第12話 偵察 3


 サフラの魔術師が、穴から50メートルくらい離れたところに立った。

 「お、掘るかな?」

 思わず期待に満ちた声が出てしまう。

 「あっ、ああ、なるほど……」

 と頷くヴューユさん。

 なんだというのだろう?


 「ごごごろうむ、ロッホ、くぐろうむ、シェクる」

 サフラの魔術師の呪文詠唱が終わると同時に、地面がわさわさって軽く揺れた。

 スコップを持った連中が、一斉に作業に掛かる。

 材木を下ろして空になった荷車が運ばれていて、そこにどんどん土が積み上げられる。

 積み上げられた土は、離れた場所に捨てられ、荷車は再び戻ってくる。そのローテーションがやたらと早い。

 

 「……なんで、あんな木のスコップで掘れるんだろ?」

 「さっきの魔法です。

 範囲指定して、土を揺らして、ぐずぐずに緩めたんですよ。

 これは思いつかなかった。

 私は、人海戦術の強みをよく理解してませんでしたね。

 これならば、魔法によって土を運ぶという過程がありませんから、魔素も節約できるでしょうし、掘っている人も力む必要がないから疲れが軽いでしょう」

 「ああ、流動化ってやつですね。

 じゃあ、この先、このペースでがんがん掘れちゃうんですか?」

 「おそらくですが、せいぜい膝くらいの深さまででしょう。

 そこまでの土を移動したら、範囲を少しだけ狭めてまた同じ呪文を唱えるでしょう。

 そうやって、こんな形の穴にするんだと思いますよ」

 そう言いながら、ヴューユさんは、円錐形をひっくり返したような形を手で描いた。


 「大丈夫でしょうか?

 簡単に掘り抜いて、魔素もたっぷり余っている、兵も大して疲れていないってことにはならないでしょうか?」

 思わず、そう尋ねてしまう。

 掘っている穴の直径、思っていたよりも大きい。30m位はある。

 この大穴をここまで効率よく掘るってことは、作業後も余力がたっぷり残されているって可能性があるよね。


 「大丈夫ですよ。私のは感覚ですが。

 『始元の大魔導師』様は計算で裏付けられるでしょう?」

 そうヴューユさんに言われて、今さらながらにスマホの電卓……、くっそ、ルーに返してもらっていない。

 ルーと視線を合わせ、満面の笑みに負けて、スマホは諦める。

 くそっ、なんでそんなに嬉しそうなんだ。

 でも、そろそろ充電が尽きてる頃合いだよな。


 仕方ない。

 地面のわずかばかりの砂地で筆算をする。


 まずは、穴の体積。

 直径30mの円錐形の穴を掘って、深さをも30mとすると……。

 ああ、だめだ。それじゃ、地底に辿り着いてから作業する面積がない。

 直径30mの円錐形の穴を掘って、深さを40mとして……。先端の10m分は掘らないとしよう。

 とすると、穴の底には直径7.5mの作業場が確保できる。で、直径30m高さ40mの円錐と、直径7.5m高さ10mの円錐の体積を2つ求めて引き算する。

 答えは端数を丸めて、9270m^3。すなわち、この体積の土を掘って動かすことなる。


 次は、人の作業量。

 すぐ横にある荷車に柔らかい土を積むだけだから、1日に1人がそれなりの量を動かせるとして4tとしよう。午前、午後に300人ずつ4時間土を積むとすれば、1時間1tの量となって、無理ではない気がする。

 硬い土を掘ってだと無理だけどさ。右から左、だからね。


 で、600人で4日、2,400人日。

 2,400人日に4tを掛けて、9600t。

 9270m^3の体積の土を動かす必要があるから、まぁ、つじつまは合う。

 3日でも計算したけど、それだとかなりハードだ。


 で、1回の魔法で、30cmの深さの土を柔らかくできるとすれば、30mの深さに達するには、100回の詠唱が必要。


 なるほど、計算が合うわ。

 ヴューユさんは、これを全部感覚でやって、コンデンサの量まで割り出したのか。確かに、こちらも計算が合う。しかも、微妙に足らない。


 俺が計算して、なんとなく納得した顔になったのを見て、ヴューユさんが言う。

 「空間振動は、力場生成より魔法の効率はよくありません。物理として揺らしていますから、移動距離は短くても動かす重量は膨大です。11人で100回ですから、コンデンサを使い切って、ふらふらになりますよ。

 おそらくは、1〜2人は、最終日には魔法を使わせずに温存するでしょうね。

 それで、1日休憩して、その間に火薬も生成して、一気にダーカスを襲うつもりでしょう。

 まぁ、4日かけても掘るという決断ですから、ダーカスを完全に落として、かなりの数を進駐軍としてここに残し、食糧は接収して帰る連中の食糧にする気だとは思いますよ」



 なるほど。

 となると……。

 偵察は実質終わりだな。

 誤差があるにせよ、3日後にまたここに来るのでもいいくらいだ。でも、例え夜でも、こんなに敵軍の近くをうろつきたくはない。

 やはり迷彩テントで、4人でじっとしているしかない。

 も少し、アメニティとか考えておくべきだったよね。

 ああ、トーゴの開拓組は今、頃温かい温泉に入っていると言うのに、俺らはごつごつした岩の隙間に入っているんだ。辛いなぁ。


 ま、それでも、日本の梅雨時みたいな気候でないのは感謝しよう。

 今いるこのテント、砂漠迷彩を塗りたくる関係で、ゴム引き加工ができてない。雨が降ったら、とても悲惨。

 ついでに言えば、ルーの作戦自体が雨が降らない前提で立てられている。そもそもざばざば雨に降られたら、硝石が流れていってしまう。今年は、水汲み水車ノーリアができる前に、何回か魔術師さん達が降雨魔法を使っているから、ここで雨が降る確率は相当に低いけどね。



 サフラの皆さん、魔法が使われたのは一回のみで、穴掘りが終わったあとは、車座で談笑しながら煮た芋を食っていた。で、飯を食っているときは、全員の視線が確実にこちらから離れるので、安心ができるよ。

 そのあとは、木の帽子を枕にしての野宿。やはり疲れているんだろうね。

 敵地だというのに、歩哨の数も最小だ。たぶん、昼間の大勝利の余韻が残っているんだ。

 ちょっとした兵力とかあるならば、夜襲を掛けてみたいって誘惑に駆られるよ。きっと、俺の世界みたいなハードな戦争はまだないんだ。

 名乗りあって一騎打ちとかが現役の、ほのぼのした……、いや、さすがにこの表現はマズイな、前時代的な戦争なんだ。


 あと、芋を食べ終わったあと、暗くなった中、数少ない焚き火を中心にして、サフラの王様達が打ち合わせをしていた。けど、その内容まではさすがに聞こえなかった。

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