第16話 戦略的敗北? (戦後処理)


 ネヒール川の上流から、川の流れを蹴立ててたくさんのゴムボートが下ってくる。

 この世界に来てから、こんな早い動きの人工物を見たことがない。

 目を凝らして、なるほどって思う。


 定期便のゴムボートは、オプションでアウトリガーが装備できるんだった。

 その装備できる仕組みのところへ、帆柱を立てている。きっと、エモーリさんとスィナンさんの合作だ。

 で、ダーカスに残っていた魔術師さんが魔法で風を起こした。


 結果として、元々の川の流れのスピードに、さらに風で加速されているからね。時速30キロくらいは出ていたかも。そうならば、ダーカスから20分くらいで来てくれたことになる。

 しかも、このあたりはトーゴの終点までの中間地点。上りも下りも、両方のボートが繰り出せる。

 トプさんを始めとする王宮兵士の面々と、かなりの数の書記官さんたち。そして、ハヤットさんの姿も見える。

 そして、王様もだ。被りものの、ガラスと木のビーズが風になびいている。


 60人を超えるくらいの人が、一気に辿り着いた。すげーわ。

 定期便を、こんなふうに利用するとは。みんな、いろいろ考えているんだな。


 

 橋の上流側の岸にボートを寄せて、ぞくぞくと飛び降りて、土塁の上に登る。

 土塁の中には、泣き叫んだり、うずくまったりしているサフラの人たちの群れ。


 ダーカスの王様の高い声が響いた。

 「余が、『豊穣の女神』を祀る者にして、ダーカスの王。

 サフラの王に問う。

 まだ、戦いを続けるか否や。

 ダーカスの牙は磨かれている。まだまだ力を比べようというのであれば、受けて立とうぞ。

 次は我が牙、その喉笛を断つ」


 サフラの王様、ようやく立ち上がる。

 王様稼業ってのも大変だねぇ。本気で同情する。

 「予がサフラの王である。

 もはや勝負はついた。

 我がに罪はない。この先、その血が流さるることあらば、その身代わりとして予がすべてを負おう」


 「では、即刻、全ての武装を解除せよ」

 サフラの王様、兜を脱いで地面に置いた。

 兵達も、防具を脱ぎ、棍棒と一緒に王様の兜の前に積み上げる。

 山となった木の帽子が、遠目だとなんかのスナック菓子みたいだ。


 「それでは、この土塁の北方に一か所ある土橋から退去し、出たところでもう一度整列せよ。こちらからの条件を伝える」

 「解かった」

 そう言って、王様を先頭に、ぞろぞろと歩き出す。

 すでに立つこともできない魔術師さん達は、サフラの人たちが1人につき3人掛かりで運んでいく。


 ダーカスの王宮の兵力と言えるトプさん達と、魔術師さん達は、そのあとを追って目を光らせている。

 書記官さん達は、ダーカスの王様の周りを固めている。

 おそらくは手伝いに来たダーカスの人たちが5人ほど、放棄された武器と防具をダーカスの川原に運び出し始めた。このままゴムボートに積むのだろう。

 この人達が一番大変だろうね。なんたって、600人分だし崖もあるから。

 あとで、手伝ってやらなきゃ。


 俺たち3人も、テントから這い出して、橋を渡って土塁の上に立つ。

 デリンさんは、ダウンしちゃったから、寝ている。

 よく寝る娘だよ、ホントに。

 ま、今回は無理もないか。


 「それでは、こちらからの条件を話をさせて貰おう」

 王様の高い声が響く。

 反抗的な眼差しよりも、もう、すべての覇気を奪い取られたという目が王様に向く。

 「まず1つ目。

 全武装は、没収する。

 2つ目。

 サフラは、ダーカスに対し、降伏するものとし、それはこの大陸の他国に対しても公表される」

 反応は「沈黙」。

 たぶん、王様の話していることの意味は伝わっていても、脱力しすぎていて「それがどうかした?」状態なんだろうね。


 それでも、サフラの王様が答える。

 「ダーカスの王よ。

 その条件につき、すべて受け入れる意志がサフラにはある。

 だが、それを文書化する前に、王同士としての話がしたい。

 わずかの間で良い。

 その機会を与え給え」

 「よかろう。

 前においでになられるが良い」


 サフラの王様、独りでサフラの人達から離れて、ダーカスの王様に近づく。

 トプさんが間に入って、サフラの王様が武器を隠し持っていないかの確認をした。

 「卑賤なる身での無礼、許されたく」

 トプさんが右手を胸に当てて、身体検査の非礼を詫びた。

 「いや、先ほどの我が物言いは戦場での慣らい、こちらこそ許されよ」

 サフラの王様も言う。

 ああ、前哨戦のときの煽り合いのことだ。


 トプさんが身を引いて、2人の王様が話しだした。

 その時間は短かった。

 10分にも満たない。


 「サフラはダーカスの条件をすべて飲もう!」

 サフラの王が、自分の兵士たちに向けて右手を上げて宣言した。

 サフラの兵たちが肩を落とす。

 改めて泣き出す人もいた。

 ダーカスの勝利確定か。うんうん。


 ……あれ?

 ダーカスの王様、苦虫噛み潰したような顔になってる。

 なにがどうなったというんだ?

 うちの王様は、表情に出る人だけど、たくさんの人たちの前でここまでのは珍しい。



 定期便のゴムボートが、防具と棍棒を満載して、波を蹴立てて流れを遡っていく。

 妙に速いけど、もしかしたら魔法が使われているのかもしれない。最年少の魔術師さんの顔が見えないからね。

 まぁ、何回かは往復しないと、とても運びきれない量だから、速いに越したことはない。


 ヴューユさんと俺とルー、王様に呼ばれている。

 それから書記官さんが数人。

 「大臣は、余の身になにかあったときのために、ダーカスに置いてきた。

 したがって、この場での決定に、知恵を貸して欲しい」

 「私達にできる限り」

 ルーが答える。

 ヴューユさんと俺が並んでいると、立場的にはルーが答えるのが正しい。

 ルーの公式の立場は、王の意思と魔術師の双方を理解し、その間を仲介すると同時に、『始元の大魔導師』の権利を代弁する者だからね。


 「サフラめ。

 余は、サフラの手のひらの上で踊っていたようだ」

 えっ!

 だって、完膚無きまで勝ったじゃん。


 「サフラめ、ダーカスに無条件降伏するので、全面的な庇護を求めると言い出しおった。

 もはや、サフラは末端の兵に至るまで全軍武装解除され、国家の体を成していない。ゴーチの樹液も、木材の在庫も底をついた。

 ダーカスは戦さに勝ったのだから、その民を牧する義務があると。

 まさかの大荷物を背負わされそうだわ」

 えーと、そんな喧嘩の方法があるのか。

 てか、それ、サフラが勝っても負けても得するヤツじゃん。どちらにしても、ダーカスは富を収奪される存在になる。

 それはズルいぞ。


 「それではサフラ王の身柄、どう扱うお心計つもりで?」

 ルーが聞く。

 「そのことも、よ。

 処刑はおろか、平民にするだけでもサフラの民の反感を買おう。

 かといって、発言力の高い貴族に列することもあとあとが怖い。

 人口で15倍の相手を併合などできぬ。こちらが呑み干されてしまうわ」

 マジか。

 これじゃ、勝ったけど、大敗じゃん。

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