第13話 偵察 4


 2日目の朝が来た。

 再び、サフラの軍の中では、干した芋が水に漬けられて戻されてる。

 なるほどなぁ。

 今戻してるのは、次以降の食事用だ。

 朝食には、前日戻した芋が煮られている。なるほど、こうやって時間を節約するんだ。たぶん、昨日の食事は相当に固かったんだろうねぇ。


 俺たちも味気なく干し肉を齧り、戻さないままの芋の粉を口に含み、少量の微温ぬるい水で飲み干す。

 水を汲みにも行けないから、節約しないと。

 このまま頑張っていると、サフラの連中より俺達の方が、いわゆるエコノミー症候群で先に逝っちまいそうだ。


 ルーとヴューユさんの表情はいつもと変わらない。

 デリンさんは、退屈しきっているみたいだ。明け方の暗い中、トイレは済ませていたから、食ったらまた寝るぞ、この娘。

 でも、この対応が、一面で正しいのは認めざるを得ないよ。辛い待ち時間は寝て過ごす。なんて合理的なんだ。



 サフラの魔術師によって再び魔法が唱えられ、地面が揺れた。

 緩んだ土が、人海戦術で一斉に掻き出されていく。


 ルーがぼそぼそと言う。

 「そうか……。

 おそらくですが、昨日1回だけ掘りましたよね。

 それで、穴を掘ることが現実的かを検討したんですよ。

 で、サフラの王を含めて、昨夜検討をして、『掘る』って決めたんですね」

 「なるほど」

 まぁ、その決定はありがたい。

 そういう決定がされるようにお膳立てをしたとはいえ、本当にありがたいよ。


 午前中だけで、呪文詠唱は12回繰り返された。

 300人がスコップを持ち、土を荷車に積む。他の人たちは土が満載された荷車を動かしたり、食事の支度をしたり、王様のパシリをしている。

 また、大工さん達は橋を組み続けている。


 午後になると、スコップを持つ300人が交代したようだ。

 まぁ、役割交代をした方が、不公平感は出ないだろうね。

 午後は、13回の魔法が唱えられ、さらに穴が深くなった。全然見えていないけど、25回×30cmだから、7.5mくらいの深さになっているはずだ。俺たちの位置から、掘っている人達はもう全然見えない。


 そして、土を掻き出す面積は減っているのだろうけど、大きな問題が表面化してきている。

 穴の深さが身長を越えた辺りから、土を満載した荷車が穴から出られずに立ち往生するようになった。

 漏斗型の穴を掘るのに、螺旋状の斜路を設けたように見えたけど、上手く行っていないようだ。土の重さと斜路の長さが足を引っ張っているらしい。一度ならず荷車が横転したみたいで、怪我した人も出たみたいだ。治癒魔法を唱える声が響いたからね。


