第17話 巻き返し


 「大丈夫でございます。

 併合なさいませ」

 ルー、なんかいい手があるのか?

 その場しのぎの言い方じゃないもんな。

 王様含めて、全員の目がルーに向く。


 ルー、話し続ける。

 「併合した上で、サフラを自治区とし、統治をその王に任せるのです。

 ただし、その王とは、今の王の息子とし、その任命権はあくまで『豊穣の女神』にあるとなさいませ」

 ……それって。

 赤字国家すべてを自業自得ということで放り出し返して、人事権だけは押さえるってか?


 「ふむ。

 ……なるほど。

 なるほどな。

 ならば、課税自主権も貰っておこうかの。

 ルイーザ、そちも相当に……」

 えっ、どういうこと?

 さっぱり解らないよ。


 「これは『始元の大魔導師』様に再びご活躍いただかねば」

 ヴューユさんまで。

 なんだっていうんだ。

 俺になにしろっていうんだ。


 ルー、話し出す。

 「確認いたします。

 併合した上で、サフラを自治区とし、統治をその王に任せる以上、そこはダーカスであってダーカスにあらず。

 サフラとしての、国家運営を続けてもらうことになります。

 ただし、王を交代させ、新王の権原が『豊穣の女神』によるものとすることで、ダーカスの傘下に入った自覚はしてもらいます。

 そのうえで、ダーカス・サフラ国境に円形施設キクラを建造し、ダーカスの王の名において魔素の供給を潤沢に行います。

 魔術師の半数をダーカスで徴用いたしても、元々円形施設キクラを持たぬ国ゆえ、魔素さえあれば残り半数でも医療のみならば困らないでしょう。

 11人で1日10回の治癒魔法をかける体制であったとすれば、5人に減っても1日50回の治癒魔法がかけられれば従前の倍以上ですから。

 また、我が王の仰られた課税自主権により、ダーカスの王の名において減税を行います。

 つまり、サフラの民の可処分所得を大幅に増やすのです。人は豊かさに慣れたら、元の生活には戻れぬもの。

 サフラの民は、元の王に戻って欲しいとは思わなくなるでしょう」


 なるほど。

 ルー、俺のために、話をまとめてくれているんだろうな。

 言われてようやく理解できた。

 そして、サフラの人々にとってクッションの必要なことは『豊穣の女神』の、都合の良いことは、ダーカスの王のにするんだ。

 そして、サフラの王とその民を切り離し、民にはダーカスの方がいいと思わせる。

 そか、最初の「民をも盗んでしまえ」っていう、方針の延長なんだな。開墾組だけじゃなく、全国民を盗むんだ。

 発想がすげーよ、ルー。


 話の大筋は理解できたけど、解らないところを聞いてみる。

 「でも、減税したら、サフラの国を治めるのに必要な税金も減っちゃわないかな?」

 「そうなんです。そこが狙い目です。

 さすがは『始元の大魔導師』様、良いところに気が付きましたね」

 ……どっかで聞いた口調だな。

 で、ルー、俺のこと馬鹿にしてるだろ。


 「その分は、サフラがダーカスから借りた国債という形で解消しましょう。

 それが積もり積もったところで、サフラは破産国家としてダーカスに吸収されるのです」

 うわ、やり方が汚たねぇ。

 戦争では取らず、借金のカタとして取るのかよ。

 確かに、人の心に対する影響は大きいと思う。戦争で負けての併合に比べて、借金のカタだと「仕方ない感」とか「あきらめ感」が違う。

 レジスタンスとか現れても、「なにと戦うんだ?」って感じになるよね。


 「その借金が積もる間、ダーカス王の名において豊かさを与え、ダーカスに対する反抗心を徹底して抜きます。

 併合はそれからです」

 ルー、やっぱり、すげーな。

 てか、俺がルーの手のひらで転がされるの、当たり前じゃん。


 「それまでの間の、ダーカスの財源は?

