第29話 その夜、告白 1


 その夜。

 チテのお茶を、ルーに入れてもらって台所で啜る。


 実は、この行動、難しくなりつつある。

 ルーの親父さんが半死半生のときならばまだ良かったけど(半死半生自体はよかねーけど)、ご母堂が帰還し、その伝手でこの屋敷にもメイドさんが数人いるようになった。

 屋敷に5つあるトイレを掃除しなくて良くなった反面、自分でお茶を入れるなんてのは難しい。

 もしもメイドさん達に見つかったら、血相変えて怒られる。

 で、救いがないのは、彼女らも同時に怒られると思っていること。

 どうやら、彼女らの中では、「使えないメイドだから、お茶をご主人さま自らが淹れた」になっちゃうらしい。

 そんなつもりはないんだけどね。


 めんどくせーけど、まぁ、こういうもんなんだろうな。

 でも、ルーのご両親、子爵夫妻になって大喜びした。

 で、そのあとは、俺がルーを自分の部屋に、もしくはルーが俺を自分の部屋に引っ張り込むのを、どきどきわくわくしながら見張っている。

 本人達の意識は、「見守っている」なんだけどね。それを知っていると、「抑止力」って単語が頭に浮かぶよ。

 やれっ! て見ていられると、できるかっ!? ってなるよ。

 ついでに、メイドさんも可愛いのに、話しかけるのも難しいよ。

 なんで家主は俺なのに、マス○オさん状態なんだろうな?



 とにかく、客観的に言うならば、「自分ちで人目を忍んで、婚約者と会う」っていう、ワケの解らない事態。

 でも、いくらかは、ルーと話ができるよ。


 「で、王様とか、みんなおつかいのときに手懐けて、味方にしたんだ」

 「嫌な言い方しますね。

 みんな、面白がって協力してくれましたよ」

 「面白がったんかい!?」

 「ええ、ダーカスには娯楽が少ないですから」

 「娯楽なんかよ!?」

 「他人ひとの恋路が娯楽でなきゃ、何が娯楽なんです?」

 くそ、噛み合っているようで、会話の中身が噛み合わないぞ。


 「んとな、じゃあ、どれくらいの人達が、その『協力』をしてくれてたの?」

 「王様が協力してくれているんですから、王宮に出入りしている人全員とお考えください」

 「……ハヤットさんも?」

 「当然です」

 「エモーリさんも?」

 「当然です」

 「スィナンさんも?」

 「当然です」


 んと、遠くの人だと……。

 「デミウスさんも?」

 「あれはダメです。

 顔に出ます。

 でも、ラーレは協力してくれました。報酬は渡しましたからね」

 デミウスさん、ダメなんだ……。

 まぁ、表情豊かなゴ○ゴ1○だからね。

 「なんか俺、蜘蛛の巣に絡め取られたような気がするんだけど……」

 「蜘蛛の巣って、なんです?」

 そか、この世界には蜘蛛がいない。

 使えねーな、蜘蛛。

 思わず、蜘蛛に八つ当たりする。


 「じゃあさ、うんとさ……」

 「なにが不満なんですか?

 ひょっとして、自分で告白して、私から『いいよ』って返事を貰いたかったんですか?」

 「いや、まあ、そういうことはある……、かな?

 なんていうかな、こう、自分のことだから、いくらかでも主体性が……」

 「……できたんですか?」

 すずんって、いきなりルーの迫力が増した。

 「……」

 「ご自分で、私を口説けたんですか?」

 「……できたさっ!

 人に自分の人生の枠を組まれて、なにが面白いものか!」


 「わかりました!

 お願いします!

 私も、一度くらい、熱烈に口説かれてみたいです!」

 えっ!?

 「さあっ!」

 「あの、その…………」

 「できないんだ……」

 「いや、その…………」

 「だから、努力したんです。

 なにか問題でも?」

 圧倒的迫力。


 「別に、ありません……」

 「末永く、可愛がってあげますからね」

 「それ、逆だと思う……」

 「女は、男を可愛がったらいけないんですか?(圧力)」

 「いけなく、ありません」

 なにを言っても、びしびし封じられる。やっぱり、あのの娘だよ。


 それでも、精一杯の勇気を出して、一つだけは確認したい。

 「あの……」

 「はい?」

 「ルイーザさんは、あの、その、えっと……。

 えっと……」

 「真っ赤な顔して、なんですか?

