第30話 その夜、告白 2


 じゃあ、ルーはルーで、仕方なく「俺のもの」になる覚悟をしたということか。

 まぁ、納得がいったよ。

 俺に一目惚れする女性がいると思うほど、自惚れてはいないからね。

 言ってて悲しいけど。


 「じゃあ、そのあとで、だんだんとその、あの……。

 俺のことを好きになってくれたんだ」

 「はい。

 最初は、好きにならないといけないと思ってました」

 ……なかなかクるものがあるな、このセリフ。


 「最初はそう思っていたんです。

 一生懸命、陽気に振る舞ってました。

 でも、だんだん、変わっていって」

 「変わってって、どういうことよ?」

 「ナルタキ殿の世界に行く時、私、必死でした。

 ナルタキ殿が戻ってこなかったら、ダーカスだけでなく、この世界が終わると思いました」

 「人身御供として、一緒に来たんかいな?」

 「父は行けと。

 王様は無理するなと止めてはくれたんですけど、私としては、その覚悟でした」

 なかなかにショックだ。

 いや、まぁ、俺だってそうじゃないかとは、うすうす思ってはいたけどさ。


 「でも、ナルタキ殿は、私のために、そう、私だけのために、たくさんのことをしてくれました。

 介抱してくれて、服を買ってくれて、美味しいものをたくさんごちそうしてくれて、最後は大草原まで連れて行ってくれました。

 それなのに、私には手を出されなくて、なんて誠実でカッコいいんだろうって」

 ああ、そうなんだ。

 「カッコいい」なんて、産まれて初めて言われたよ。


 「いつも一緒にいるようになって、私から見ると、ナルタキ殿が最終的にどう判断するかは見えているんです。いろいろと考えていても、結局は他の人が幸せになる判断をするんです。

 でも、そこに至るまでに、ああでもない、こうでもないといちいち悩んでいるのが、いつも不思議で、でも、それがいつの間にか『可愛い』、『よしよし』って」

 「……男を可愛いって、そこがよくわかんない」

 「私だって、解りません。

 でも、そう思ったんです。

 そのあとで、王様からも聞きました。

 王様も、だからナルタキ殿を信用できると思っていると。

 迷いなく判断し、自らの獣欲すら迷いなく消し去れるような男は、先々、必ずなにかをしでかすから信用できぬと」


 迷っているから、信頼された。

 こんなこともあるんだね。

 元の世界では、そのせいで上手くみんなに溶け込めなかったのに。


 「王様からは、もう1つ聞きました。

 ナルタキ殿の世界について、王様に報告中に、ナルタキ殿が私に手を出さないのは、私のことを嫌いだからなんじゃないかって、そう思ったら不安で泣いてしまって……。

 だって、私なりに告白したのに、そのあとも、なにも言って貰えないですし。

 そうしたら、『うまく聞き出してやる』って仰ってくれて」

 王様ってのは、カウンセラーもやるのかね?

 それとも、ケロ□軍曹のキューピッドなのかね?

 プレ○ターのキューピットだと、弓矢が(物理)になりそうで怖いよ。


 「そのあとで、王様がナルタキ殿の言ったことを教えてくれました。

 『我が子を持つとすれば、妻となる相手とも、当然子とも共に生活し、思いをそそぎたい』と、『ルイーザ殿の想いが先走った何かでなかったら』と仰ったそうですね。

 もう、私、嬉しくて嬉しくて」

 どうもよくない。

 あの「威圧」って武器を使われている方がいい。

 ルーの顔、どう見て、どういう顔で聞いていたらいいか、判らない。


 「ナルタキ殿は、そのあとも態度が変わらなくて、どうしていいか判らなくなっちゃいました。

 でも、ようやく、トーゴで……、トーゴで好きだって言わせることができました。

 言わせなくても、言って欲しかったですけれど」

 ああ、そうだったね。


 「で、アレか、俺が言ったのがまたあやふやになりそうで、録音したのか?」

 「はい。

 きっと、全てを忘れたようになられてしまうと思って」

 「……まぁ、そんなこともないと思うんだけど」

 「形にしていただけないので、不安で不安で……。

 そして、消えてしまう音というものを、『すまほ』というものならば、こんなに簡単に残しておけるのかと思いました」

 ああ。盗聴とか、そういう意識はないわけね。

 ま、概念からして、あるはずがないか。


 「そか。

 思いってのは、伝わると思っていた。

 でも、言わないと伝わらないんだね……」

 「心を読む魔法なんて、使えませんよ、私」

 まぁ、そうかもなぁ。いつもカンがいいから、ちっとは疑うけど。


 「おまけに、王様達どころか、父まで加わって悪巧みを始めていて」

 「『豊穣の現人の女神』様のことかな?」

 「はい。

 ナルタキ殿は、リハビリが必要だそうです。

 『いつでも手を出せると思うからダメ』、なんだそうです。

 あの、よく解らないのですが、『いつでも手を出せると思うから』、今、恐怖を克服しなくてもいいと思っているのだ、と。

 私が怖いのでしょうか?

