第13話 海人の募集 4


 俺、泣いている男の横に膝をついて、肩に手をかける。

 「サフラの命令に背けない理由って、なんですか?

 家族でも、人質に取られているんですか?」

 そう聞いてみた。

 床に、ぽたぽた涙を落としながら、男は頷いた。


 「話して見ませんか?

 一応、ここにいるのは、ダーカスでも中枢に近いメンバーですよ。

 国家が相手でも、相当のことができると思います。

 話さなくても構いませんけど、話しても損もしないでしょう?」

 さらに、そう付け足す。


 「『始元の大魔導師』様。

 あなたがこのようなお優しい方とは知らず、私はなんということをしてしまったのでしょうか……」

 あー、よしよし。

 頭、撫でてやろうかね。


 「してしまったことは仕方ない。

 でも、まだ、いくらでも挽回できますし、あなたの人生が終わったわけでもない。

 ましてや、あなたは家族を守ったんでしょう?

 そして、これからも守らねばならないのでしょう?」

 ちょっと、言っていてぞくぞくした。

 教祖様って、やっぱりいいかも。

 「慈愛」ってのを演じるの、こんなに快感だとは知らなかったよー。


 「サフラの王宮に、妻と子がいます。

 私も、元は王宮の兵士でした。ですが、リゴス出身なので、出世は無理と思っていたのです。ですが、チャンスをやる、と。

 ダーカスの発展に一撃を与えられたら、近衛兵士長に、と」

 「あなたは、今も、それを信じているのですか?」

 「判らないのです」


 床に座り込んでいる、男の目を覗き込む。

 「1つだけ言いましょうか。

 あなたは、ダーカスに一撃を与えたら、近衛兵士長になれると思いますか?」

 「それは、そういう約束……」

 「違いますよ。

 『相手がその地位につけてくれる』ではなく、あなた自身は、『ダーカスに一撃を与えたら、近衛兵士長になれる』と考えますか?」

 「えっ……?」

 「戦場の英雄とは違いますよね?

 平和な他国に忍び込んで、殺人や破壊を行って、英雄と呼ばれるでしょうか?

 国の誰もが顔を知り、敵国の者からさえも英雄と称えられる、そんな存在になれるでしょうか?」


 男の目が、きょときょとと周りを窺う。

 ハヤットさんが、横で大きくうんうんと頷いてみせる。

 なんか、今日は、いい連携だなー。


 男は呆然として、それから低く笑い出した。

 「はは、ははは。

 ダメに決まってますね。

 そんな卑怯なことしたら、帰ってから外国で悪いことをした犯人として処刑されてしまう。

 なんで、こんなことになったんだ……」

 「いつだって、人は『なんで、こんなことになったんだ……』って思いながら生きているんですよ」

 俺だって、毎日そう思って生きているんだ。

 まぁ、お陰さまで、「ちょっとだけ」で済んでいるんだけどね。


 「解りました。

 話してくれてありがとう。

 あなたの奥さんとお子さんが救えればいいのですね?」

 「はい。

 私の親はリゴスにいますから、無事だと思います」


 「ヴューユさん、このひとを処刑するにあたり、連座させるためという理由であれば、サフラは妻と子を送ってくるでしょうか?」

 「ダメですね。

 このひとと妻子が一緒になったら、すべての陰謀を自白する危険が生じると考えるでしょう。

 連座のためという口実は危険です。むしろ、向こうで処刑されてしまいます。

 いっそ、死人に口なしで行きましょう。

 このひとは、なにかを破壊していて、その場で死んだことにした方が良いです。

 国民感情を押さえるためにも、ダーカスとして応報の報復をするためにも、妻子を公開刑に架けるから寄越せと。サフラがこの事件に関わっていないのであれば、妻子を渡せるはずだ、と。

 これならば、喜んで送ってきますよ」


 ヴューユさん、そちもワルよのう。

 ハヤットさんも頷く。

 こうなると、ルーも引っ張り込んだ方がいい。なんたって、王様の了解を得ないと実現できない話だし、王様に話すのはルーが1番間違いない。


 ハヤットさんが、ドアを開けてルーを呼んだ。

 ルーが受付の席から立つと、受託手続きの順番を待っていた、若い冒険者達ががやがやと文句を言い出す。

 ハヤットさん、それをぎろりと一瞥して黙らせた。

 さっきまで、若い冒険者達の間をこそこそと箒で掃いていた人とは、同一人物には見えないよ。


 地区長室に入ったルーに、おおよその話を伝えた。

 したら、ちょっと時間をくれって言って、5分くらいなんか、考えをまとめていた。


 「私が王に話しましょう。

 これは、使えます。

 この場ではその詳細は口に出せませんが、王は喜ぶでしょう」

 なんかよく判らないけど、そういうもんか。


 「この人、名前は?」

 「……まだ、聞いていなかった」

 「揃いも揃って、ずいぶんと暢気ですねぇ。

 もういいでしょう?

 あなたも名乗りなさいよ」

 「バーリキと申します」

 「はいはい」

 そう言って、ルー、また10秒くらい考えた。


 「で、バーリキに絡んで、もう2つ問題が片付きますけど、それに気がついていますか?」

 と、ルー。

 ……なんじゃいな、それは?


 「1つ目です。

 トーゴの先の海で、漁をする人、それはバーリキがいいでしょうね。

 泳げるし、水の中で使えるナイフも持っているし。それ、水の中のケーブルを切るために持ってきたものでしょう?」

 バーリキさん、またまた額を床に擦り付けた。

 ああ、そか。

 ボートなんて作り直せるけど、ケーブルはそういうわけにいかない。真ん中から切られて流されちゃったら、すべては終わりだ。


 ルーは話を続ける。

 「そもそも、バーリキを死んだことにするのであれば、ダーカスもトーゴも危険ですからね。でも、トーゴの先の海だと、サフラの王様の回し者もなかなか行きにくいし、行っても目立つから、手を打てるでしょう。

 海産物はなにを採っても必ず売れますから、生活も困らないし……。ほとぼりが冷める頃には、日焼けして別人みたいになっているでしょうし、家族と生活ができますよ」

 おお、そりゃいい考えかもしれない。


 「バーリキさん、あなたはどう思いますか、今の案。

 で、あなたが漁法を確立したら、若いのをさらに配下に付けますよ。

 それから、船は貸与しますけど、将来的に買い取るのであれば、貯金してくださいね」

 そう話を振ったら、バーリキさん、またまた額を床に擦り付けたんで、そろそろ焦って立ち上がらさせた。

 やっぱり、教祖役はダメだわ、俺。

 平身低頭されるのも、繰り返されると嫌なもんだなー。


 ま、これで、ルーの言うとおり、1つ目は解決。

 絶望的かもと思っていた、漁師という職の人が手に入るとは思わなかった。

 

 「2つ目は?」

 と聞いてみる。

 「デミウスがわざわざ来た理由は、今回のお手柄で、シルバークラスへの昇格推挙をして欲しいからでしょ。

 ハヤット、今回ので、基準は満たしていますよね」

 「ああ、十分だろう。

 ダーカス地区長として、ギルド本部へ推挙文を書く」

 「これで、ラーレもラーレの病身の両親も、安心できます。

 王様も、デミウスの身の振り方を考えてくれるでしょう」

 ルーが、そう話をまとめる。


 「ありがとうございます。

 感謝いたします。

 なお、年若き魔術師の方に協力いただいていることも、申し上げておきます」

 と、デミウスさん。

 ……デミウスさん、気が付かなくて、本当にごめん。

 そして、本当にさようならだなぁ、ラーレさん。

 おめでとう。

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