 はっきりしてください」

 「あの、キ……、キスって前にも誰かと……」

 「してたら、なにか問題がありますか?(威圧)」

 「いえ、別に……」

 もうやだ。

 プレッシャーに耐えられない。やっぱり、あのの娘だよ。

 「してますよ。

 子供の頃、生まれたてのヤヒウの仔があまりに可愛かったので」

 ……そういうことじゃねーんだけどな。


 「いや、そうじゃなくて……」

 「それ以外はありませんけど」

 「本当に?」

 「それを聞き返すか、普通?

 あのですね、ナルタキ殿。

 そもそもナルタキ殿がハッキリしないから、しかたなく私、動いたんですよ。

 そしたら、私の経験が豊富かもしれないって疑うのは、どういう了見なんですか?

 トーゴでだって、『言って欲しい』って言って、ようやくでしたよね。

 もしかして……、もしかして、本当は私のこと嫌いなんですか?

 『可哀想だから好き』とかなら、もう嫌いって言ってくださいよ!」

 「いや、なにもそこまで……」

 「じゃあ、なんです?」


 「お願いだから、そうぽんぽん言わないでよ。

 あのさ、あの、ルーを誰にも渡したくないから。

 ルーのことは、どんどん仕舞っちゃいたいくらいで。

 で、それもできないし。

 たださ、ちょっと聞いてよ。

 で、違和感があるのは解かってよ。

 例えばさ、俺、この国で黒髪、黒い瞳で、平たい顔で。

 そういう人、他にいないじゃん。あえて言えば、ラーレさんがそんな感じだけど、俺の世界を見ているルーからしたら、違いは判るだろ?

 この世界では、ありがたいことに差別とかされたことはないけど、違和感は持たれていると思う。ルーは、そういうとこで、俺に違和感は感じないの?

 俺の優しい部分がって話は前にも聞いたけど、優しいだけだったら、他にもそういう男いるじゃんか?

 この世界に来てから、俺はルーのことを見ているけど、ルーはそれ以前からここにいて、ここの男の人達を見ているじゃないか。

 なんでいきなり、俺なの?」

 これだけ一気に口にして、ようやく、自分が話せるモードになった気がした。



 「私だって、私なりにいろいろあるんですよ。

 ダーカスのオババの話を覚えてますか?」

 「風呂の話?」

 「ええ。

 あれはまだ入浴ですし、下着も付けていたからいいですけど、そうでもないのに直に肌を晒したら、それは相手のものになるということなんです」

 ああ、この世界は、肌を見せることへのハードルが高いんだったよね。

 「そんなこと言ったって、俺は、ルーの裸なんて……」


 見てたよ。

 この世界に来て、一時間もしないうちに。

 申し訳なくて、無意識に封印していたけど。思い出すとリアルだ。


 うわ、ルーの顔、首辺りから額まで、ぐぐぐっと赤さが昇った。

 「思い出さないでください!」

 「出してない、出してない!」

 「赤くなって、思い出している顔になっているくせに!

 肌を見られた以上、私は、ナルタキ殿のものになるしかないんです!

 ナルタキ殿がズボンを脱ぎだしたときは、水指で殴って、なかったコトにしようかとも思いましたけど、さすがに渾身の力で殴ることはできませんでした」

 ああ、痛かったはずだ。

 きっと、殺意が20%くらいは込められていたんだろうな。

 ひょっとして80%くらいは行ってたか?

 その場合、「なかったコト」って、「亡かったコト」か?

 シャレにならん。


 ひょっとして、ルー、その殺意をもみ消すために、俺を水指で殴ったことをオープンに話していたのか?

 非道くないか?

 ……いや、無理もないか。

 異世界から来た男にいきなり服を脱がされ、その男も服を脱ぎだしたら、まぁ、怖いわなぁ。ルーの目からは、アニメでとかでよくある、黒い影で目だけ赤いって姿に見えていたかも知れないな。

 俺が女でも、相手が向こうを向いているうちにっちまえって、思うかもなぁ。

 ましてや、それで一生の伴侶が強制的に決まっちまうとなれば、切実だよ。

 


 ……俺も大概だな。

 きっと、異世界に転移してしまった女の子が脱がされるってシチュエーションならば、極めてありがちなんだろうけど、俺、逆だもんな。

 うう、表面だけ見たら。俺、ケダモノ以外の何者でもないじゃん。

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