第9話 前哨戦


 はっきりと個々の顔が見分けられるほど、サフラの軍が近づいてきた。

 旗印は「大木」があしらわれたもの。そか、やはり林業を中心とする国なんだね。

 ざっと数えて、700人はいる。

 おそらく常備と言われている600人に加えて、補給要員とか含めての人数を割り増して連れてきたんだろうな。


 本土防衛していないってことだし、勝つ自信に満ち満ちているのか、なにがあろうとダーカスを取るという強い意志なのか。

 他に国境を接している、リゴスとエディとはどんな話をしているのか、しなくてもいいように電撃戦を目指しているのか。

 どっちにせよ、本気度が怖い。


 土塁の中の連中が手を振る。

 やっぱり、ま、仲間同士なわけだ。

 となると、こちらの事前の見積もりよりも遥かに人数が多い。

 計で600人と踏んでいたから、その予想を遥かに超えた850人くらいかな。


 ネヒール川の南側川岸の上流側から、ダーカスの「豊穣の女神」をあしらった旗が揺れながら近づいてきた。

 少ねぇ。

 10人くらいしかいないじゃねーか。

 10対850……。

 また、胃が痛くなってきた。


 ダーカスの総兵力40と考えれば、まぁ、首都防衛ではないし、こんなものになっちゃうんだろうけどさ。

 戦争じゃねーよ。10人って。

 組織的自由業の方々の出入りとか、喧嘩の部類だ。


 10人の中には、トプさんと、魔術師が2人。

 あとの人も、王宮で見たことのある人ばかりだ。

 いくらいろいろ仕込んであるとは言え、こんなんで通用するのかよ?


 「ダーカスの聖地は、他国の蹂躙が許されるものではない。

 早々に立ち去れ!」

 トプさんが声を張り上げた。

 返答は嘲笑だった。

 ま、そりゃそうだろーな。俺だって、サフラ側にいたら笑うわ。


 「台所の隅で残飯を漁るネラマが、魔獣トオーラに立ち向かうは笑止千万。

 彼我の力の差も見て取れぬのか。

 そちらこそ、早々に立ち去るがいい!

 今ならば、追わないでおいてやろう」

 嘲笑の合間から、返事が聞こえた。


 突然、とんでもない密度の稲光が現れて、サフラの軍に叩き込まれていった。

 だけど、その稲光は、サフラの軍の直前で雲散霧消し、届くことはない。

 次は炎の渦が襲うも同じ結果となった。

 トプさんたちに向けても、同じような攻防が繰り返された。

 魔法による小競り合いが始まったんだ。


 ものの30分くらいだろうけど、手を変え品を変え、さまざまなものがお互いの陣を襲い、全て無効化された。

 魔法、すげぇな。

 でも、ほら、雷と水、火と氷ってゲームの魔法ではセットじゃん。けど、この世界では水と氷はないんだな。まぁ、物質だから、無から有は生じないか。


 同時に、ヴューユさんが苦労して、砂漠迷彩にフェルトを染めた意味が解った。

 もしも、魔法によるカムフラージュでここに隠れていたら、魔力の無効化のとばっちりを食らって、隠れているのがバレてしまう可能性があるんだ。


 だけど、これって持久戦だな。

 こうなると、絶対的にダーカスに分がある。コンデンサがあるからね。にしても、サフラの魔術師も良く持つもんだ。まぁ人数がいるから、ってのもあるだろうけど。

 こちらからちょろまかしたコンデンサがあるのかもしれないけど、攻撃魔法は大量の魔素を使うから、サフラは絶対的に不利のはずなんだ。



 サフラの軍の上空に、白い光が徐々に満ちだしてきた。

 その光は増えるごとに位置を下げ、下にいるものすべてを焼き尽くそうとしている。

 サフラ軍の全員が、中腰になりながら天を仰ぐ。

 その中で、天に手のひらを向けた男が叫ぶのが聞こえた。

 「ごにゃら、デモンタージ!」

 白い光の塊は雲散霧消した。



 「魔術あって勇なきダーカスよ。

 つはものの力を比べようぞ!」

 そんな声がサフラの陣から聞こえてきた。

 馬鹿こけ!

