第26話 すべてはアメニティのために


 トーゴで怪獣大決戦をしている間に、あちこちの行程が思っていたより進んでいる……。

 となると……。

 「ルー、俺も人が欲しい。

 魔素流に焼かれない土地を面として増やすのに、いにしえに使われていた施設の石垣の土台を活かすにしても、立てなきゃいけないアンテナ、数があるから大変なんだよね。

 できれば、次の次の大規模な魔素流が来るまでに、エフスのある程度の面積を安全にしておきたいし。

 アンテナの量産が叶ったわけなんで、いつでも一気に工事に行けるんだよ」

 そう、ルーグループLにお願いしてみる。


 ルーの返事に遅滞はない。

 「では、『始元の大魔導師』様、エフスに開墾に来た者、各国から数人ずつ選抜しましょう。

 円形施設キクラはともかく、避雷針アンテナと中継の線の修理は、そこの住人が自分達でできた方が良いと思うのです。同時に離れたところで故障が起きたら、『始元の大魔導師』様1人では回りきれませんからね。

 しかも、これは、王にも了解を得なければですが、円形施設キクラの修理と建造の情報を先々公開すると言っていることに対して、真実性が増すことにもなります。一部、先行公開となりますからね」

 「なるほど。

 よろしくお願いします」

 ルー、やっぱり頼りになるわ。


 で、ルーの目、いつもどおり。

 優秀なビジネスウーマンっていう、しれっとした顔していやがる。

 くっそ、視線が合って、どきどきしているの、俺だけか。

 でもさ、たぶん、俺が母親以外で一番話した女性はルーだよ。

 なにを言っても、解ってもらえる気がする。

 こんな相手、今までいなかったもんな。

 


 「『始元の大魔導師』様、この際ですから、もう1つ提案があります」

 ルーが言う。

 「おう、なによ?」

 「エフスの湧き水です。

 相当の水量がありはしますけど、数千人規模にもなる街と周囲の農地を考えると、その量に不安が残るんです。

 ですから、その湧き水は生活と飲用に使って、農業用水は、いっそダーカスからエフスまで、ネヒール川に沿って水路を引きませんか。

 ダーカスを取水口にすれば、河岸段丘の上で水路を引けます。

 水はいくらあっても良いはずです」

 そりゃそーだ。

 ライフラインは、複数経路を確保するのが基本だ。もちろん電気もね。


 「それはそうだけど、工事は今が良いのかな?」

 「今だから良いんです。

 来春から農業が本格的に始まるとすると、全員そちらに掛かりきりになるでしょう?

 今ならば、麦を蒔いたあとは、春まで暇になります。であれば、1000人で水路を掘ったら良いと思うのです。

 しかもですけど、水路って掘ってから水が来るまで、年単位で時間が掛かるそうですね。

 ならば、今掘っておけば、来年、再来年とさらに規模が大きくなった頃に水が届く計算になるんじゃないでしょうか」

 水路を掘っても、水が来るまでに年単位で時間がかかるってこと、かなり前にタットリさんが言ってたような気がする。

 あとは、俺が持ち込んだ本に、具体的な用水の知識としてあるのかもしれない。


 ……もしかして、「銀のお盆に載せた俺の首」って、これもなにか、そういうお話元ネタがあったんだろうか?

 やだな、元いた自分の世界についても、ダーカスの皆さんのほうが詳しくなっちまう。

 時間が取れたら、俺も本を読もう。ちょっと切実にそう思ってきた。

 「電気工事士だから他のことは判らない」なんて、言ってられなくなった気がする。

 ま、少なくとも、俺の親衛隊の16人より、俺の方がおバカって事態はなんとしても避けないとだ。

 でも、きっと、今はアイツ等の方が、俺より本を読んでる。


 「じゃ、避雷針アンテナ工事に各国の人に協力してもらうことと一緒に、この水路についても王様に承認をいただいてください。

 俺は、全面的に賛成です。

 あと、エレベータの設置と、エモーリさんの開発してくれた、小さな水汲み水車ノーリアと釣具も報告しておいてください」

 「わかりました」

 人前で、ルーと畏まった口調で話していると、なんか妙に可笑しくなってくるな。


 「『始元の大魔導師』様、最後にもう1つ」

 「なんでしょう?」

 エモーリさんに返事をする。

 「スィナンも、ちょっとでいいので、『始元の大魔導師』様に顔を出して欲しいそうです」

 「じゃ、この足で行きますよ」

 そう答えて、ルーの顔を見る。

 ルーも「了解」って頷いた。




 スィナンさんのところも、さらに工房が雑然と広がっていた。

 エボナイトでいろいろ作っていたんだけど、ゴムの不足と木材の潤沢な供給で、代替生産するようになったものもあるらしくて、木工まで手を広げているみたい。大工というより、挽物とかのジャンルだけど。

 ケーブルシップの綱を編んでいた場所は、今はおがくずだらけだ。


 で、着くなり、スィナンさんが言う。

 「『始元の大魔導師』様、大変なことが1つ」

 「……大変って?」

 「寄付された中古の毛布、返せって来る人がちらほらいるんですよ」

 ああ、やっぱり?


 ゴムシートとかゴムボートを生産するのに、ゴムを染み込ませるための基材となる、ヤヒウのクズ毛のシートすらも完全に枯渇してしまったんだ。で、街の人達から古くて使えなくなった毛布とかを供出して貰った経緯がある。

 確か、来夏に新品に交換するって話で、だ。

 大量のサイレージが確保できているから、冬越しのときでも家畜の数を絞らなくて済む。だから、その分くらいのヤヒウのクズ毛の余剰は出る予定なんだ。


 で、その供出のお願いをしたときに、今は夏で毛布を使わないからって、山積みになったんだよね。で、ヤヒウの毛刈りは早くても来春、毛布になるのは来夏。

 だから、この冬をどう過ごすつもりなのか、謎だったんだ。

 だいたい、その説明をしても、「いいから、いいから」って置いていったんじゃねーのかよ。


 「で、返せって人はなんて言ってるん?」

 スィナンさんに聞く。

 「それが、『始元の大魔導師』様なら、冬も暖かくしてくれるはずだと思っていたと」

 「そんな、いくらなんでも無茶苦茶な」

 「たぶん、街は広がるし、水は街中まで来るしで、ハイになってたんでしょうなぁ」

 

 「なってたんでしょうなぁ」って、なんじゃそら?

 じゃ、どうするんだよ?

 って、ここの気候じゃ氷は張らないんだから、凍死はしないか。

 風邪引いても魔法で治るし。

 って、そもそも風邪ウィルスいるのかな、この世界。いたとしても、魔法で治療されちゃうから、絶滅していたりして。

 どっちにせよ、大事にはなりようがないかもだけど、毎晩、寒さに「ふるえて眠れ」とも言えないよなぁ。


 「藁でも配って、ベッドにしてもらう?」

 そう、なんとなく提案してみる。

 トーゴから運べば、あるよね、藁。

 けど、ルーはなんとなく納得していない顔をしている。


 「本当に、毛布なんですかねぇ?

 だって、『来年の夏にまたおいで』って言われたら、引き下がるしかないじゃないですか。

 そけでもあえて来るってのは、なんか違うものが欲しいんじゃ……」

 違うもの?

 違うものってなに?

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