 よく解りません」

 「……そこ、ツッコまなくていいから。

 で?」

 くそっ。悪かったな。お見通しのとおり、今まで女なんか、ごにょごにょごにょごにょ。


 「で、1年経てば、反動の力が貯まるので、一気に上手くいくそうです。

 私には、『できるだけ一緒にいろ』って。

 これも、よく解りません」

 「解らなくていい。

 もう、ツッコむな。

 それからだけど、ルー、俺を裏切らないか?」

 「裏切りませんよ」

 「じゃあ、ダーカスの女衆の輪の中で、特にオババ達に、今のを絶対に聞くなよ?」

 「もう聞いちゃいましたけど?」

 くっ。

 もう、俺の人生、おしまいだ。


 「わああっ!!

 俺、この街を出ていく。

 もしくは、元の世界に帰して欲しいっ。

 ダーカスの女衆から、ずっと笑われて生きていくのヤダ。

 もう、顔晒して生きていけない!

 うわぁぁぁぁぁ!」

 「なんでですか!?

 なんで、そんなに呻くんですか!?

 オババ達、じゅうたんの上を、転げ回るほど羨ましがってましたけど、笑ってはいませんでしたよ」

 「羨ましいって、なにがよ!?」

 「判りませんよ。

 でも、私のことを羨ましい、羨ましいって。

 せめて、もう40歳若ければ、うぬぬぬぬぬ、って」


 解んないよ。

 あざ笑われるのがオチと思っていたのに、なんでそうなる!?

 「でも、きっと、こういうことかとは思うんです。

 オババ達にとって、世界を救った『始元の大魔導師』様は、お優しくて、誠実で、未だ自らの意思で清く、いとお高き御方です。

 その御方と、あの、その、えっと……」

 「いいよ、もう解かったよぅ」

 頭を抱えながら思う。

 ああ、そうなるんだ。価値観が逆転したんだ。

 きっと、ダーカスの男衆は逆転してない。バカにされるだけだ。


 「そして、私に『なんらかの形で、なんでもいいから、シルシ付けとけ』って」

 ……所有の証をしとけってコトか?

 なんか、ため息しか出ない。


 「もういいよ、十分に解ったよぅ……」

 ……いろいろ納得した。

 それはもう、ほぼ完全に。


 「王様は、ナルタキ度は信頼できるから、大公にでもって」

 ああ、もー解ったよ。


 「私も、やってしまったと思ったことは多くて……」

 ルーは続ける。

 「言ってしまいますが、収穫祭のあの場で『現人の女神様』に挙げられて、ハヤットがあの歪んだ水指を、『現人の女神様』の証として掲げたときの気まずさったらなかったです」

 そりゃそうだろう。

 ルーにとっちゃ、殺意の証だもんな。


 あの場の雰囲気は熱狂的だった。

 ルー、普通ならば、率先して元気に、街のみんなと「ヒッ、ヒッ、フー!」って叫んでいたはずなんだ。なのに、思い出してみると、イメージないもんな。

 きっと、判りやすく、しゅんとしていたんだろう。



 「……おいで」

 「えっ?」

 「ほら」

 「はい」

 ルーを抱きしめる。

 可笑しな言い方だけど、ようやくルーを恋人として抱きしめられて、そしてようやく安らぎを得られた気がした。



 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


 これでこの章、終わりです。


 次回から、

「第八章 召喚後210日から240日後まで(安全な土地の確保)」

に入ります。

 その次は、当然、「召喚後240日から270日後まで」ですし、さらにその先は、「最後の10日間」です。鳴滝のダーカスでの1年も、ようやく先が見えてきました。

 次章では、避雷針網をつくって、サフラの国の冬越しを助ける予定です。そして、なにより、王様会議が始まるのです。


 長くなってしまってますが、お付き合い、ありがとうございます。

 お礼ついでですが、評価なんかもいただける嬉しいです。

 と、たまにはこんなことも言ってみる。

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