第21話 いよいよ収穫祭
ダーカスの街の中の広場、人でいっぱい。
そんな中、神輿のような台で運ばれてきた、豊穣の女神の像が広場中央の台座に乗せられた。初めて近くで見るよ。
そか、これって、女神様が祭りを見守ってくれるって構図なのかな。
女神様をそんな目で見ちゃいけないけれど、胸、でっかいななんて思っていたら、違うよ、これは。
盛りだくさんに、たくさん付いているんだ。
乳房って、2つが当たり前と思っていたから、かなり驚いた。
家畜を飼う民の豊穣って、こういうことなのかもなぁ。
その女神像の前で、王様が頭を垂れ、今年の実りへの感謝の祈りを唱える。
そして、ところどころ、「女神の恩寵による、今年の恵みに感謝します」とかのフレーズは、そこにいる全員が唱和する。
なんか知らないけど、もう、コンサート会場にいるみたいだ。掛け声とか、共に歌うところみたいに、完成されているんだよ。
「久しぶり……」
「なにが?」
ルーのつぶやきを耳にして、そのまま聞き返す。
「ここ何年か、唱和が起きなかったんですよ。
雨が減って、不作が続いていましたからね。
今年だって、
『始元の大魔導師』様のおかげですね」
いやいや、俺は女神みたいに色っぽくねーぞ。拝んでも、男の平たい胸からはなにも出ねーし。
祈りが終わると、王様が立ち上がった。
そして、群衆に向き直る。
「さて、今年の収穫祭、『豊穣の現人の女神』を決定する神託をお伝えする。
民の声は神の声なり。
王宮に届きし声の多かった『豊穣の現人の女神』、まずは1柱目」
「なに、コレ?」
「女神様の力をこの地に伝える、『豊穣の現人の女神』ってのを、ダーカスの女性の中から3人選ぶんです。
未婚で、功績があれば、結構な確率で選ばれます。分母が小さいですからね。
で、選ばれると、いろいろと優遇されるんですよ。什一税も、家族を含めて1年間免除です。
ただ、そのかわり、次の収穫祭までの1年間は結婚できなくなるんです。ましてや、子どもなんか産んじゃうと、非難轟々です。だから、恋人がいたりすると、選ばれないように王様に陳情しておく必要があるんです。
でも、『豊穣の現人の女神』の経験者は、結婚相手を探すのにも箔が付いてますし、そのあとに結婚して出産すると、什一税の免除が出産日からもう1年ありますからね。
そもそも推薦した人は、本人に一言伝える習わしですから、本人も選ばれるかはなんとなく判っているんですよ。
そうなると、陳情するより先に結婚しちゃおうとか、選ばれるタイミングを最初から見計らってる人とかの方が多いですよ」
「……いきなり、祭りの余興のミスコンかと思った」
「とんでもない。
余興じゃありませんよ。祭りそのものです。
女神を決めて、その力でさらに来年の収穫を増やそうっていう伝統行事なんです。だから、いくら綺麗でも、不行跡だと絶対選ばれません」
ふーん。なるほどなぁ。
1年間、今年の収穫と結婚して、来年の収穫を産むって考えなのかもね。
だとしたら、来年の収穫でなく、自分の子を産んだら非難されるのも解る気がする。
「圧倒的多数の子どもたちからの支持を得て、学校の先生、ユーラ!」
ああ、学校は王宮の中だからね。さぞや子どもたちは、繰り返し推薦をしたんだろうねぇ。
子どもたちの歓声が聞こえる。
そか、女神を選ぶってことを考えると、子どもたちは、色とか性を抜きに、一番純粋にそれができる存在なのかもしれない。
「次は、ヤヒウ飼いのレイラ!
