第12話 海人の募集 3
「ここにいる皆さんが、トーゴにサフラの回し者がいるって調べていた方達なんですか?
私より、遥かに怪しい人がいるじゃないですか。
デミウスさんの方が、私よりもサフラに縁があるんじゃないですか?
それに、こんな怖い顔で問い詰められたら、誰だって回し者だと認めちゃいますよ」
流暢だな。
うーん、デミウスさんの方が信じられるとかそんな問題以前に、こいつってば、なんて胡散臭いヤツなんだ。
「じゃあ、この刃物も、あなたが怪しいって言う、デミウスさんのものなんですか?」
「いえ、それは親の形見でして、私のものです。
あまりに川の流れの風景が綺麗だったので、このナイフにもそれを見せたかったのです。親に見せるのと一緒です。
問答無用に、そのナイフにも傷をつけられてしまいましたし、このまま返してもらえなかったらと思うと、心配で心配で……」
「なるほどねぇ。
それは心配でしょうねぇ。
解りますよー」
デミウスさんと、ハヤットさん、両方がじりじりしている。俺が質問しているのが、
で、この2人に任せたら、尋問が(物理)になって、いきなりぼこぼこに殴っちゃいそうで怖いよ。
ただ、ヴューユさんだけが、目を閉じたままじっと座っている。
さて、元の世界で俺の住んでいた街の、警察署の刑事さんの方法が、この男に通じるかどうかやってみよう。
「親御さんの形見なんですね。
じゃあ、本当に大切なものなんですね?」
「はい。生まれた街から遠く離れても、これがあれば、私は独りではないと思えるんです」
「じゃあ、これ、ホントに親御さんの替わりになるほどのものなんですね。
確かに、とてもよく切れそうですね。親御さんも、良く手入れをされていたんでしょうねぇ。
こんな複雑な形の刃物、私にはどう研ぐのかすら判らない」
「はい、いつも大切にしていました」
「これって、なんに使う刃物なんですか?
初めて見ました。こんな形のって」
「……濡れた物を切るのに便利なんです」
「濡れたものって、なんですか?」
「……肉とか……」
「えっ、肉って、料理する前に洗うんですか?
「いや……、濡れているっていうのは、水を含んだものを切るのにという意味で……」
「水を含んだものって、なんですか?」
「……水を含んだものです」
「それは解ります。
なので、水を含んだものってなにかな? って」
「……水を……」
「だから、それはなにかと聞いているんだ!」
ハヤットさんが引き継いだ。
「……」
本郷の言っていた、刑事さんの取り調べで、1番嫌だったこと。
必殺、オウム返し。
自分が言ったことについて、即、聞き返されるのが、嘘を言ってなくても本当に辛かったって。
取り調べの4時間の間、「自分が言ったことなんだから、きちんと答えられるでしょう? あなた、犯人の友達だって言ったじゃないですか。どんな友達なんですか?」って、繰り返し繰り返し、ずっとやられたんだそうだ。
「今晩初めて会った人で、実は友達ではないと? では、なぜ、あなたは初対面の人を友達だと、警察官に言ったのですか?」
「ほう、酔っての出来心、ですか? あなたは出来心で、警察官の前で他人を友達だって証言する人なんですか? あなたのしたことは、犯罪の補助ですよね。あなたは、出来心で犯罪の補助をするんですか?」
「そんな奴とは知らなかった? じゃあ、なんで、そんな知らない奴を友達って言ったのですか?」
ねちねちねちねち。
必死で答えて、するといつの間にかなぜか振り出しに戻っていて、最初からまた、ねちねちねちねち。
で、墓穴を掘ると、一気に畳み掛けてくるそうだ。
畳み掛けられても話すことなんかまるでないからよかったけど、何か隠していたら言わされていただろうなって。
で、こんな感じって、愚痴りついでに実演されたことが何度もあったんだ。なぜか、俺が本郷役で。
だいたい、本郷の生のジョッキが4杯目になる頃には、ほぼ必ず始まったもんだったな。
今考えると、なんかあの焼鳥屋の情景が目の前に浮かんで、本当に懐かしいけどね。
炭火で燻った空気。愛想のいいお兄ちゃん達。塩で、レバーとカシラ、砂肝にぽんじり。そして、よく冷えた生ビール。
……思えば遠くに来たもんだ。
ハヤットさんの乱入にも動じないで、コイツってば、平然と白を切り続ける。内心は判らないけどね。
「親の形見なので、なにを切るかの使い途まではよく知りません」
ほー、コイツ、スゲーな。
なかったコトにしやがった。
「親御さんが、大切にしていた刃物なんでしょう?
