第18話 戦術 4
王様、一つ大きく息を吐いた。
ため息と言うより、なにかを決めたように、だ。
「となると、あとはそれを世界に知らしめることだな……。
サフラの軍を武装解除し、移民の投げかけを行ったら、即、リゴス、エディ、ブルスの各国に対し、無期限の査察団の派遣要請と、各国からも相当数の移民を認める旨の親書を出さねばならぬ。
サフラに対し、ダーカスは逆侵攻をせぬ宣言とともにな。
そこまでせねば、その新しき村は盤石とはなるまい」
……ときどき今までも感じていたことだけど、
でも、確かに、すべての国からの移民がいたら、もう、サフラ王は攻めて来れなくなる。どの国も、次男三男、次女三女が生計の道を見つけられるのであれば、大歓迎だろうし。
王様、続ける。
「南岸の湧水している場所も、おそらくは人手が集まる以上、開墾が必要だろう。少なく見積もっても、トーゴの3倍の人数が集まるやも知れぬからだ。
そして、最大の課題が生じる。
新たなダーカスに来た者と、従来からいる者の感情の融合を為すことだ。
人は諍うものよ。
新たに来た者が豊かになると、古くからいた者は面白くあるまい。かといって、それを認めぬ訳にもいかぬ。
このあたり、古くからいる者の人数が少ない以上、上手くやらねば国が崩壊する。
余としては、この問題は、もう少し先送りしたかったのだがな……」
王様の愚痴みたいのって、ひょっとして初めてじゃないだろうか。
そんなにストレスかなって、そうだね、いつもいつもストレスだよねぇ。
たぶん、内々のこのメンバーだから、つい、口から出ちゃったんだろうね。
で、コレ、口に出しちゃうだけのことはある難問だよね。
でも、ヴューユさんが口を開いた。
「手がなくはありませぬ。
もともとダーカスとその王権の源は、豊穣の女神に対する祭祀にあったはず。権威であって、金力ではありません。
しかし、その権威によって、大陸全土から寄付が集まり、規模以上の国家維持ができてきたのもまた事実。
それと同じ理念のことができぬかと思うのです。
従来の什一税に加え、一定以上の所得ごとに階層分けをし、その寄り合いに教育費や備蓄非常食など、所得の低い者に還元できるような物を負担させるのです。
そのうえで、その功を広く知ろしめてやり、名を上げて権威としてやれば、その対立は少しは収まるでしょう」
「だが、それは、喜捨の強要に他ならぬではないか」
と王様。
「いえ、その寄付に応じ、什一税を減税するのです。従来の10分の1から、その半分というようにです。
多額に儲けている者は、学校を1つ作ってさえ、税を収めるよりも手元に残る金額が多いはず。また、そうなるように制度を組むのです。
寄付をする方は名を上げ名誉を得、かつ、税を収めるより手残りの額が増えます。
これにより、強要などしなくても喜捨は集まり続けるでしょう」
「なるほどな。
余としては、税収減はあっても福祉事業が自動的に進み、かつその設置運営に関わる書記の数を減らすことができるわけか」
「御意」
ヴューユさん、話し続ける。
「それにより、貧しき者はその喜捨を知り、富む者をいたずらな敵視をすることは止めるでしょう。ただ、このあたりの匙加減は、相当に細かい調整が必要にはなろうかとは思います。古くからダーカスにいる者が、新参の者に
ともかくそのような制度で時間を稼ぎながら、学校の教育にて国家内の対立は意味がないことを粘り強く教えていくしかありますまい」
俺も、思いついて話す。
「我が王は、三権を独立させる構想をお持ちです。
数年のうちには、議会を持つことになるでしょう。
その議会の議員ですが、ダーカスの臣民になった1代目は議員にはなれても、議員の代表にはなれないというような制約を設けてはいかがでしょうか。
2代目からは問題なく、すべての権利を得られるというようにするのです」
中学生の頃かな、「アメリカの俳優のシュワルツネ○ガーは州知事にはなれたけど、大統領にはなれないんだ」って、当時の同級生の誰かが話していたのを聞いた覚えがあるんだよね。
どれほど人気者になったとしても、それとこれとは別って話だってさ。
そのときはふーん、って聞いていただけだったんだけどね。
ダーカスには大統領はいないけど、王様はいる。で、どういう例が良いのか判らないので、説明は「議員の代表」とかで、お茶を濁してしまった。
「なるほどな。
話して見るものだな。
独りでは、なかなかに浮かばぬ考えであった。
筆頭魔術師殿、『始元の大魔導師』殿、感謝する。
また、ルイーザ、後ほどそなたには褒美を取らせよう。
よし。
これで、ダーカスの取る戦略、戦術、戦後処理についてすべて検討が終わった。
詳細は詰めねばならぬこともあるが、実務レベルのことで済むであろう。
