第24話 ダーカスの朝


 王宮から帰って、ぐすぐすに泣くルーを連れ帰ったら、夫妻が出迎えてくれた。

 で、なんで、そんなに嬉しそーなんだ。

 なんか誤解してるだろ。

 勘弁してくれよー。

 『豊穣の現人の女神』様なんだから、1年、手は出せないんだよ。

 王様に、一肌脱がれちゃったし、その情報が同じ王宮だからって、すぐに伝わるんじゃねーよ。



 翌朝。

 鶏の、時を告げるけたたましい鳴き声で目が覚めた。

 なんで街中に鶏がいるんだ!?

 半ば呆然としながらベッドから這い出す。

 こちらに来てから、なんとなく目が覚めるのと、ルーに叩き起こされるのと2パターンだったのに、3パターン目が付け加えられたみたいだ。


 元気なノックの音。

 ドアを開けると、湯気を上げる茹でた芋が金の鉢に盛り上げられて、それを抱えたルーが立っていた。

 どこかデジャ・ヴュを感じながら、部屋に迎え入れる。


 「おはようございます!

 朝ごはんですよっ!」

 朝からクソ元気だな。

 なんか久しぶりにそう思う。


 皿の芋をスプーンで潰しながら聞く。

 「なんで、鶏が鳴いてんの?」

 「なんか、雌鶏は畑の周りで飼うらしいですけど、雄鶏は街の中で飼うみたいですよ。

 雄鶏はたくさんいると喧嘩しちゃうので、街の飼いたい人が飼うそうです。大きくなったらその肉が食べられるっていうので、希望者が多かったらしいですよ」

 ああ、なるほど。

 玉子を産む雌鶏は、ヤヒウとかの家畜を飼う人が面倒見ているんだ。それでも、まだ一度も玉子も鶏肉も食べていないけど、数はそこそこ増えてきたんだな。

 猫や犬や、他の動物も増えているといいけど、まだそう期間は経っていないからね。世代交代の早い動物に、限られるんだろうな。


 で、見知らぬ動物を食べる方が、見知らぬ野菜を食べるよりハードルが低いのか。やっぱり、放牧している畜産の国だなぁ。


 「じゃ、ダーカスの街は、結構うるさくなるねぇ」

 そう愚痴る。

 朝寝、大好きなのに。

 「いいえ、きっとそうでもないですよ」

 「なんで?」

 「大部分の雄鶏が、去勢されるそうです。すると、相当に静かになるみたいですね。

 『去勢されていない雄鶏がいい』って希望した人が何人かいたみたいですけど、後悔しているそうです。餌をあげるたびに、雄叫びあげられて、つつかれたり蹴飛ばされているみたいですよ。

 次は絶対、去勢鶏にするって」

 「そりゃ、そーだ」

 ヒヨちゃんだって怖かったもんな。


 でも、ま、そうやって、街中で残飯とかで去勢鶏を飼って、パーティーのときとかに食べれば良いのさ。

 で、糞は回収して畑に撒くがいいさ。

 無駄なく、すべてを使うこの国の人達のことだ。言うまでもないよな。



 うん、茹でたての芋は美味い。

 新鮮なヤヒウの乳も濃くて美味い。

 そう思って食べていたら、ルーが台所からもうひと皿出してきた。


 なんだ、これ。

 ちょっと不気味にもほどがあるな。爪だか牙だかの塊じゃん。ひとつひとつが10cm以上あるかも。

 カメノテとかいう生き物を海で見たことあるけど、これはもう、大きさからしてガ×ラノテだな。


 したら、ルーがにっこにこで言う。

 「トーゴの海からの初荷です。

 バーリキさんが、これならば岩にいくらでも張り付いていて、簡単に採れるって。

 とりあえず、茹でてみました。

 茹で湯がすごくいい香りだったので、絶対食べられます」

 「食べたの、ルーは?」

 「ナルタキ殿が食べて、無事だったらいただきます」

 「……そか」

 ルーの笑顔が迫力を増したので、それに負けて、いろいろといじくり回してみた。食べたことないけど、カメノテって、高級食材だったよね。

 まったく、昨日はぐずぐず泣いてたくせに、一晩で元気になりやがって。


 いろいろやったけど、皮とかはなかなか剥けない。さすがに、これ食べるのに電工工具を出すのも躊躇われる。

 最後に、潰すぐらいの覚悟を決めて、ぎゅっと指先で押したら大きな肉がぶにゅっと押し出されてきた。

 そのまま前歯で引きずり出して食べてみたら、マジに旨い。

 茹であげのエビみたいだ。

 この世界で、磯臭いと言うか、海の香のするものは初めて食べた。なんか懐かしい美味しさ。

 思わず皿を引き寄せて、次のにかかる。


 「ナルタキ殿?

