第23話 もうひとつの争乱
4人で王様の部屋に移動して。
「ルイーザ、そちの狙いはなんだ?
大公位を望み、公爵を落とし所と考える手とも思えぬ」
王様が聞く。
俺は黙っていた。なんたって、学習しているからね。こういうときに、余計なことは言わないようにするって。
「我が王よ。
次をお考えください」
「そなたの言う次とは?」
「今の収獲が終わる頃、各王を集めての会議が開かれましょう。
そして、我が王の深謀遠慮を持ってすれば、リゴスを越え、この地にダーカスによる平和を満たすことが可能となりましょう。
食糧は未だかつてないほど安くなり、流通は盛んになり、さまざまな新たな産物が作られます。
海を渡ることも可能となりましょう。
そして……」
「そして、他の大陸を、か?」
「御意にございます」
「『始元の大魔導師』殿とルイーザで、他の大陸をも救うか?
そして、この大陸の王国総ての名代として、大公位を望むか」
「御意」
「しかし、すでに、すべての
大臣が言う。
たしかにそうだ。
俺がいないままで10年過ぎていたら、確実にダーカスの
30年ズレていたら、リゴスの1つか2つしか機能を維持できていなかったかもしれない。
そして、サフラのような高緯度の土地に、大陸中の住民が、食糧生産も覚束ないまま徐々に追い込まれていただろう。
「だから、お見捨てになりますか?」
ルーが正面から大臣に問う。
「そうは言わぬ。
だがな、面倒見きれぬのも事実だ。海を渡り、責任ある救いの手を延べることは極めて難しい。
意志の問題ではない。能力の問題として申しておる」
「大臣、まぁ、待て。
ルイーザ、ルイーザの言うことはよく解った。
大公位についても、他の王とも諮ろう。
だが……、ルイーザ、さらにその奥の真意があろう?」
王様がさらに聞く。
「……」
「良いぞ、許す。
言うがよい。
それでも言わぬとあらば、王命じゃ」
王様が重ねた。
「……『始元の大魔導師』様のために」
俺!?
「私がしっかりせねば、そして、私が走れる間に走っておかねば、と」
「まるで、母か姉のような心情よの」
「『始元の大魔導師』様の善意には、一点の曇りもございませぬ。
ならば、その輝きを曇りなく保つは、我が務め。
なんとしても、なんとしても、それだけは……」
「そのために、自らに悪の役割をも課するか?」
「はい」
「まぁ、『斯様なことでは』と、思ってはおったよ。
ルイーザ、そなた、狂獣退治のあたりから、人が変わっておったからな。此度の戦さにせよ、他国の者とはいえ、魔術師に連なる者に対してあそこまでのこと、そちには素ではできまい。
気がついておったよ」
「はい」
「ただな、それだけではなかろう?
きっちり白状せい」
「……ようやく、ようやく、『始元の大魔導師』様が、私のことを好いてくださると言ってくださいました。
ですが、私にとっては至高の御身、私のような者のせいでお気持ちが変わられるのは……」
「あ、えーっと、その……」
俺、さすがに横から口を出した。
「ルイーザ殿に言われて、その、まぁ、すでにだいぶ変わりましたよ、俺、いや、私」
くくっ、王様の前でこんな話になるとは。
「自信を持てって言われましたから、少しははい、自信も持つようになりましたし、自分のやっていることも、良いことなんだなって思うようになりました。はい。
で、あの、好き、とも……」
我ながら、なんだ、このたどたどしい喋りは。
ルーに言われていたことは、これだったよな?
「それよ。
初めて会ったときに比べ、『始元の大魔導師』殿もより堂々と立派になられた」
大臣も言う。
なんか、大臣さんよー、褒められた気が全然しないのは、なぜなんだろう……。
王様が難しい顔になった。
「そういう意味ではなかろうよ。
ルイーザは、『始元の大魔導師』殿のためならば、さらに悪に染まっても良いと言っておるのだ。
今回は、運良く行ったが、次は手を血で汚すかも知れぬ。
そして、そのような自分は、曇りなき『始元の大魔導師』殿に釣り合わぬと申しておるのだ」
えっ……。
「ルイーザは、過去となった此度の争乱と、来たるべき未来の大陸間の争乱においても、その栄光は『始元の大魔導師』殿に渡し、影の部分は秘し、そして伏して被ろうと思っておるのだ
ルイーザよ、『始元の大魔導師』殿に愛を語られ、その手を血で汚すかも知れぬ役割を持つ自分は、どうにも釣り合わぬと恐ろしくなったのであろう」
えっ……。
「慈愛の賢王よ、『始元の大魔導師』様の前では、お話しいただきたくなかった……」
いつの間にか、琥珀色の瞳に涙がいっぱいに溜まっている。
「ルイーザ、そなたも賢いようでいて、つくづく愚かよの。
余の判断と『始元の大魔導師』殿を見誤っておるわ」
えっ……。
「まずは、戦さにあたり、出された案のどれを採るかは、王たる余が決めた。
すなわち、総ては余の責任である。
案を出しただけの者が、その手を汚したなどと思うは片腹痛し。
そのようなことでは、良き案など出なくなってしまうではないか。
それではこの先、国として立ち行かぬ」
なんだろ、王様、すげー迫力だ。
「次に、仮にルイーザが大義によりその手を汚したとして、『始元の大魔導師』殿がそのようなこと、気にされるはずもない。
現に、『始元の大魔導師』殿がルイーザに愛を語られたのは、戦術決定が済んでからのことであろう?
のう、『始元の大魔導師』殿。
ルイーザに対し、感謝こそすれ、忌むつもりはありますまい?」
まぁ、確認は振られるよな。
そうか……。
ここんとこ、なんでそんなに怖い顔で睨んでくるのかと思っていたよ。
「あのさ、ルー。
王様の前だけど。
俺は『始元の大魔導師』以前に、まぁ、もともとの世界では普通の電気工事士に過ぎなかったわけで、そもそもそんなに神格化されるようなもんじゃないんだよね。
だから、神様の同類として伝えられるより……、そうだな、
人が安全に生きていくのは、当たり前に確保されないといけないことだけど、リゾートで疲れを癒せるような温かい世界は当たり前じゃないからね。
だからさ、ルーの『自分がすべてのヨゴレを背負う気持ち』は、とてもありがたく思うけど、要らないよ。
そして、どうしても手を汚さないといけないのなら、俺も一緒」
ルー、下向いて、いやいやしている。
王様、大臣の袖を引っ張ると、そっと立ち上がる。
そして、自分の部屋なのに、足音を忍ばせて出ていった。
俺、続ける。
「そもそもさ、きれいごとを言うみたいだけど、ふたりで、手を汚さないっていう道だってあるじゃんか。
今回だって、サフラの兵も、亀も殺さずに来れたじゃん。
慈愛の賢王は慈愛を持って統治をされている。ルーは『豊穣の現人の女神』様だ。
だから、大丈夫だよ。
次も、同じようにできるよ。
俺はそういう道を選ぶよ」
噛まないよう、ゆっくり言う。
でも、言い切ったぞ。
そして、立ち上がって、ルーをゆっくり抱きしめた。
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