第27話 そして、クア?


 俺が、冬でも温かくするものなんて、持っていたっけ?

 そんな経緯なんてある?

 「もしかして、公衆浴場?

 でも、そうだとしたら、なんでそう言わない?」

 「言いに来たのは、どんな人達です?」

 ルーがスィナンさんに確認する。

 「街の職人衆の奥さんとかでしょうかね。

 そういや、男衆は来なかったな」

 「……そりゃ、やっぱり公衆浴場ですよ」

 ルーが断言する。


 「どうして?」

 「毛布の有無じゃないですよ。

 毛布があったって、冷え性だと冬はつらいですからね。

 『始元の大魔導師』様が収穫祭で作った公衆浴場は、今でもダーカスの女性の語り草です。

 でも、女性が、肌を晒すような場所を作って欲しいとは、自分からは言いにくいんだと思いますよ」

 だから毛布を返せって、言うことが迂遠すぎないかい?


 ……そうか、この世界、こたつとか、最初から概念がない。行水はあっても、温かい風呂はない。だから、オババたちにとって、この腹芸で通じるはずと考えちゃうんだ。

 この世界で、この腹芸が通用しないのは、多彩な暖房器具を知っている俺だけなんだな。あ、あと、返せない毛布に、まずは狼狽してしまったスィナンさんも、か。


 そっか、そんなに快適だったのか、お風呂。

 ま、解るけどね。

 これから冬になったら、冷水でも、ぬるーいお湯でも、行水はきっと辛いよ。トールケの温泉とは別に、公衆衛生からも、ダーカスに風呂はあった方がいいに決まっているしね。


 で、もう1つ、風呂を作って欲しいと言えないのと、ダーカスの女性のしたたかさと、今ひとつイメージが一致しない。

 「えっ、茶色い歓声を上げてた、あのオババ達にも恥じらいがあったの?

 さんざ、酷い目にあわされたけど……」

 「……『始元の大魔導師』様。

 あえて言わせて貰いますが、少しは女心ってのもお考えください。

 オババ達でも、女性です。

 『産まれたときからオババ』なわけ、ありません。

 祭りでもないのに、そんなハシタナイこと言えるはずがないんです」

 

 ああ、そう。

 ということは……。

 もしかしたら、アレが俺の水着回だったのかも知れない。

 俺には、黄色い歓声と、薔薇色のそれはもうすばらしい水着回なんて、もう来ないのかも知れない。

 ……総天然茶色だったなぁ。

 


 「『始元の大魔導師』様ぁ。

 ダメですよ、自分の世界に入っちゃ。

 女性が恥ずかしくない浴場って、なんかないのですか?」

 俺、絶望に沈み込みながら答える。

 「男湯と女湯に分ければぁ」

 これで、俺の温泉回までも、自分の手でとどめを刺しちまったことになる。少なくとも、混浴はもうない。


 「なるほど、さすがです。

 そうか、そうすれば心置きなく入れるんですねっ!」

 「混浴がいいけどなぁ」

 「ダーカスのオババたちと?」

 「それは嫌だ。

 それは勘弁してくれ。

 あいつら、俺の全身を撫で回すから、絶対イヤ」

 俺、フラッシュバックに慄く。

 繰り返すけど、俺は善光寺の「おびんずるさま」じゃねーからな。『始元の大魔導師』様のご利益にあやかろうと、あちこち撫で回されるのは怖い。

 想像してみてくれよー。マジに、怖いんだよ。


 逃避した頭ん中で、妄想の花が満開になる。

 脱茶色、思考の口直しだ。

 ぶつぶつ。

 「うーん、混浴なら、ラーレさんが望めないのは仕方ないとして、ユーラ先生とか、うーん、デリンさんも、あれでなかなかいいかもな。王宮の書記官さんの中にもキレイな人いたし……。

 ダーカスって美人多いよね。

 ヴューユさんとこのメイドさんも、なかなか綺麗だし……」

 「その妄想に、私は入らないんかい?」

 遠くから、ルーの声が聞こえたような気がする。

 「あ、ルーはなし。

 冗談じゃない」

 「なんでよ?」

 「興奮できないじゃん」

 「なんでだ?」

 「嫌なこった」

 「なんだとー?」

 

 「『始元の大魔導師』様!