 そもそもだけど、商売や荷物の輸送用の荷車で、土木工事現場の用を足そうっていうのが間違えているんだ。荷台の高さとか、車輪の大きさとかが、どう見ても適していない。

 こっちは、高みの見物しているから、余計に気がつけるんだけどね。


 そのあと、斜路の昇る角度を緩やかに作り直して、さらにしっかり踏み固めて、ようやく土がスムーズに穴から出てくるようになった。

 ただ、それにしても効率は決して良くない。2本の斜路が二重らせんを描いて、片方が穴に荷車が入る経路、片方が出る経路にしたみたいだけど、出る経路が渋滞して大変そう。


 サフラの軍の、威勢のいいおじさんが怒鳴り散らしている。

 ハート○ン軍曹って、こんなところにもいるんだな。軍という組織と、あの手のおじさんはセットなのかもしれない。

 でも、あまりお下品ワードの連発は避けて欲しい。

 なぜなら、魔素石翻訳は、イメージ先行なんだよ。

 えげつないシーンを頭ん中に送り込まないで欲しいわ。


 ルーへの教育上の配慮は……、もう要らない歳だったっけか。こいつはJKもどきだった。デリンさんはどうか判らんけど。


 ただ、他人事でも、穴掘りの苦労を見ていると、俺たちダーカスの少ない人手を割いて掘るんでなくてよかったと思う。胸をなでおろすような気持ちだ。

 怪我人も出ているし、魔法で怪我は治せるにしたって、治るまで痛いのは自分持ちだからね。

 ダーカスの人に、そんな辛い思いをさせなくて済んだ、ってのは良かったと思うよ。当然、「サフラの人なら、どれほど痛い目にあってもいい」なんて思ってもいないけど。



 ほぼうつ伏せの状態で、1日が過ぎた。身体は寝ているだけなのに、節々が痛い。布団って偉大だ。

 ヴューユさんやルーともほとんど話をしない。話すことがないんだよ。

 さすがに疲れがでてきたようで、共に動きがのろのろしている。

 あー、歯を磨きたい。

 ゴ○ゴ○3みたいなスナイパーにはなれないな、俺。おむつをしてまで標的が現れるのを待つなんて、絶対できない人だって自覚できたよ。


 おそらくは、明日の3日目は、もっと穴が深くなり、もっと土を運び出す斜路は長くなる。能率はさらに落ち続けるだろうね。掘る面積が小さくなっていくことだけが救いだ。


 そして、きっと俺達も、どんどんむさ苦しくなる。

 ほとんど寝ていないから、目も真っ赤だし、なんとなく顔も腫れぼったく感じる。

 すっきりした顔をしているのは、十分どころか、二十分にも三十分にも睡眠が足りているデリンさんだけだ。もしかしたら、逆にこいつ、果てしなく大物かも。


 暗くなって、再びチーズを削って口に入れ、芋の粉も口に含み、微温ぬるいだけでなく、なんとなく気色悪くなった溜まり水で口の中でほとばす。

 すべてが終わったら、ダーカスの食堂のオヤジに、特別に美味いものを作って貰おう。

 そんな考えで自分を慰める。



 人生の不条理について、今日何度目になるか判らない自問自答を始めた所で、いきなり後ろから口を塞がれた。

 声も出せず、藻掻こうにも俺の体を固定する腕は太く、その筋肉は鋼のように堅い。

 こういうの、映画でよく見た。

 このあと、俺、ナイフで喉首切られて死ぬんだ。

 きっと、ゴ○ゴ○3のことなんか考えていたから、こんな目に合うんだ。

 そう思って、短い人生に別れを告げていたら、耳元で囁き声がした。


 「『始元の大魔導師』様、デミウスです。お声を上げずに」

 えっ?

 「そろそろ、ここでの番もお辛いだろうと思いまして」

 そう言って、腕が解かれる。

 なんか、安心して、それから腰が抜けた感じになる。うつ伏せでいたから良いようなもので、立っていたら恥ずかしいことになっていたかも。


 てかさ、このメンバーの中で、驚きの声を上げてしまうビビリは俺だと認定されていたわけ?

 デリンさんは寝ているから別として、ヴューユさんやルーは口を抑えなくても大丈夫だって?

