第20話 収穫祭の準備
その足で行ったコンデンサの工房で、「トールケの火の山に行って欲しい」ってお願いしたら、みんなに全力で拒否された。
「だって、『始元の大魔導師』様。
あと3日で収穫祭じゃないですか。それが終わったら、リゴスだってどこだって行きますけどね。それまでは勘弁してくださいよ」
ああ、そういう意味……。
「じゃ、ルー、先に王宮の書記官さんと話をしちゃおう」
なんてその場では言ったけど、ダーカスの収穫祭って、そんなにみんな楽しみにしているもんなんだな。街全体が浮かれた感じなの、理由がよく解ったよ。
たぶん、俺がいろいろな農作目を持ち込んだから、だけじゃないよね。
豊かとは言えないこっちの世界で、食糧を自給できた喜びを精一杯謳う祭りなんだろうな。
俺にもなにかできることはないかって考えるんだけど、思いつけることがない。
電気だろうが魔素だろうが、エネルギー単体じゃなんにもならないんだよ。モーターとかLEDとか、電気をなにかに変換するものがあって、初めて人の役に立つ。残念だけど、こっちの世界には、そういったものがなんもない。
イノシシ避けの電柵なんて例外もありはするけど、祭りの場ではさすがに意味がないよね。
『始元の大魔導師』様は、収穫祭には開店休業だ。
ただね、侯爵様としてならばできることはありそう。
まず、「トールケの火の山に行って欲しい」ってお願いを拒絶した面々に、執念深く仕返しをすることにした。
「明日から、もう来なくていい」ってね。
驚いてこちらを見返す顔に、無情に言い放つ。
「収穫祭が終わるまで、家の手伝いをしたり、祭りの準備を手伝ったり、家族や恋人への孝行、それから街への恩返しをするように。
休暇分の給料は減らさないから、安心しろい。
その代わり、それらのことは手を抜かず真面目にやれよ。
掃除をしてから帰れ。
建物は鍵掛けちまうから、休みの間は来ても無駄だ。忘れ物はするなよ。
収穫祭が終わったら、また来い。ただし、素面でな。
野郎ども、解かったな?」
「ウェーイ!」
連中、今まで見たことがないスピードで掃除を終わらせて、蜘蛛の子を散らすようにいなくなって、ルーと2人で取り残された。
きっと、生きるのに必死の世界で、なにも考えずに飲み食いできる数少ない機会なんだろうし、ここで働いているのは次男三男で、本来家にも居場所がなくて帰りにくい連中だ。ま、祭りということもあるし、連中、大喜びで帰っただろうさ。
こういう機会は、今後、意識して作ってやらないとかもなぁ。
ま、うちは営利企業じゃないからね。
それに、これでバーリキさんの隠れ家も確保できた。
夜中に、鍵を開けに来なきゃだし、食べ物もその時に運んでおかないとだけど。
「ナルタキ殿は、お優しい」
ルーがぽつんと言う。
「あ、気が付かなくてごめんな。
ルーも親孝行を……」
「する必要があると思いますか?
アレに……」
そう聞き返されると、一言もない。まぁねえ、あんまり親が偉丈夫だと、子供も親孝行のしようもないわなぁ。
「でも、お母上は?」
「同じ穴のムジナです」
「……ああ、そう」
ま、たしかにそういうタイプだ。
では、これから祭りまでの数日間、どうしようか。
王宮人事の辞令は今日中に出るだろうけど、その打ち合わせ以外は、俺、まるまる体が空いてしまう。
「こういう機会にこそ勉強するんだ」って勤勉な人は言うんだろうけど、俺は勤勉ではないんだよねー。
それに、この世界の言葉の勉強しようとすると、ルーが棍棒持ち出すし。
「ギルドにいる冒険者の面々は、収穫祭までなにしているのかな?」
ルーに聞いてみる。
「依頼にあぶれたら、宿屋かギルドで寝ているしかないですね。
どんちゃん騒ぎに参加すると、祭りのお振る舞い以外の飲食代はどうしてもかかりますからねぇ」
うーん、それも可哀相だな……。
今、財布にある銀貨は、10枚くらいだけど、屋敷にはまだ相当にある。
ま、相当な気まぐれ起こしても、足りないってこたないよ。
「ちょっと、ちょっと、『始元の大魔導師』様、どこに?」
「石工のシュッテさんのとこ」
「待ってください。私も行きます」
「はいはい」
街の規模が小さいのは便利だ。誰にでもすぐに会えるからね。
「シュッテの親方、石材の余りはあるかな?」
「んなものがねーのは、『始元の大魔導師』様が一番良く知ってる」
シュッテさん、口調はもう完全に砕けていて、古くからの仲良しみたいだ。
「違いないや。
でもさ、祭りの間だけ、貸してくんないかな。規格の石材のブロック。
終わったら返すからさ」
「返してくれるんならいいよ。
ただ、100枚くらいしかねーけどよ」
「十分だよ。
後で取りに来らぁ」
うん、こちらはオッケー。
次は王宮。
「王様、川沿いの
「今、祭りで余は忙しい。
好きにしてよい」
「御意」
はい、土地確保ー。目的も聞かれなかった。
そしてギルド。
