第14話 戦闘開始


 現場では4日目が来ている。

 どうやら、最後の呪文詠唱。

 地面流動化の呪文は、俺でもそらで唱えられそうなほど、何度も聞いた。

 横に並べた小石の数を数えると96個。


 でもね、最終日の呪文は、すべて空間の力場魔法だ。

 亀のいる空間の天井を崩したくないってのはあると思うよ。

 でも、それだけじゃない。

 見ていたらどうも、土を荷車で運び上げるのに限界が来ちゃったみたいだ。

 で、仕方なく方針を切り替えたらしい。


 だってさ、魔素流で焼かれた土には、賢者の石が含まれている。

 荷車の鉄の部品は、賢者の石のせいで金になっちまわないようにゴム・コーティングしてある。けれども、行商の商人が商品を載せるのと、土木現場で土を載せるのは話が違う。

 ゴム・コーティングが土に含まれる岩石で傷つけられて剥がれ、そこに賢者の石が触れば、鉄骨は瞬時に金に変わる。そして、荷の土の重さに耐えきれずに崩壊する。

 これで怪我人が続出したんだ。

 で、治癒魔法が何回も必要になって、「こんなことならば、最初から魔法で土を動かしたほうがマシ」ということになったらしい。


 でも、サフラの魔術師さんたちも、兵隊さん達もよく頑張ったよ。「敵ながらあっぱれ」ってヤツだ。

 達成感を味わってください。ありがとーう、ありがとーう。


 そしてもう1つ。

 作りは荒いけど、質実剛健の極みみたいな木造の橋ができあがっている。

 サフラの皆さんが、全員で走って渡っても大丈夫そう。

 あとで、日光の強く当たるところだけでも、金の薄板とかでコーティングしてやれば、数十年、いや、100年以上確実に保つよ、コレ。


 ルーが、金の凸面鏡を取り出して、ダーカスの方に太陽の反射光を送る。

 ここはダーカスから10kmも離れているから、たぶん、どんなに急いでも応援が来てくれるのは2時間後。

 それを見込んで、早めに信号を送るんだ。

 この世界のヤヒウ飼いの皆さんは、毎日放牧してヤヒウを見張っているから異常に目がいい。見逃されてしまう心配はしなくてもいいのは助かる。

 俺の世界じゃ、視力の良い人は少ないからねぇ。


 

 「デリン、大丈夫か?

 行くぞ」

 コンデンサに囲まれた、ヴューユさんが声を掛ける。

 これから、ヴューユさんは、いつもの「技の魔術師」から、「力と技の魔術師」になるからね。おそらくは、これからの30分で、コンデンサが30個くらい空になる。

 治癒魔法300回分を、一遍に使うわけだから、これはきっとすごいよ。


 この4日を食っちゃ寝で通していた、デリンさんの目がどこからか持ってきた宝石のように輝く。今までのどんより加減が嘘みたいだ。

 もう、眼球が退化しちゃったかと思ってたよ。


 俺もコンデンサを電源として、スイッチ群に繋ぐ。

 テスターで電圧が確保されているのを確認。

 それから、スイッチの端子の間に挟み込んでいたヤヒウの革を外す。

 万が一、作業中にスイッチに触ってしまっても大丈夫なように、これを安全装置にしていたんだ。


 今回の全体指揮は、ルーが取る。

 もう2回目だからね。リバータのときに続いて。

 ヴューユさんは呪文詠唱しているあいだには指示なんか出せないし、俺もスイッチ群と戦況を同時には見れない。



 サフラの魔術師さんが、最後の力場の魔法を唱えた。

 土の塊が、しずしずと持ち上がってくる。

 魔術師自身の力ではなく、強い空間の力を制御しているだけだとはルーから聞いていたけど、やっぱりこれはなにかの奇跡に見えるよ。

 ただ、11人いる、魔術師さん達の顔色は総じて悪い。

 相当に無理が祟っている。

 コンデンサを使ってなお、何年分かの寿命を差し出したのだろうね。


 穴を出た土の塊は横に滑るように動き、穴の縁を越えた所でどさどさと落ちた。

 そして、極度の集中から解放された魔術師さんは、そのまま崩れ落ちた。


 サフラの王様が叫ぶ。

 「魔術師どもは、すぐに魔素の補填をせよ!

