第19話 人質奪還の経緯
王様同士のサインが終わった。
同じ書類を4部用意して、そのすべてに両方の王様がサインした。結果的にまったく同じ、サイン入りのものが4部できたことになる。
1部ずつお互いの国が持ち合い、1部は中立国で保管するそうだ。もう1部はギルドで。
そうしておかないと、いつの間にか、戦勝国も敗戦国も、書類を自分の有利なように書き換えちゃうからだと。で、中立国も、10年後も中立で居続けてくれるかは判らない。だから、ギルドでも同じものを保管するんだそうだ。
いつもだと、ダーカスが宗教権威のみで他に取り柄がない国(王様、ごめんね)なので、中立国として書類を預かることが多いそうだ。
でも、今回は当事国だからね。
とりあえずは、エディに預けることになるって。
なぜならば、リゴスはギルドの本部があるから。同じ国に2部とも持っていっちゃうことはないそうだ。
また、ブルスだと、ブルスとダーカスはお隣だけど、サフラにとってあまりに遠いからね。
まあ、気を使わないといけないことがいろいろあるんだね。
とりあえず、定期便のゴムボートで、ダーカスから食糧が届いた。
サフラの皆さんは、半数がここに残り、半数が国に帰る。
サフラから持ってきた糧食は、国に帰る半数が持っていく。そうでないと、たどり着く前に食料が尽きる。だから、ここに残る連中のメシは、とりあえずダーカス持ちで供給しないとなんだ。
数個だけど、魔素の充填されたコンデンサも届いた。
ヴューユさんが、その魔素を、まだ立ち上がれないサフラの魔術師さん達に移してやっている。長期的な生命力の消耗はともかく、今、歩いて帰れるようにはなるからね。
でも、見事なもんだと思う。
なにがって、ヴューユさんの見切り。
コンデンサが94個って、サフラの魔術師さん達が全員倒れるのに丁度いい量だった。
これより少なければ、ルーのハッタリがあっても、11人の魔術師さん達が等しく魔素を失わなかった。最初から魔素が足らなかったら、後に備えて魔素を温存する役割りの魔術師がいたはずだからね。また、これより多ければ多いで、全員が倒れるまで行かなかった。
ただ、サフラの魔術師さん達、許されるのであれば全員がダーカスに残りたいと。先進の『始元の大魔導師』様の技術に少しでも触れたいと。
いやぁ、それほどでもー、あるかな?
でも、今は帰ってもらうしかない。そのうち、半数の魔術師さんには、ダーカスに来て貰う予定だけど。
てか、近い将来、
製造技術もだ。
そうなったら、電気工事士の技術、誰かに教えてもいいよね。工具ももう1セットだけならあるし。
そうすれば、コンデンサの配線10000個とかから解放されるよね。それに、この世界で、仲間ができたら嬉しい。
だってさ、俺、ダーカスで一休みしたらトーゴにとんぼ返りして、今度は3000個のコンデンサを繋がないといけない。トーゴの
それが終わったら、次はサフラに魔素を供給するための
近頃、血圧かな? しなきゃいけない仕事のこと考えると、くらっとするよ。3桁までは大丈夫なんだけどねぇ。4桁で怪しくて、これで5桁になったら、きっと心臓に来る。
一人親方状態で、気楽っちゃ気楽だけど、他の誰もやってくれないからねぇ。
やっぱり仲間が欲しいよ。
だれかと、この忙しさを
もっとも、ダーカスに帰ったら、まずはゴムボートの高速化の種明かしをしてもらわなきゃだし、そう言えば、トールケのリゾートも、どうなっているか確認しないといけないんだった。
あああああっ。
いろいろな宿題が頭ん中ぐるぐる回るよ。
戦争が終わって、日常が戻ってくるってことは、忙しさも戻ってくるんだ。テントで、握り飯を食っちゃ寝している方が良かったかもなぁ。
ああ、自分で言っていて、なんて不謹慎なんだ。
− − − − − − − −
で、忙しいのは忙しいけど、今はケナンさんの話を聞く。とりあえず好奇心を満足させないと、今夜、寝られないからね。
さすがのルーも、ケナンさんのこのタイミングでの出現は想定外だったみたいだ。ただ、バーリキさんの妻子の救出自体は、「もしかしたら」とは思っていたと。
というのは、バーリキさんがデミウスさんに捕まったのが架橋祭の日。
そこからダーカスに連れてこられて、俺達の取り調べを受けた。そのあと、収穫祭の間はコンデンサ工房に隠れていて、祭りが終わったらトールケに南下して身を隠した。
ケナンさん達は、収穫祭の間もネヒール川航路の安全対策をしてくれていたから、ずっとそれらの現場にはいない。つまり接点がないはずなんだ。
ケナンさん達は、収穫祭のあと、俺の依頼で、ネヒール川河口から海岸線を北上、探検しながらサフラの首都に入った。
サフラでギルドの仕事をするっていう、ルーの案に従ってだ。
で、ギルドに顔を出す前に、弓使いのアヤタさんの実家に行ったと。
理由は、到着してみると、思っていたよりもサフラの情勢が動いていて、サフラ王の親征で街中がごった返していたこと。
ついでにそんな状態だと、ギルドもごった返していて、系統立った正確な情報なんて入らない。ならば、市井の一住民であるアヤタさんの両親の方が、通して状況を見ているだけマシって。
で、アヤタさんの実家に、ダーカスの王様からの手紙が届いていたんだそうな。
ルーも、ここまでは王様が手を打つかも、とは思っていたと。
その手紙には、バーリキさんがダーカスに入り込んだスパイだったことと、その妻子が捕らえられていること
つまり、王様、手は打ったけど、打ちっ放しにしたんだ。
判断はケナンさん達に任せると。
国家としてギルドから距離を置く意味もあったろうし、ダーカスとケナンさんのパーティーの接点を隠しておきたいっていうのもあった。
で、ケナンさん達、相談になった。
で。
ギルドに属している間は、政治との距離は置かなくてはならない。だから、王宮に忍び込んで、人質を救出するなんて仕事はできない。
でも、実はとてもあやふやな点がある。
例えば、あまりに非人道的な行いが、国家の名でされていたときにどうするかって問題。
「その年に生まれた赤ん坊は全員殺せ」なんて命令が出ていたら、それもギルドは全部無視するのかって。殺されている赤ん坊の横を、冒険者は素通りするのかって。
ミスリル
英雄は、慈悲を求められる。
それでも、政治が絡んだとしたら、その行動が独断専行か、慈悲の発露かは、あくまで結果が決める。
ならば、自分達は、
慈悲の発露と見做された場合は、除名の事務手続き以前だったって言い逃れちゃって、ギルドの英雄の行為にして貰えばいいって。
ギルドの上層部も、その言い逃れに絶対協力するって。
で、魔術師のセリンさんも、万一、ギルドの上層部が独断専行と見做しても、ダーカスの王様が面倒見てくれるだろうから問題ないって言ったそうだ。
ダーカスで家を構えて、ゆっくり暮らすのも悪くないって。居心地も悪くない街だし、って。
で、ケナンさん達、失うものはなにもないし、うまく行けばミスリルを越えて、生きている間に伝説のオリハルコン
ならば、ダーカスのために一肌脱ごうって結論になったと。
で、人質奪還は、とても簡単だったそうだ。
だって、兵という兵がみんなダーカスに行っちゃっているからね。
ジャンさんが、「忍び込む甲斐がない」って嘆いたほど手薄だったそうだ。
たぶん、サフラの王様達は、「バーリキさんは死んだ」と信じていたし、結果として、ダーカスなりどこかの勢力が奪還に来るという事態は想定外。
あくまで、バーリキさんという、「ダーカスからの被害者」の家族を保護しているという建前もあっただろうしね。
これで、「バーリキさんが生きていたら」という想定があったら、状況は全然違ったんだろうな。
で、救出後は急ぎに急いでダーカスに戻った。
アヤタさん、バーリキさんの娘をおんぶして走り通したそうだ。
で、ダーカスの王宮もギルドも空だったので、顔見知りのスィナンさんのところに行ったら、商人組合のティカレットさんの番頭さんが縛り上げられている現場に到着。
で、大臣もこの場にいて、この番頭さんがサフラのスパイの元締めって聞かされて、ようやく状況が掴めて、即、定期便のゴムボートに飛び乗った、と。
奇跡のタイミングってのは、努力でなされるもんなんだねぇ。
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