第25話 すべては食糧のために


 数日休んだら、トーゴに行かなきゃだからね。今のうちに、精一杯ごろごろしよう。

 実はそう、密かに考えていた。


 それなのに、あーもー、全然無理。

 動転とか、逆上とか、もう、どう言っていいか判らない。だって、自分で自分の状況が説明できないから。

 ともかく、青くなったり、赤くなったりしながら朝食を済ませると、追い立てられて、エモーリさんのところに出発。


 横を歩くルーを意識しすぎて、いつもどおりに歩くのが難しい。

 横から見下ろして、揺れるシルバーブロンドの髪と、小さく見える鼻が可愛い。

 ……こいつ、こんなに、1から10まで可愛かったっけ?

 ルーの、琥珀色の瞳を覗き込みたい。

 自分の中で、ルーの存在が概念から、現実の女性に切り替わっているのが解かるよ。

 

 あーもう、一緒に歩くと不安だから、どこかに厳重にしまっておきたい。

 頭ん中、ぐちゃぐちゃ。

 それなのに、なんでこいつ、こんなに平然としているんだ。

 ……平然としているのは、演技なのは解っているんだ。

 昨日までは、無理をして悪い人を演じていた。で、その無理がきていた。

 今日は素に戻って、それも一瞬で、今はきっと小悪魔を演じている。


 ……手玉には取られないからな、俺。

 そう決心するけど……。ダメなような気もする。



 エモーリ工房は近い。

 頭の中を整理する間なんか全然ないままに、到着。

 「『始元の大魔導師』様。

 頼まれていたものと、それとは別に、いくつか見ていただきたいものがありまして」

 はい、なんでしょうかね。

 そう思いながら、頷く。

 「まずは、ダーカスとトーゴから避雷針アンテナ網を伸ばすための、標準アンテナです。いままでも、トールケとか、間に合せの避雷針アンテナは作ってましたけど、リクエストどおりきちんと規格化しました。