それなのに、知らないんですか?」
「親とは離れて生活していたので、なにをしていたか知りません」
「親御さんがなにをしていたか知らないのに、これを大切にしていたのは知っているんですか?」
ふん、オウム返しからは、全角度、逃げられないんだよ。
ハヤットさんが、「これは驚いた」って顔している。デミウスさんは、なぜか俺を凝視している。
ヴューユさんは、目を閉じたまま、うっすらとなにか口元を動かしながら笑っている。
ぷっつん。
音が聞こえた気がした。
「いちいちクドいな!
サフラの命令には背けないんだよ!
なんでお前にそんなコト、暴かれなきゃならないんだよ!?
ごにょらろ、マンる、ゔぁるばろ、ハル……」
そう叫びながら、テーブルの上の刃物を掴んだ。
「ツィマーる、ハルト」
ヴューユさんの声が、男の叫び声を圧して響いた。
ん……?
なにが起きてる?
いや、なにが起きていない?
ハヤットさんは、目を見開いたまま止まっている。
デミウスさんは、腰を捻って剣を半分ほど抜いて止まっている。
男は、波々の刃物を握ったまま、中腰で止まっている。
ヴューユさんは、俺に向かって笑ってみせた。
「もしかして、生き物の動きを止める魔法ですか?」
「それは、今、この男が使いかけた魔法ですね。
魔素が動いていたので、こんなことだろうと思っていましたよ。
なので、その上位魔法を事前圧縮詠唱しました。
しばらくは凍ってますよ、この人達」
「……なんで、俺は動けるんでしょうか?」
「対象を、この部屋にしました。
で、私とナルタキ殿だけ、水の中の泡のように例外処理をしたのです。この男の名前が判りませんからね。治癒魔法ほど相手を厳密化する必要もないし、こんな方法を取りました。
この男はこの男で、この部屋にいる『人間の男』の動きを止める呪文を唱えようとしていましたから、手っ取り早く部屋全体を凍結させたんですよ」
……魔法を使うにしても、本物の魔術師のは格が違うんだよね。
いつも、手も足も出ないって気にさせられるよ。
「この3人、どうします?」
「デミウスさんは、剣を納めさせましょう。
この男は、刃物を取り上げて、代わりに箒でも握らせてやってください。
ハヤットさんはそのままで。
そうしたら、術を解きますから」
はいはい。
俺、そそくさと言われたことをする。
圧倒されてたからね。
「ごにゃゅる、フライゼッツおん」
ぶんって箒が振られた。
振ってから、男は茫然となった。
「俺は、奴にナイフで斬りかかっていたと思ったら、いつのまにか掃除をしていた」
な……、何を言っているのか、わからねーと思うが(以下略)。
という状態だなー。
「私は知らない。
私は、なにも言っていない!
これは、私を陥れようとする陰謀だ!
私がなにかを話したという、きちんとした証拠があるのか!?」
男が叫ぶ。
デミウスさんが、たまりかねたらしくて、ついに剣を抜いた。
ゴ○ゴ○3が怒りに満ちている。
こーなっては、もう、誰にも止められないんじゃ。
俺、それでも、デミウスさんの前に割り込む。正直、マジで怖いけど。
そして、スマホを掲げる。
「いちいちクドいな!
サフラの命令には背けないんだよ!
なんでお前にそんなコト、暴かれなきゃならないんだよ!?」
と、再生される声。
今度は、ヴューユさんまでが呆然として固まった。
魔法抜きで、だ。
どうだ!
これが科学技術の力だ!
スマホの操作をしたのは俺だ!
ああ、情けない。
気がついたら、男は、床に這いつくばるようにして泣いていた。
ハヤットさん、デミウスさん、ヴューユさん、そして俺が、それを取り囲むようにして見下ろしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます