第8話 宣戦布告、来襲


 魔素流、来た。

 来るまでの間、嫌というほど実験を繰り返していたから、勝算はあった。

 そして、当然のように成功。

 ヴューユさん、最年少の魔術師さん、そして俺の3人で、喜びのあまり爆発しそうだった。

 魔素流の熱で切れた糸は、分銅を落とし、蓄波動機を動かした。ピタ○ラ・スイッチみたい。

 そして、蓄波動機で再生された魔法の波動は、魔素流の反射をやってのけた。


 その一部始終を、横で息を止めて見守っていた俺達を覆った達成感はものすごいけど、まだ内緒にしておかなくちゃならない。世の中が平和になって、秩序が強固になってから一般公開だ。つまりは、各国の王様が一堂に会する会議後だ。


 もう、これだけで、俺の仕事は終わったような気になるけど……。

 さて、これからが本番だ。

 ルーの見込み、当たったからね。

 たぶん、ルーのというより、王様含めて、ダーカスのに関わる全員の見込み、だろうな。

 ひょっとして、俺以外の全員の、だったら嫌だなぁ。


 やはり、サフラからの使者が来た。で、こう啖呵を切ったそうだ。

 「サフラはダーカスに対し、大量のゴーチの樹液を融通するなど、たゆまない友好の努力をしてきた。

 それにもかかわらず、そちらの国家事業で事故死した我が国民に対し、国民感情を納得せしめるためその妻子を報復の対象として寄越せなどとは言語道断。

 本来、バーリキなる者がそちらの国家事業で亡くなった以上、非はダーカスにある。

 サフラの名誉回復のために、2日以内に全世界に向けた公式の謝罪を求めると同時に、バーリキなる者の妻子に支払う賠償を求める。

 これは、サフラからダーカスに対する最後通牒である。

 2日以内の公式の謝罪がなされない場合、誠に遺憾なことながら、サフラはダーカスに宣戦を布告する」


 いきなりそれか。

 やっちまったなぁ。

 バーリキさんが生きている以上、サフラの言うすべての前提は容易にひっくり返せるんだよな。

 サフラ、取り返しがつかないことしちゃったよなぁ。

 こちらとしちゃ、あんまり順調だと、却って不安だよ。


 で、ダーカスの返答が以下の通りだってさ。

 「ダーカスは『豊穣の女神』の祭祀を勤め、世の安寧を願ってきた。

 したがって、その行いには一点の曇りもない。

 世に真実は一つである。

 ダーカスが偽りの言に膝を屈するなど、未来永劫ありえぬ。

 兵は少なりといえど、神は我らの上にあり。

 必敗と永遠の凶作を得に来るがよい」


 うっわー、宗教色濃いなあ。

 狂信で滅びる国の、良い例文だと思う。

 両国の文だけ比べれば、どうみてもサフラに分があって、そのまま勝つっぽい。

 思いっきり誘い受けだよなー。王様(ケロ□・フォーム)らしいよ。で、戦いが終わったら、王様(プレデタ○・フォーム)になるんだろうな。


 

 ま、とりあえず。

 すべて予定通り。

 このまま行くぜ。

 俺とルー、ヴューユさんとデリンさん、円形施設キクラの備品を隠してから、移動する。

 用意しておいた、フェルトに砂漠迷彩を塗りたくった仮設テントの下だ。


 ここには、たくさんのコンデンサとスイッチが並んでいる。もちろん、火薬の点火用。コンデンサの一部は、魔法用だ。

 板バネを使ったヒンジスイッチを作ったんだ。といっても、単に金の小さな薄板を曲げて浮かせただけだ。それを押し下げれば、薄板の下に設けられた接点に触れ、点火用の電気が流れる。

 繰り返し使用するものではないから、板バネというも烏滸がましいほど腰がない金だけど、ま、仕方ないよ。

 しかし、こんな原始的なスイッチ、なかなかない。小学校の豆電球の実験で使って以来、はじめてだよ。

 配線器具のPanas○nicのスイッチが、つくづく懐かしい。


 土塁を積んだ人達は、土塁を積んだその場所に居残り続けている。

 このあたり、今から考えると、ちょっとギリギリだった。

 サフラからの使者が来なかったら、ダーカスに戻ってもらうしかなかったからね。で、ダーカスでテロでも起こされていたら、大変なことになるところだった。


 ただ、まぁ、サフラの目的が破壊ではなく、インフラの無傷での奪取なんだから、こういうタイミングになるのも当然ではあるんだけどね。



 不気味な平穏の2日目が過ぎようとした頃……。

 北の地平線に、隊列が現れ、ゆっくりと近づいてきた。

 どうしたんだろ、俺。

 怖い。

 なんか、ひたすらに怖い。

 意味がないのは理解できているのに、見つからならいようにと、テントの中でひたすら身を縮める。


 計画立てていたときとか、それに沿って準備していたときとか、ちょっと楽しくすらあったのに、今は怖い。

 リバータの顎門あぎとの前ですら、ここまで怖くはなかったような気がする。

 リバータは、俺達の考えを出し抜くことはないからね。でも、目の前のは違う。どれほど考え抜いた作戦でも、相手の方がこちらより紙一枚分でも賢かったら負けになる。それが、人間を相手にするということだ。


 頭のいい奴がいて、こちらの狙いを読み切っていたらどうしよう?

 そんなことを考えてたら、居ても立ってもいられなくなってきた。

 怪獣なんか見せるより、火薬の爆発でビビらせて心を折るより、そもそもその火薬で吹き飛ばしてしまえっていう思いつきが執拗に心を灼く。


 ヴューユさんの横顔もいつになく固い。頬の筋肉が浮いて見えるようだ。

 デリンさんは、平然と干し肉を齧っている。

 ま、この娘は、怯えとかの基準にはならないような気がする。


 ……本当にどうしよう。

 「穴、掘ってくれますかねー」

 ルーのどことなくのほほんとした口調に、思わずその小さな顔を見た。

 こいつ、太ぇなぁ。

 顔色も変わってないよ。こういう事態に慣れているってこともないだろうし、なんで、こう落ち着いているのか判らん。


 「落ち着いているな」

 そう声を掛ける。

 「ええ、『始元の大魔導師』様のすることに、間違いはありませんから」

 ば、ばかやろ、それが一番不安なんじゃねーかよっ!


 「いつもは、人のことを落とすくせに、なんでまた?」

 「今は、ギャップ萌えを楽しんでいるときではありませんから」

 ツッコミに対する返答の、意味が全然判らん。

 誰が、なにを楽しんでいるって?


 低い笑い声が聞こえた。

 ヴューユさんだ。

 「ルイーザ、いつも君は正しいな。

 これから彼らがコンデンサを奪い、硝石を手にするために穴を掘るのを見守らねばならない。

 今から緊張していたら身がもたない。

 この期に及んでは、素直になろう。

 『始元の大魔導師』の御名において、間違いなどあろうはずもない。

 我らは、安心していればいい」


 安心の根拠、俺かよっ!?。

 俺の安心には、役に立たないじゃないか。

 さすがにこの場で、俺を信用するなとも言えない。

 ……いろいろに切りが付く頃には、俺の胃、穴があいているかもしれないな。

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