 つまり、サフラに貸す金ですけど」

 それも聞いてみる。

 「そもそも、その額が大きくなりようがありません。

 だって、600のサフラ兵が開墾してここで住むのであれば、サフラを治めるための予算が減るんですよ。600人が、妻とか親とかを1人連れてくれば、サフラの人口の10分の1がダーカスに来ることになります。

 さらに、それがうまく行けば、サフラからの移民が増えます。

 サフラで食い詰めていた人がいなくなりますから、サフラ財政は出費が減って健全化の方向に進むでしょう。

 そして、ダーカスはサフラから人が来た分、生産力が増えます。農業の強みですね。人口が生産力になるのは。

 その分がサフラに貸せますし、ダーカスの豊かさで洗脳して、健全な財政を借金まみれにすることもできるでしょう。

 サフラの借金額は、こちらの思う通りに増減させられるんです。

 つまり、調整ができます」



 「それは了とするが、ただ、早急にサフラ以外の国の者も集めて、ここでの開墾に参加させねば。さもなくば、ここがサフラの租界になってしまう。

 さらに、ダーカスの民とサフラの租界で差別感情が湧くのもよろしくない」

 王様の洞察と決断は、鋭く早い。


 「書記官、今までの話につき、早急に他国への通知等出せるようにせよ。

 ダーカスは、トーゴ地方においてサフラに大勝せり。その王も捕虜とした。

 サフラは無条件降伏した。

 各国におかれては、停戦監視団の派遣とされたしと。

 また、サフラ以外の国の男女を、開墾者として集めることについては、すでに原案を作ったはず。ダーカスにおける権益を確保できる機会として、餌をぶら下げるのだ。

 次の定期便のボートで何人かは急ぎ帰り、使者を出発させよ

 また、帰りの便で、食糧を運べ。

 いつまでもここに居られては困る。

 帰れる者には帰ってもらうぞ」

 「御意」


 どうやらこれで、サフラにしてやられるだけじゃなくなるんだね。

 ま、負けた上で、さらにしてやられるよりはマシだろうけど。



 王様、再び土塁の上に立った。

 「先ほどのサフラの王の宣言を繰り返す。

 先ほど『サフラはダーカスの条件をすべて飲もう!』という宣言があった。

 余はダーカスの王として、条件の確実な履行を求める。

 そして、その中の戦勝国として安全保障のために、以下の要件をサフラに求める。

 よいか!?」

 最後のダメ押しの声に、サフラの兵士たちが反応した。

 きっと、もう雲の上の話で、自分達は関係ないと思っていたんだろうね。流されるように流されるしかないって、諦めているんだ。

 ぽつぽつと、顔が上がり、ダーカスの王を見る。


 王様、その兵士たちの顔を見ながら、言葉を続ける。

 「サフラの兵よ。

 お前たちは、ここで2国の取り決めがされたことの証人となる。

 しかと聞き遂げ、自らの家族、親族に伝えよ。

 余は密室外交は好まぬ。ここで余が述べることは、公約であり、成し遂げられるべきことなのだ」

 

 さらに、ダーカスの王様を見る視線が増える。

 「1つ。サフラの王は譲位し、その息子が即位すること。

 これは、懲罰的な目的ではなく、『豊穣の女神』の御心により、人心の一新を目指すものである」

 ほとんど反応がない。ま、自分には関係ないって思うことの最たるものだろうからね。特に、自分の命の危機を感じたあとには。


 「1つ。ダーカスはサフラを併合し、一地方として扱う。ただし、制限された自治権を持つことは許そう」

 地面を握りこぶしで叩く奴、泣く奴がいる。

 経験をしたことはないけど、自分の国がなくなるのは辛いことなんだろうね。

 

 「1つ。サフラの課税自主権はダーカスが有する。これは、『豊穣の女神』の聖名においてサフラに減税を行うためである。

 現在、サフラとダーカスの税率を比較すると、ダーカスは相当に低い。サフラが自治権を持つ一地方とはいえ、同じ国家である以上、課税水準を揃えるのが筋である」

 課税自主権という単語が出た途端、ざわざわとどよめきが起き出し……。

 減税宣言で、それは最高潮に達した。


 みんな、受け止められていないんだ。

 なんで、戦争に負けて減税されるのか、わけが解らないんだろう。たぶん、この世界だって、戦争に負けるってことは多大な賠償金を取られるとかで、増税とセットのはずだからね。


 俺、目を凝らしてサフラ王を探す。その表情を見たい。

 能面のような無表情……。

 もしかしたら、相当に忌々しいと思っているのかもしれない。

 戦勝国として、多大な賠償金でも求めてくれれば、大喜びだったんだろうから。

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