 これで、一定数の大量生産ができますし、ゼニスの雲母も組み合わせて、より魔素に耐えられるようにしてあります。

 あと、街道沿いの、いにしえの石垣の土台に立てられるようにしてあります。

 とりあえず、100本くらいは作ろうかと思いますが」

 「それはいい、是非お願いいたします。

 ただ、100本作っていただいて、すぐにまた次の100本ということになると思います。

 事故が起きることも考えて、複線化しておきたいですし」

 「解っていますよ」

 そう言って、エモーリさんは笑った。


 「それからですね、これを」

 ああ、ひと目で判る。

 エレベーターだ。

 「近々、ネヒールの大岩に据え付けます。

 定期便が荷物を運び出しましたからね。

 海の食べ物は、怖かったですが、それでも美味しかった。

 あんなのがこれからも運ばれてくるのならば、早く設置しないとですからね」

 それには、全面同意だけど……。


 エモーリさん、ナスを見て「こんな黒い野菜が、腐っていないはずない。こんなもの、食べられない」って言い出してたよね。

 よくもまあ、ガ×ラノテ、食えたな。

 「怖くなかったですか、あれ?」

 「工房の他の奴に食わせようと、くじ引きをしたんですが、よりにもよって私が引いてしまいました。

 30分の1ですからね。当たるわけないと思っていたんです。

 ですが、工房の面々に煽られて、一口食べたら悪くないじゃないですか。

 くじで当たったんだからって、独占しましたよ」

 うーん、ここでも、似たようなことがあったのか。


 「エレベータの次は、これを」

 あ、水汲み水車ノーリアの小さいやつだ。

 木造で、直径は2mくらいしかない。

 「エフスには、堀があるそうですね。このくらいの高さで水を持ち上げられたら、小回りが利いて良いかと思いまして」

 「すごいです。

 小さいと、どこへでも設置できますね」

 「はい。

 生活用水を、いちいち汲み上げるのは大変ですからね。

 トーゴの水田も、これを使えば、少しでも面積を増やせるかも知れませんから」

 これは、トーゴで開拓中のパターテさんにも伝えなければならない情報だよ。

 水田地帯は平らだからね。たった2mの汲み上げでも、増える田んぼの面積は、きっと途方もない。

 しかも、小さいから、1つでは無理でも、いくつもセットして水量を確保できるじゃん。

 これは、凄すぎる。


 「あと、やはり、水車があると、動力が確保できますからね。

 水を汲まないときは、石臼とかとセットにしたいですし」

 エモーリさん、どうもいろいろな構想が、頭の中で渦巻いているみたいだ。

 そか、水車って、動力源にもなるんだ。


 「エモーリさん、ピストンって作れますかね?」

 思いついて聞いてみる。

 魔素石翻訳で、イメージは伝わる。

 「そこまでの精度のものは、さらに研究をしないと作れないと思いますが」

 「心がけておいてください。

 それができたら、夏、涼しく過ごせる機械が作れます。夏に氷も作れるかも知れません」

 ルーの顔が、驚きの表情を浮かべる。

 そか、ルーはエアコン、経験しているんだもんな。

 「なるほど、お約束はできませんが、努力してみましょう。

 王宮の本の中にも、なにか資料があるかも知れませんね」

 「よろしくお願いいたします」

 そう言って、頭を下げた。

 こっちで歳取って、ごろごろして過ごすならば、エアコン完備がいいもんね。


 「さらにこれを……」

 エモーリさん、また別の一画に俺たちを連れて行く。一体、いくつ新作があるんだよ?

 雑然とした中で、手のひらくらいの大きさの、金の籠を見せられた。

 割りと大きな口がついていて、開け閉めが簡単にできるようだ。

 さらに、ドラムに糸が巻かれているものもある。

 「なんですか、これ?」

 「『始元の大魔導師』様のお持ちになった本にあった、『釣り』というのをできるように、その道具も作っています。

 これは、『ビシ』というものらしいですね。

 それから、これが『同軸リール』です。

 『糸』は、ヤヒウの毛の1番堅くて強い部分で編んで貰いました。

 『重り』は構造が単純なので、金工房で作って貰っています。

 『竿』は、来年は『始元の大魔導師』様の持ち込まれた『竹』を使ってみようかと思いますが、今回はエボナイトと細くした鉄の棒です。細くしてから焼きを入れましたから、ここまで撓るんで、竹が手に入るまでの繋ぎの期間ならば使えるでしょう」

 エモーリさん、「ここまで撓る」と言いながら、糸を通すガイドのついた細い竿を結構深く曲げて見せてくれる。どうやら、錆止めに、うすーくゴム引き加工がされているみたい。

 そういえば、「てつのムチ」って武器もあったなあ。これでひっぱたかれたら、相当に痛そうだ。

 ただ、まぁ、全体として、釣り竿としてはちょっと重そうではある。


 「で、この細い鉄を、さらに叩いて作ったのがこれです」

 おおっ、『釣り針』だ。

 なんか、ここまでできていると、明日にでも釣りに出かけられそうだよ。

 道具がすべて大振りで、重そうだけど……。

 考えてみたら、あの狂獣リバータの餌となる魚がいるんだよね。

 その餌になる魚が餌にしている、更に小さい魚でも、俺たち人間の視点からすればすごく大きい。

 たぶん、市場で見る鮪並みだろうな。

 正月とかに、初市とかでニュースで凍った鮪を見るじゃん。あの大きさ。

 で、その大きさの魚が一匹釣れれば、取れる肉の量は、ヤヒウ一頭分にもなるだろう。

 今は、牧草地に見合うだけ、ヤヒウの匹数を増やしたいからね。

 これは、食糧確保としては、効果がでかいぞー。


 「で、誰がこれを必要だと?

 バーリキさん?」

 「いえ、『始元の大魔導師』様の、直属の部下を自称している人達ですよ。

 この間までネヒール川沿いのプールで、水に顔を浸ける練習してましたけど、どうやらまぁ、水には慣れたようですね。

 じゃぶじゃぶ泳いだりしてましたが、今は王宮の本を読み漁っています」

 ああ、アイツ等か。

 アイツ等も、それなりにいろいろ考えているんだな。


 そか、リゴスまでの航海前に、沿海漁業で海に慣れるのは良い事だな。しかも、ダーカスの食糧がさらに増える。

 魚の頭とか肥料にもなるし、鶏や犬猫に食べさせて、その糞を肥料にしてもいい。

 エフスに大量の移民が来ることを考えれば、食料はいくらあってもいいんだ。それが、来年、再来年に溢れかえる食糧の元になる。


 いっそ、あの連中、16人いたから、2班で8人ずつに分けても良いかも。

 片方の班が、リゴスまでの航海をしている間に、片方は沿海漁業。で、交代交代に経験を積ませれば、その16人を核に、さらに海に関わる人間を増やせる。

 リゴスまでの航海だって、陸が見えないところには行かない。あくまで、沿海漁業の延長の沿海航海なんだからね。

 そしたら、バーリキさんに、沿海漁業の漁労長とかお願いできるかもね。

 航海は、また別のトップが必要だろうけど。


 ともかく、海に慣れた人を増やしておかないと、ルーの言う他の大陸の人まで助けるなんてできないもんね。で、彼らが成長したら、他の大陸にも連れて行くって約束もしちゃったからね。

 一応、この辺りもルーに伝えておく。

 他の人との調整は、ルーのほうが上手だからね。

 ……なにやらせても、俺より上手じゃねーか。

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