 工兵は穴の壁面の補強!

 選抜隊は、爆発の素の結晶を集めよ!」


 キターーー!!

 俺たちの目標は達成された。

 さて、残念ながら、ここからサフラの皆さんと我々の目標は異なる。

 実働の時間だ。

 こちら、指揮官のタイミングでいつでも撃てます!


 魔術師さん達がコンデンサに群がる。

 もう、ほとんど魔素は残っていないはずだ。

 掘られた穴の周囲に、橋を補強していた人達が集まる。

 そして、木の帽子を抱えた人達も集まる。そか、拾い物をするには、良い容器だね。

 今は酷い状態だけど、これでもう一日放っておいたら、ダーカスにとって致命的なほど体勢を整えられてしまうんだ。



 ヴューユさんが、呪文の詠唱を始めた。

 デリンさん、頭の中に動く怪獣像の鋳型を作り始める。

 ヴューユさんの右手が上がった。


 ルー、小声で、「注目、今!」と。

 最初のスイッチを俺、思い切り押し込んだ。


 ちょっと離れたところで、小さな爆発。

 サフラの皆さんの全員の目がそちらに吸い寄せられる。


 ヴューユさんの詠唱の声が止む。


 そのタイミングで、次のルーの声。

 「出現、今!」

 その「今」に合わせて、次のスイッチを。

 

 さっきのとは桁違いの大爆発。

 爆煙と大量の石材の粉が灰色に、そして燃える藁と鍾乳石の炎色反応が赤く輝く。

 サフラの皆さんの注目の前で、それはゴジ○の形となった。


 サフラの皆さんの反応はなかった。

 たぶん、驚き過ぎで、怖すぎたんだと思う。

 ゴジ○が、さっき掘られた大穴に向けて、一歩踏み出した。


 「ナルタキ殿、1歩目、今!」

 合わせてスイッチ。


 爆音は、大きな怪獣の歩行の音に聞こえただろう。

 怪獣の形を描く、爆煙と大量の石材の粉の量が増え、一気に実在感が増す。

 一瞬だけ、空に目を走らせた俺、すべてのタネを知っていてもビビる。


 ヴューユさんの詠唱が再び始まる。

 デリンさんはまだ目も開けない。いや、開ける余裕がないんだ。怪獣ならともかく、その鋳型を想像し続けるのは確かに難しいはずだ。


 「ナルタキ殿、2歩目、今!」

 スイッチ、オン。

 ゴジ○が足をついた場所から、タイミングよく3回目の爆音。

 ついに、口から大量の煙と火を吹き出す。

 うわぁ、それっぽいぞ。


 ようやく、この段階でサフラの皆さまにもスイッチが入った。

 「に、逃げろ!」

 「なんだ、あれは!?」

 「踏み潰されるぞ!」

 「もしかして、あれは『始元の大魔導師』とやらが召喚したのか!?」

 「黙れ、逃げてから話せ!

 橋を渡れ。北岸で陣を立て直すんだ!」

 悲鳴に、いろいろな叫び声が混じり合う。


 ああ、オーディオセットを持ち込んで、BGMを掛けたかった。AC電源なんかないけど。

 当然、誰もが解かってくれると思うけど、渋いところで、「三大怪獣 地球最大の決戦」だ。


 ルーの声が響く。もう小声で隠れて、なんて取り繕っていない。

 「ナルタキ殿、3歩目、今!」

 4回目の爆音。


 ついにサフラの軍、潰走を始め……、なかった。


 サフラの王が全軍の前に立つ。

 「魔術師達よ。

 これは、魔術によるまやかしであろう!?

 このような獣、実在はせぬ!

 さあ、対抗する魔法により、これを消し去るのだ!」

 俺、ちょっと感動した。

 なんかさ、なにがあっても心が折れずに、ゴジ○に挑み続ける自衛隊の人達みたいだよね。


 魔術師さん達が5人ほど、横一列に並んで、呪文の詠唱を始めた。

 心配になって、ヴューユさんの顔を窺う。

 額に汗の玉を浮かべながら、詠唱を続けている姿に余裕は見られない。

 どうなってしまうんだ!?

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