ヤヒウ飼い長のインティヤールを始めとして、他にも支持多し」
どよどよと、ざわめきが起きる。お祝いの声が上がっているんだ。いわゆる、働き者の羊飼いの娘なんだろうなぁ。
「ルー、もしかして、ラーレさんとかも選ばれたことあるん?」
「一昨年の女神ですよ。
で、本人はその翌年に玉の輿で結婚できるつもりでしたから、今年は余計焦っていたんです」
「ああ、そんな事情もあったんだ……」
やっぱり、1年を通してそこにいないと、解らないことは多いよね。説明する方も、折につけて説明する方が楽だろうし。
「いよいよ、今年の主神を発表する。
前の筆頭魔術師の娘、ルイーザ!」
横から、「げっ!?」とか聞こえた。気のせいじゃない。
「『始元の大魔導師』殿を助け働いた、その功績はあまりに大。
街中からの推薦の声、止むことなし」
ルー、呆然としている。
これって、サプライズってやつかぁ?
「異議ありっ!」
エモーリさんの声だ。
「『始元の大魔導師』殿の功績は疑いなし。
だが、その輝きに照らされた者を女神と称えるは、筋が違う!」
「その異議、真っ当なものなり。
主神として相応しき旨の、証しを立てよ!」
今度は、スィナンさんの声だ。
「こーやって、もう一度、称えるんですよ。
茶番といえば茶番ですが、対象が自分だと、これは辛いわー」
ルーのぼやく声。
ああ、そういうもんなんだ……。
ハヤットさんの声。
「我が、証しを立てよう。
これをご覧あれ!」
なんだ、その掲げられた凹んだ水指は。
「これは、かのルイーザが、『始元の大魔導師』殿の言うがままに動く操り人形ではないことの証拠。
この水指は、ルイーザが『始元の大魔導師』殿に喰らわせたものなり。
操る人間を
この一事を持って、証しには十分!」
それって、召喚されてきたときに、ルーが誤解で俺を殴ったやつか!?
で、俺がギルドでハヤットさんに愚痴ったのを、そのまま証拠にしているのかよ?
酷くないか?
毎度毎度だけど、もっと俺を大切にしろよ!
わぁって、広場中から歓声が湧く。
新たな女神たちに対する歓迎の声だ。
そして、その歓声は徐々に揃っていく。
「ヒッ、ヒッ、フー!」
「ヒッ、ヒッ、フー!」
わぁっ、それだけはやめてくれぇ!
いっつも、晒し者は俺かよ!?
いつの間にか、すぐ後ろにいたヴューユさんが、笑いながら言う。
「『始元の大魔導師』様。
もう、あなたはこの世界の最高峰なのですよ。
だから、素晴らしきものを表すときに、常に比較として引っ張り出され、そして常に負ける運命にあります。
お諦めください」
つまりアレかい、「東京ドームの〇〇倍の広さ」と引き合いに出される、東京ドームの立場か、俺は?
一度、東京ドームの気持ちってのを聞いてみたいよ。嬉しいんだか、悔しいんだかをよ。持ち上げられたのか、落とされたかも判らない。なんか、釈然としねぇなぁ。
併せて、台車に載せられた、今年の収穫物が一気に運び込まれてきた。
茹でたトウモロコシの黄色、新鮮なトマトの赤が鮮やかだ。
トーゴ産のイコモのピラフも、山盛りに盛られている。
「さあ、喰え、歌え!
今年の収穫を寿ぐのだ!!」
王様の高い声が響いた。
あとはもう、大騒ぎさ。
最後になんだけど、風呂は、大盛況だった。
思い出したくもない。
今回、後ろ襟首を掴む間もなく、ルーは逃げ去った。
で、俺はごりごりのマッチョ共に捕まって、全身がズルムケになるほど擦られて、湯船に放り込まれた。ふざけんな、いかりや長○のコントじゃねーんだぞ。
そして、湯船の中で、老若男女、ダーカス中の人に触られた。若い女性もいたけど、圧倒的にそれ以外の人達の方が多い。
で、ばーさん達、俺を拝むな。
自分の体調の悪いところを、俺に押し付けるな。
俺は善光寺の「おびんずるさま」じゃねーよ。痛いところがあったら、魔術師に治癒魔法を頼め。
「恥ずかしがって、まぁ、この人は♥」
じゃねーよ。茶色い歓声を上げるな。
もう嫌だ……。100年ぐらい歳を取った気がするよ。
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