 そんなんに付き合うはずないだろ?


 「数を頼むサフラの将よ。

 それを言うのであれば、名乗るがいい。

 ダーカスの全軍を預かるこのトプが、一騎打ちにてお相手しよう!」

 えっ、トプさん、やんの?


 返事は再び嘲笑だった。

 だよなぁ。

 10対850で、絶対的な優位にいるのに、死んだり怪我したりする危険のある、1対1の決闘なんかしないよな。勝っても負けても意味ないし。


 「王者は、ネラマの如き下郎とは戦わぬもの。

 思い上がりもほどほどにするがよい!」

 さっきからずっと、トプさんをネズミ扱いかよ。

 で、王者って……。


 「自らを王者と称する者が他国に入り、野盗の真似事か。

 サフラの威も地に落ちたものよ。

 ……まさか、貴様ら、サフラの名を汚す匪賊ではあるまいな?

 そうであれば、サフラの王と図り、貴様らを誅殺してくれようぞ!」

 「なにを言うか。

 サフラとして筋を通すために参った。

 そのための親征ぞ!

 しかと目を覚ますがよい。

 王者として、寡兵といえど徹底的に叩き潰すから覚悟せよ!」

 ああ、サフラの王様、いるんだ。


 トプさん達、半歩下がった。

 次には1歩。そして3歩。

 そして、回れ右してダーカスの方角に向けて走り出した。

 ああっ、逃げちゃったよ!


 追い打ちの稲光が走ったけど、それは魔法防御に阻まれて命中しなかったようだ。

 サフラの軍からは、盛大に鬨の声が上がった。

 簡単に敵を蹴散らかして、おもいきり士気が上がっているんだ。

 「大丈夫かな、これ……」

 俺、そう呟く。


 ヴューユさんが、横から小声で答えてくれた。

 「大丈夫もなにも。

 あれだけ士気が上がっているように見えて、すでに魔術師は魔素を使い果たしているでしょう。

 おそらくは、サフラの従軍魔術師は11人。

 うちの魔術師とトプさん、いい仕事しましたね。

 サフラの王の存在まで確認しましたからね。

 サフラ、士気は上がって見えますが、継戦能力はもうありませんよ。

 魔素の復活に最低3日は必要ですから、コンデンサをなんとしても手に入れようとするでしょうよ。

 そこまで追い込んで、1つの被害も、1人の犠牲者も出しませんでしたからね」


 「火薬も、手に入れようとするかな?」

 「ええ、あのゾーンネの魔法で全員が死にかけましたからね。あの白く輝く光の魔法ですよ。通常魔術師が想定する攻撃魔法では、最大のものです。魔素の使用量も桁違いに多いですからね。

 一応は打ち破れましたけど、あの魔術師、魔素を使い果たして立つこともできないでしょうね。

 魔術師が11人いたとしても、純粋に魔法での戦いでは、不利と思い知ったでしょう。

 次は兵力もタイミングを合わせて投入して、より良い戦いをしようとするはずです。

 そのために火薬は良い道具ですから」


 ルーは、目を見開いて、サフラの軍を見据えている。

 「……ルーは怖くないの?」

 再度聞いてみる。

 「全然」

 そう言って、ルー、ぴとって俺の左腕に巻き付いてきた。

 一瞬で頭に血が逆上する俺。


 「悪女ですねー」

 デリンさんが呟くのが聞こえた。

 あ、悪女なのか、こういうのは!?

 確かに、手のひらの上で転がされている気はするぞ。

 気がつくとすごく不本意だけど。


 で、そもそも、悪女の定義ってなに?



 サフラの軍、土塁の中で整列し直して、王様がなんか訓示を垂れている。

 工兵ってのかな、いかにも職人っぽい人達が、こちらの願いどおり橋を調べだしてる。

 数人ずつしか渡れないような、間に合わせの橋だからね。

 さあ君達、頑張って、数百人が渡れる橋に補強するのだ。

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