 今度、一度、全員に招集を掛けてきちんと話そうかな。

 『始元の大魔導師』様に対する、「貧弱」と「ビビリ」という評価が、「人としての器」に対して不当に影響しているって。


 その会議、「ボディビルダーに囲まれた子猫」みたいな絵柄になるな。

 ルーですら嬉々として敵に回るよな。

 ったく……。



 「トーゴのイコモを炊いてきました。

 新しい水も汲んできてますよ」

 俺より、ルーの反応のほうが早い。

 音を立てないようにとはいえ、久しぶりに見る機敏な動きで、デミウスさんの持ってきた包みを開ける。


 握り飯じゃん。

 戦場で食べるのは、やっぱり、「おにぎり」とか「おむすび」じゃないよね。

 暗い中でも、白米がぴかぴかと輝いて見える。

 美味しい米の食べ方って、前に聞かれたことがあったけど、覚えていてくれたんだね。

 思わず泣きそうだよ。地獄からいきなり天国に来たみたいだ。多少面長の米だって、本当に嬉しいよ。


 で、これを握ってくれたのが、デミウスさんならばゴ○ゴ○3謹製で、握っている姿を想像すると相当にアレだし、ラーレさんならば、それはそれで嬉しい。


 「これをどうぞ」

 デミウスさんが、水をたっぷりと含んだ大振りなフェルトを渡してくれる。

 おお、おしぼりだ。ずいぶんと大きい。

 この大きさだと、食後に身体も拭けるな。

 天国だなぁ。

 てか、この程度で天国に来れるんだなぁ、俺って。

 着替えは辛抱しますよ、はい。

 デミウスさんに、パンツまで世話になるわけにゃいきませんからね。


 この気の利きようはラーレさんだな。

 でも、それをデミウスさんに聞くと、真っ赤になってもじもじするのが予想できたので、確認は止めておく。

 ゴ○ゴ○3には、クールでいて欲しいじゃん。


 握り飯には、塩して焼いた魚をほぐした物が入っていた。

 これには、不覚にも、目がうるうるした。

 たとえ鮭でなくても、この世にこれほどの美味があるのかって思うよ。

 俺は、ご飯ならばいくらでも食える。アベレージな日本人だからな。

 うん。


 いつのまにか起き出してきたデリンさんも、なんかよく解らないけど、こくこくと頷きながら食べてる。美味しいらしい。

 ルーも俺のせいで米派になっているから、大喜びだ。

 ヴューユさんだけは、悩んでいる。

 「食べないんですか?」

 聞いてみた。


 「手で持って食べるっていうのが……」

 うん?

 なんだって、手で持って食うだろ?

 あ、素手で直接ってことかぁ。

 「これは、手で持って食べるのが正式な作法です。

 私達の世界では、箸もスプーンも、この料理には使いません」

 そう言ってみた。


 ルーも言う。

 「『始元の大魔導師』様の世界では、そういうの多いんですよ。

 私も、朝食でソーセージエッグマフィンというのとか、食べさせてもらいましたけど、手づかみでしたよ。

 たくさんのカトラリーを使う晩餐もご馳走してもらいましたから、『始元の大魔導師』様の世界が野蛮なんてことは絶対にないです。

 ただ、果てしがないほど多彩なんですよ」


 ヴューユさん、ちょっと浮かぬ顔のまま、手を念入りに拭いてから握り飯に手を伸ばす。

 そして、一口、二口と食べて、愁眉を開いた。

 「なるほど。

 確かに、これはカトラリーを用いるのは野暮かもしれない」

 「はい。

 私の世界では、美味しく食べるためにスピード重視で、盛大に音を立てて啜っても許される食品もあるんですよ。その方が香りも解りますし。

 もちろん、そういうのとは一線を画して礼儀を重視する、盛大な宮中晩餐会なんかもありますけれど」

 「なるほど。

 そちらの世界の宮中晩餐会は、さぞや素晴らしいのでしょうね。ぜひ、出席された時のお話を伺いたいものです」


 え…………。

 俺が、出席あそばされたわけねーだろ!

 そういうのがあるって、テレビのニュースでやっていたのを見ただけだ。

 しきい値を超えて買い被られると、「呆然」としかできないよね。


 アルカイック・スマイルを顔に貼り付けて、ヴューユさんの言うことを黙殺したまま、数の減った握り飯に手を伸ばす。

 そして、気がつくと、デリンさんの顔の下半分が米粒だらけになっていた。

 はぁ……。

 この先、この娘をヴューユさんがどう教育していくのか、見物みものだよね。

 そう思って、ルーと視線を合わせて……。

 テメーも、口の横に米粒付けてんじゃねーよ!



 夜半に、デミウスさんは姿を消した。

 でも、汲み立ての新鮮な水が残ったし、身体も拭けた。

 お陰で、あと2日、頑張れる気がするよ。

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