、ほぼ全裸のサヤンの首筋を掴んで、片手のみで吊るし上げる。

 スゲー力だな、オイ。

 ケナンさん、ちょっと見、細身にすら見えるのに。

 そして、空中に放り出し、それを追うように一瞬だけミスリルの白い剣光が煌めいた。


 あー、カワイソウに。

 実は、微塵もそう思っていないけど。

 サヤン、頭の天辺の毛がすべて切り落とされ、というより、剃り落とされている。

 やっぱり、怒らせると怖いよ、ケナンさんは。


 サヤン、切れた髪の毛を全身に纏わいつかせて、必死で自分の全身を撫で回している。

 大丈夫なのにな。

 ケナンさん、ここでサヤンの身体を斬り刻むようなことはしない人だから。


 でも、それに続いた脅しは怖い。

 「次は、両耳を落してやる。

 その次は鼻だ!

 安心しろ。

 ミスリルの刃と俺の腕だ。治癒魔法が掛からないように斬るが、どこを、いくら斬り落としても、痛くはないぞ!」

 説得力、あるわー。

 ……今まで気を使いすぎて、萎縮しちゃっていたんだろうなぁ。



 その夜。

 トーゴのみんなには、銀貨を握って帰って貰った。

 喜んでくれて嬉しいよ。

 「娯楽も楽しかった」って、まぁ、それも良かった。「またぜひ、参加させてください」って、もうない方がいいんだけどね。

 だいたい、2度も3度も使える手じゃないよ。

 俺も数日でトーゴに戻るから、また一緒にメシを食おう。藁半紙を作るのも頑張れ。

 そして、デミウス夫妻によろしく。



 − − − − − − − − 


 「……本当に、申し訳が立たない。

 ダーカスの王様に対しても、立つ瀬がない」

 テントの中で、ケナンさんが、男泣きに泣いていた。


 「アヤタさん、セリンさん、ジャンさんは?」

 ルーが聞く。

 「俺の弱腰に、呆れて距離を置かれてしまった。

 もう、ダメだ。

 俺は、ダメなんだ」

 「いいじゃん。

 解決したんだから。

 ケナンさん、スゲー、カッコ良かったし」

 「……ずいぶんと。軽く仰しゃいますな」

 「だって、逆にだけど、復活したケナンさんのところに、あの3人が戻ってこないはずがないじゃん。どーせ、怒りからより、頭を冷やして欲しくて距離をおいただけだよ。

 だって、仲間なんだから」

 「ああぅ、ぐぁぅ……」

 あーあ、また泣いちゃったよ。


 だ、抱きついてきて泣くな、俺によ。

 泣くなら一人で泣けよぉ。



 − − − − − −


 別のテントにハシゴする。

 「おう、サヤン、今日はどう思ったよ?」

 「『始元の大魔導師』様。

 お、俺、あなたも含めて、人が怖い。

 人は、なにを考えているか判らない。

 エフスの連中、普段は俺の言うこと聞くくせに、誰も俺を助けてくれなかった。

 それに、配下の奴ら、あんな目付きで俺のことを……」

 「えっ、サヤン、サヤンだって同じ目付きで、女襲う気だったじゃん」

 「初めて気がついて、死にたいです……。

 そして、女どころかヤヒウにされたら、俺……。

 俺、連中どころか、誰にも敵わないで食われてしまう……。

 お願いです。

 もう、調子にのりませんから、あんな目に合わさせないでください」

 ガクガクブルブルですな。

 ちょっとどころでなく、形容が古いけど。


 「なぁ、サヤン。

 お前さんさ、それに気がついたのなら、聞きたいんだけど……。

 お前さん、そういう目付きの奴に、酷い目にあわされる人を助けていこうとは思わないか?

 お前さんなら、表も裏も知っているから、できると思うんだけどな」


 間が空いた。

 ああ、ここでもぽろぽろ涙か。

 ショック療法、効きすぎたかな。

 ま、不十分よりはいいだろ。


 「無理です。

 俺、リゴスで喧嘩タイマンに負けたことなかったし、ケナンさんを、なにもできない奴ってバカにしてました。

 でも、あんな猛獣みたいな人の前で、俺、馬鹿丸出しで踊っていたなんて。

 きっと、首を落とされても、俺、気が付かなかったと思います。

 そんな俺が、誰かを助けるなんて……」

 「あのな、ケナンさんはミスリルクラスだぞ。

 その凄さが解ったんだから、それは収穫じゃねーか。

 酷い目にあわされる人を助けようってときに、自分が勝てる相手かどうかを見極めるってのは、重要なことだろ?

 お前さん、普通に誰でもできるそれが、ようやくできるようになったんだ。

 襲われる女子供の気持ちも解ったんだよな。

 今日は、いろいろ知ることができて、いい日だったじゃねーか」

 「『始元の大魔導師』様ぁ!」

  

 だ、抱きついてきて泣くな、俺に。

 泣くなら一人で泣けよぉ。

 今晩だけで、二度目かよ。



 ついでにルー、俺に対して、その生温かい視線を向けるのはやめろ!

 俺には、そういう趣味はねーよ!

 ったく、今回はそういう回か?

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