ではトプ、ギルドに行って来い。
ハヤットに、ダーカスに潜伏中のバーリキの親玉が判明したか、しておればその名前を聞いてくるのだ」
「かしこまりました」
胸に右手をあて、トプさんは部屋を出ていった。
王宮とギルドの距離から考えると、トプさんは走ったのに違いない。
王様、会議の席での休憩時の生理反応には寛大なんだけど、ヴューユさんとルーと俺の3人しかいないと、大口開けてあくびするのも憚られるんで、早く帰ってきてくれたのは助かった。
息も切らさず、トプさん、報告する。
「商人組合長のティカレットのところの番頭です」
「ずいぶんと前から入り込んでいたのだな。なるほど、ティカレットのここのところの動きも納得した。
サフラめ、容赦はせぬぞ」
「ただ、そうなると、スィナンさんのところに送り込み難くなりますね」
俺、そう言う。だって、就職先がしっかりしていると、内職ってできないじゃん。
「なんの、問題ない。
むしろ好都合。
エモーリもスィナンも、共に急激に大きくなったからの。経理が追いついていない。
王宮の書記官が、納税計算の手助けに出ている始末。
なので、そのあたりの教示を願うよう、スィナンに依頼を出させればよい。
商人組合には、納税指導を任せているから、断れぬはず。
また、スィナンの工房はダーカスの基幹の1つゆえ、呼べば喜んで来ようよ」
商人組合って、ギルドの商人版を想像していたけど、予想以上に商工会議所なのかな。
そんな、納税指導の委託を受けているなんて。
俺も、商工会議所の研修会は出たことあるぞ。なんせ、本郷と2人きりの会社だったから、交代でそういうのは出ていたんだ。
「よし、これで種子は蒔かれる。
あとは、筆頭魔術師殿、トーゴの試掘につき、お願いしたい。
ルイーザ、サフラからの人集め、お願いする。
そして『始元の大魔導師』殿、リゾート建設と
王様がまとめた。
「王よ、ついてはお願いがあるのですが……」
俺、声を掛ける。
「なにか?」
「リゾートにて人を
つきましては、王宮の儀典に詳しい人を、リゾートの支配人として頂きたいのです。王立の施設に、王宮の者が配置されるのは、通例のことのようですし……」
「相解った。
王宮人事か……。
余が、だれかを早急に考るべきであったな。
施設設計にも、その者を関わらせたほうが良かろうな?
急ぎ選んで、『始元の大魔導師』殿の元に遣わそう」
「ありがたき幸せ」
そう言って深々と頭を下げた。
正直、なにから手を付けていいか判らなかったから、王宮の書記さんが協力してくれたらすごく助かる。
「この際だ。他にも要望はあるか?」
「お言葉に甘えます。
私のことではありませんが、ギルドの人不足の深刻さ、目に余ります。
王の心遣いの予算すら、人がいなければ使用することができません」
「確か、1人は雇えたと聞いていたが……」
「それが、ちょっと残念な娘でして……」
俺、ハヤットさんが雑用係に降格している話をした。ダーカスの生え抜きの人材が、すでに払底して久しいことと併せてだ。
王様も、唸ったきり返答できない。
ようやく口を開いたけど……。
「デミウスをトーゴの村長にし、それを機にラーレと結婚ということになれば、ますますダーカスのギルドは人手に困るな。
ケナンのパーティーを、ネヒール川の安全索の取り付けが終わったら引退させるというのも、さすがに無理があろうな……」
ヴューユさんが、悩んでいる口調で話しだす。
「その残念な娘、私にいただけませんかな。
かわりにうちのダーカス出身のメイドを2名、ギルドに回しましょう」
「良いんですか?
それは、願ったり叶ったりですが」
教育の賜物か、お上品で行き届いていたよね。ヴューユさんのところのメイドさん達。読み書きもできていたし。
ヴューユさん、続ける。
「うちのメイド達の求人は、ダーカス出身に限っていませんから、穴埋めは大丈夫ですよ。
それに、その残念な娘ですが、可能性は低いですが、独特のイメージ投影力を持っているかも知れませんね。
通常と違う部屋の掃き方をするのは、もしかしたら大気の流れが見えているのかもしれません。
確認して、もしもそのような力があるがゆえに、見えているものが邪魔をしてまともなことができないのであれば、魔術師の修行をさせれば普通の娘に戻るやも知れません。魔素の力も併せ持つなら魔術師にし、なければそのままうちで使いましょう」
うわー、あの娘、もしかしたら、天才かもってこと?
お茶淹れさせてたよ、俺。
でも、これでハヤットさんが一息つけるならば、本当にありがたい。早速報告してあげなきゃ、だ。
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