 ナルタキ殿?」

 声を掛けられるのを無視して、ルーに背中を向けて、本格的に食べる態勢を作る。

 「ルー、これ、食べると絶対に死ぬヤツだ。

 しかたないから、全部俺が食うよ。

 食べ終わったあとの殻、これは絶対鶏が喜ぶやつだから、雌鶏にあげよう」

 そう背中越しに返事をする。


 「私は雌鶏以下か?」

 そう呟く声がするのを無視していたら、背中がふんわりと温かくなった。

 ルーの腕が、後ろから俺の首に回される。

 「ナルタキ殿。

 これから、2人きりのときは、『にゃぅむ』とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

 えっ、あ……。

 いい匂い。あれ、えっ。


 動揺して、全身の毛穴から、噴水のように汗が噴き出ている気がする。

 必死で、ぎりぎりと首を回してルーを見ようとするけど、回る方向に身体をずらされてしまう。

 「『にゃぅむ』ってどういう意味?」

 「あなたは私のもの……」


 えええっ。なんだって?

 さらに上半身ごと身体を捻ったところで、反対側から手に持っていた皿をすいっと奪われた。


 「ああ、確かにこれは美味しいです。

 こういうの、初めて食べました

 ナルタキ殿の世界にもあるんでしょうか、こういうの?」

 いつの間にか、俺から2歩ほど離れて、ガ×ラノテを食べるルー。


 「あのな、ルー。

 いつ、そういう手を覚えた?」

 「ダーカスの女同士は、こういう情報が共有されているんですよ。うまく行った方法も、ダメだった方法もです。

 いろいろなルールもあるんですよ」

 女、こぇー。


 でも俺、知っているぞ。

 これ、ダーカスの女、じゃない。俺の世界も含めて、皆んなだ。

 中学の時、告白メールした男子がいて、2日と経たないうちにクラスの女子の全員で共有が完了していたことがあった。告白された女子が一斉にCCメールで流したからね。

 で、女子達が、その文面の単語とかをちょいちょい口にしてその男子をイビったから、男子と女子で「酷いことするな」とか、「誤送信しただけで見せたわけじゃない」とか、激しい言い争いになったんだった。

 そして、最後はその女子が泣き出して、男子側が全面的に悪いことになった。

 俺、あのとき、女は、そしてその繋がりは心底怖いって学習したんだよ。


 「……そのルールって?」

 びくびくしながら聞く。

 「そうそう、昔、私がラーレに、リバータの歯をアクセサリーにってあげたことありましたよね?

 覚えてますか?」

 「覚えてる」

 「好きな人を取り合ったら、勝った方が諦めた方になにかを贈るんです。

 本気度が高いほど、高価なものを。

 それを貰ったら、その後はもう、絶対に、手を出しちゃいけないんです」

 あれ、そんな意味があったのか?


 それでも、反撃してみる。

 「……あのさ、俺がラーレさんの方がいいって言ったら?」

 「もう手遅れです。

 今は、デミウスの奥さんですからね」

 「男の方の意志とかってのはないの?」

 「ナルタキ殿、ラーレに年収聞かれて、どん引きしていたでしょう?」

 「いや、そういう意味じゃなくて、男の方に選ぶ権利はないのかなって?」

 「ありませんよ、♡」

 俺はルーのもの、って宣言か?


 ルーは不意に俺の顎の下に手を入れ、顔を上げさせると、混乱している俺の唇を奪う。

 なにしやがる!?

 は、初めてなんだからな!

 ついでに、なんで、目をつぶっちまうんだ、俺。

 乙女か、俺。

 なにも覚えておくものがねーじゃねーか。

 てかルー、昨日ので、相当に吹っ切りやがったな。


 自分の顔色が、赤いんだか青いんだかも判らない俺に、ルーは平然と告げた。

 「エモーリが話があるそうです。

 食べ終わったら、出かけましょう」

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