受付にハヤットさんの屋敷から来た2人のメイドさんが座っているけど、まだてんやわんや。
ま、3日ぐらいで落ち着くだろうさ。彼女たちは優秀だからね。
「祭りの間の飲み代を稼ぎたい奴、祭りまでの2日の間に肉体労働があるぞ。報酬は1日銀貨1枚。人数制限なし。
参加したい人〜!」
はい、14名、確保。
早いなぁ。
思いついて、1時間と掛かっていないよ。
「明日の朝イチで迎えに来るから、支度しておくように」
そう言ってギルドを出る。
エモーリさんのところで、スコップとかも借りることができた。
よし、これで準備完了。
夜中にバーリキさんを匿って、収穫祭が終わるまでの辛抱って言い聞かせる。
ま、自分が死んだことになるのは解かっているから、うろうろ出て行きはしないだろうさ。商人組合のティカレットさんの番頭も、どうせ祭りの間は街をうろうろしているからね。鉢合わせが怖いのは解かっているだろう。
翌朝。
依頼を受けてくれた冒険者達と、連れ立ってぞろぞろ川原まで歩く。
俺って、働き者だよね。
「さ、君たちの仕事は、この土地を掘って、石材を嵌め込んでプールを作ることだ。それから川原から大きい丸石を1人10個ずつ運んでくれ。
できあがったら、プールにネヒール川の水を引き込む。
2日以内で終わらせて、収穫祭には絶対に間に合わせてくれ。
逆に、1日で終わっても、2日分の報酬は払おう!」
「おおーっ!」
「ルー、君にもお願いしたい仕事があるんだけど。
丸石を焼きたい。
燃料の確保か、太陽炉の確保、なんとかならないかな?」
「『始元の大魔導師』様、あなたの世界の風呂、大浴場ですか?」
「さすがルー。
そういうことです」
「この働いている人の中に、魔法が使える人が数人いますよ。その人達にお願いして、直接お湯にしてもらいましょう。コンデンサを2つ、用意しておきます。
水の量は多いですが、元々の水温が高いですし、人が入れる温度でいいんでしょうから、そんなには魔素を使わなくて済むでしょう。
あと、丸石はそれはそれで太陽炉で焼いておいて、予備にしておきましょうよ。どうせ魔法が使える数人も、飲んだり食べたりに行っちゃいますから、あてにはならないでしょうね」
「おうっ!」
ルー、話が早い!!
そか、ギルドで受付していたから、ここにいる人達の素性はみんな知っているんだ。
「その人達には、銀貨を余分に出すよ」
「その旨は、伝えます」
すべての手筈、完了。
これで公じゃないけど侯(爵)立大浴場が、完成するはず。
当日に雨でも降ったら台無しだけど、ま、大丈夫でしょう。
俺は楽天的なんだ。
あ、ギルドにも手数料、払わなきゃだったなぁ。
あと、ハヤットさん、ギルドの壁に掛けてあるヤヒウの革、貸してくんないかな。それで囲えば更衣室もでっち上げられる。
どうしても下着はつけたままの混浴になるし、男衆はどうでもいいけど、女性はそういうわけに行かないからねぇ。着替える場所は必要だよね。
ともあれ、「1日で終わっても、2日分の報酬は払う」って、言葉の威力はすごい。
重機で掘るような勢いで、穴が掘られていく。
頼むから、調子に乗って深く掘りすぎないでね。子供が溺れるから。
で、こんな穴を一時間半で穴掘り終わりかよ。
手伝おうにも、自分の非力さを実感するばかりで、手が出せない。
まさか、休憩もなしに、石材を取りにそのまま走って行きやがりましたか。なんて体力だよ。
いや、祭りに参加して、好きほど飲み食いできて楽しめるとなれば、やる気も出るのかねぇ。
おお、さすがだなぁ。
石の粉とか貰ってきて、石と石の隙間に詰めて、水漏れ対策ですか。そっちの5人は、水を引く水路を掘ってますか。
ま、お湯が沸かせるのであれば、水漏れはむしろちょっとずつあった方が、お湯が更新されるよね。あんまり汗臭いお湯は嫌だからね。
そして、まさかの1日目の夕方で完成かよ。すげーなぁ。
ルーに促されて、一応の挨拶をする。
「皆さんは、冒険がしたくてギルドにいる方達ですよね。
農業とか手工業とかでたくさんの求人があるのに、その依頼は受けなかった。
あくまで、今日の依頼は、短期の特別ということで受けてくれたんですよね。
でも、手際の良さも、その完成品もあまりに見事です。
本当にすばらしい。
当日は、この風呂の管理に、引き続いて協力頂く方もいます。
これで終わりの方もいます。
ですが、また、皆さんには仕事の依頼をさせていただきたいですね。
それから、祭りの当日は、完成した風呂にも入っていってください。
今日はありがとうございました」
そんな感じで締めくくった。
で、全員に銀貨を2枚ずつ手渡す。
みんな、それぞれに腕を天に突き上げたり、喜びを表現して街に戻っていった。
うん、良いことができたかなー。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます