第18話 致命の一穴


 ダーカスの王様、続ける。

 「そしてこれで、最後だ。

 この地のこの土塁は、お前たちが作ったものだ。

 そして、この堀を見よ。この地には豊富な水がある。また、『始元の大魔導師』殿のお陰で、この地は魔素流に焼かれぬ。

 余は、この地に他国の者を集め、開墾をして緑の農地を作る。リゴス、エディ、ブルスの民も募集している。

 サフラに至る平原は、畑と、『始元の大魔導師』殿の連れてきた新たなる家畜とヤヒウに満たされるであろう。

 お前たちの中で、この地に残りたいものがあれば、ダーカスへの忠誠を条件に入植を許そう。

 お前たちが作ったこの土塁の中であれば、トオーラに襲われることもなく、安心して暮らすことができる。

 入植希望者には、春の収獲までの食糧を無償で供与し、開墾が終わった土地については、私有を認めよう。その後は、家族を呼ぶのも自由だ」

 しーん。

 さっきの減税のときの方が、まだ反応があったな。


 「ダーカスの王様……」

 兵士達の中から声が上がった。

 「なにか?」

 「それでここに残ったら、おら、さっきの獣に焼き殺されてしまうことがねえって、どう信じたらいいだ?」

 「先ほどの獣は、我が国に降臨された『始元の大魔導師』殿の召喚されしものである。

 ダーカスに仇なす者には容赦しないが、ダーカスの民にはこの上なく心強い守護神である。

 ここで働き、ダーカスの民として子を成し、幸せに生きる者の守り神である」

 「じゃあ、安心していいかや?」

 「余が保証しよう」

 「先ほど、あの獣はそこの娘っ子の言うこんを聞いていただ。

 その娘っ子は信用できるかや?」

 「この者には、先ほどのダーカスの収穫祭により、『豊穣の女神』が1年に限り顕現されている。

 『始元の大魔導師』殿と『豊穣の女神』は、ダーカスに与えられた恩寵なのだ。

 のう、ボーラ殿?」


 そっちに話を振るのか。

 ボーラさん、仕方なくだろうけど、サフラの兵士達の注目の中で頷く。

 ま、否定はできないよね。

 「ボーラ殿は、『始元の大魔導師』殿の力を借りに、ダーカスまで来られたことがあるのだ」

 どよどよ。

 サフラの兵士たちが互いに話し出す。


 「ならなんで、ダーカスに戦さを仕掛けただ?」

 「『始元の大魔導師』様には敵うまいに。めた空飛んで、狂獣を退治したと聞いただ」

 「おら、ダーカスの王様の話に乗ってみようかや」

 「よせよせ。危ねぇ」

 「でも、お前もおらも、国に帰っても、嫁も貰えねぇ。なら、ここでずくを出した方が」

 「出発前に聞いていた話と違いすぎるだ」

 「なにを信じたらいいかや?」


 ここで、王様、さらに声を張り上げた。

 「聞け!」

 しーん。

 一瞬で静まり返る。


 「その方達、ダーカスがサフラの民を不当に殺傷したと聞いてきたのではないか?

 その報復のための戦さだと、そう言われて来たのではないか?」

 誰も声は上げない。

 でも、無言で頷く奴、多数。


 「これを見よ!」

 王宮の書記官の姿をした人を、王様が呼び上げる。

 「これが、サフラ王の命により、ダーカスの国有財産を壊そうとし、今回の戦争の元となったバーリキ、その人である。

 ダーカスの国有財産を壊し損なったのち、余は、サフラからの口封じを避けるために、この者を死したことにした。

 余は、この者を許し、職を与えた。

 『豊穣の女神』の本質は慈悲である。余は、その慈悲を体現する者である!」

 

 「否っ!

 予は、サフラの王として、そのような命令は下しておらぬ。

 その者にも家族はいよう。

 偽物など、すぐにばれるわ!」

 うわ、サフラの王様も、負けてねえなぁ。

 家族を人質にとっているわけだから、取りようによっちゃ脅し以外の何物でもないよ。


 ところが……。

 「その意図、果たされることなし!」

 新たな声が響いた。


 ケナンさんだ!

 定期便ゴムボートが戻ってきている。なんでこんなに速いんだろう?

 「バーリキ殿の妻子を人質にとっての虚言の強要、果たされることなし。

 見よ、これがバーリキ殿が妻子。

 元ミスリルクラス冒険者、ケナンの一党が、サフラより救出して参った」

 えっ、元って?


 あー、そか!