 『始元の大魔導師』様!」

 あ、スィナンさんの声だ。

 我に返ると、涙目のルーがこっちを睨んでいた。

 「ヤバいですよ、ルイーザ、滅茶苦茶怒ってますよ」

 切羽詰まったひそひそ声で、スィナンさんが耳元でささやく。

 そんなんしたって、ルーに丸聞こえだぞ。

 で、なにを、いきなり怒っているって?


 「声に出てましたよ、全部」

 あ、漫画のスケベ男のお約束のやつか。

 で、俺が、それをしてしまったと。

 マジか?

 ヤバいじゃん!


 「私だと興奮できないのかぁっ?」

 腕をぶんぶん振り回しながら、ルーが問い詰めてくる。

 あー、トラウマ回避から、一気に妄想を広げていたからな。

 やはり、人間、自制ってのが大切。

 自信を持つようになったからって、自制がおろそかになってはいけません。

 ……なんて、言ってる場合か!


 いいや、もう。

 この場には、スィナンさんしかいないし。

 そして、スィナンさんも、ルーを『豊穣の現人の女神』にする悪だくみを考えた側だし。

 もう、いいや。仕返ししてやる。

 「できないよ。

 だって、一番大切だから。

 一時の興奮とかでなく、きちんとした関係を育まないと」


 ルーの腕が、上がったまま止まった。

 そして、ゆっくりと降りてくる。

 そして、真っ赤になった。

 チョロい。

 ルーってば、ときどきどうしようもないほどチョロいんだよな。

 

 たぶん、ルーは、人は怖くないんだ。

 火薬の爆発とか、川下りは怖いくせにさ。

 で、人が怖くないのは、優秀で、人を敏感に見ているからなんだろうね。

 

 で、よく見ているからだろうけど、心情に訴えるものには弱い。

 心情に訴える、スポ根話に弱い。

 当然のごとくに、恋愛話にも弱い。

 やっぱり、ルーの本性は、良い奴ってことなんだろうなぁ。


 で、スィナンさん、自分の工房なのに、居づらそう。

 ざまーみろー、だ。

 望んだ結果だろ?

 そのうち、王様の前でもイチャついてやる。



 さぁ、さっさと話を進めよう。

 「男衆は風呂、要らないのかな?」

 「要るでしょう。

 1日の仕事の汚れを、冷水で落とすよりはお風呂のほうがずっといい」

 これは、スィナンさんが食い気味に答えてくれた。

 話題が変わるの、歓迎なんだ、きっと。


 「じゃ、男衆はなんで風呂って言いに来ない?」

 「言う訳ありません。

 もう少しすると、寒風吹きすさぶ川原で水を浴びる奴が出だします。

 『こんなの全然平気』って、見せびらかすのが粋ですからね」

 ああ、ここは魔術師を始め、みんな、やせ我慢の美学だったね。


 「ルー、ダーカスの女性は、それをカッコいいと思うの?」

 「バカが出たと思って、冷ややかに見てます」

 ため息。

 これもまたよくある話だ。男のカッコいいは、得てして女性の望むものと大きく異る。

 ま、逆もまた真なんだけどね。


 スィナンさんも言う。

 「最初の1人目は、確実に『いくじなし』って言われますからね。来れないでしょうよ。

 野菜の普及とかもそうだったですけど、最初の一人目に口実を作ってやらないと。

 口実さえあれば、新しい良いものを受け入れるのは大歓迎なのです」

 くっ、めんどくせぇ。


 わかったよ。

 じゃ、公衆浴場作ろうじゃねーか。

 で、小さな石鹸、かたかた鳴らすんだ。

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