 サフラに行ったケナンさん達、バーリキさんの妻子を救うことは紛争への介入になってしまうから、ギルドの身分を抹消してから行動に移ってくれたんだろう。

 でも、そんなに簡単に、ギルドへ登録したり抹消したりはできないはずだ。だって、ミスリルクラスだよ、ミスリル。ギルドの顔と言っていい存在だ。この世界で誰もが知っていて、「極秘の対テロ傭兵組織」とか「極秘の魔法使い協会」じゃないんだから。


 本人達にも、ものすごい覚悟が必要だったろうし、ギルドだって大騒ぎだろうにさ。


 バーリキさん、崩れるように泣きだしている。

 駆け寄った奥さんと娘が、その背中にしがみついて泣いている。


 さすがに、サフラの王様、蒼白になった。

 可哀相ってのとは大きく違うんだけど、でも、うーん、可哀想なのかなぁ。

 だって、戦略として間違っていなかったし、戦略的勝利も掴みかけていた。

 ダーカスの王様が、バーリキさんを連れて来ていてさえ、水掛け論に持ち込めば勝利は見えていた。

 ある意味、ダーカスの王様を超える有能さを示していたんだよね、この人。

 なのに、1つの戦術的な穴から、すべてが崩壊してしまった。


 立ち尽くすサフラの王様の周りでは、もはや遠慮のない相談が繰り広げられていた。

 「ときにおら、ここに残ってみるだ」

 「おらは戻る。でも、むこうでいろいろ身辺整理したらごんずく出して、すぐに戻ってこようず」

 「そうだな、おらも取りに行くものがある。でも、4日で走って戻ろうず」

 「サフラのみなにも、今聞いたことを伝えないとだからな」

 「そうだな。半数はここに残り、半数は一度帰って戻ってくるということでどうかや?

 万が一、ダーカスの王様も嘘つきだったら、助けにも来れるだ」

 「それはいい!」

 がやがや。


 「ダーカスの王様も嘘つきだったら」って、学習したねぇ。

 嘘つきだよ。

 まぁ、いいけど。

 俺も嘘つきだし。

 そもそもさ、俺、ゴジ○を召喚する力なんかないもん。あったらスゲーけど、召喚したら殺される側だよね、絶対。



 サフラの兵士達の相談を圧して、再びダーカスの王の声が響いた。

 「サフラの王よ。

 ダーカスの王として申し入れたき儀がある」

 「なにか?」

 兵士達の冷ややかな目の中で、サフラの王様、応える。


 「半年の間、ここで開墾する者の家族について、よろしくお願いする」

 「それは、我が息子に言うがよい。

 予は、もはや民を牧することはできぬ。

 予が保証したとして、ここにいる誰が信じようか」

 「『君君たらずといえども、臣臣たらざるべからず』という。言っておくが、余は良き君主ではない。それでも、このように考える臣のため、最後まで王の務めは果たさねばならぬと思っている。

 ここにいるのは、ダーカスとサフラの友好を繋ぐ礎となる者達なのだ。

 サフラの王よ、重ねてお願いする」

 ダーカスの王様が頭を下げた。


 サフラの王様、ぐっと詰まった。

 そして、それでも返答してくれた。

 「……保証はできぬ。

 だが、約束はしよう」

 「ありがたし」

 ダーカスの王様、そう言って、再び頭を下げた。

 戦勝国側が頭を下げ、敗戦国側の兵士全員がそれを見た。その意味は大きいんだろうな。


 ……つくづく。

 王様って大変だなぁ。

 物心付いてすぐに、「お前は将来王様になる」って言われて、そのように生きる辛さ、俺にはとても想像できないよ。

 逆にさ、王様になるための権力闘争って、なんで起きるんだろうね。

 俺なら、ダチ○ウ倶楽部の「どうぞ、どうぞ」って言う方に回るよ。



 ハヤットさんの前に、行列ができている。

 サフラの軍を退役して、その場でギルドに登録ってヤツだ。

 これで、身元を確定してから開拓組に加わるんだ。

 ただね、今回凄いのは、皆さん元兵士で教育とか受けていたみたい。全員読み書きができるみたいだ。サフラの王様なりに、兵士たちを大切にしていたんだろうね。

 デミウスさんのスパルタ教室は、開講しなくて済みそうだよ。


 再び、ダーカスの王様の声が響いた。

 「書記官、そろそろ、文書化できたか?

 ボーラ殿、サフラの分の文書の確認をお願いする。

 問題なければ、サインをしたい」

 ああ、調印ってやつか。

 これで、ダーカスが戦勝国として確定するんだなぁ。



 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


信州弁、だいぶ錆びついていて、我ながらびっくりしました。

「だ?」は、上がり調子に可愛く言うのが正しいです。

「なにしているだ?」って女の子に声かけられると、どきどきしますよ。

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