第11話 海人の募集 2
うだうだと楽しく考えていると、そこへデミウスさんが現れた。
前もっての知らせもなにもなかったから、びっくりだよ。
たぶん、トーゴから朝イチの定期便に乗って来たんだろう。ラーレさんの護衛もあるから、用が済んだらこのまま帰るつもりだろうし。
そろそろ、トーゴにいる人が急に現れても、驚く必要はないって、認識を変えないとだなぁ。
現在、ケーブルシップのケーブルは日に2回の往復をしている。結果として、日に4便あることになる。
動力水車の担当さんや、ゴムボートの船頭さんが習熟したら倍も行けそうだとのこと。早く、日に8便が荷物を満載して往復するくらい、景気よくなってもらいたいもんだよ。
ま、それはともかく、デミウスさんには連れが1人いるけど、こちらの人も顔色が良くない。
どうも、不景気な面が並ぶね。
「地区長室、お借りします」
来ていきなりソレって、大人気だね、この部屋。
ハヤットさんが、「俺の部屋なのに……」って恨めしそうな目でこっちを見るので、呼んであげた。
きちんと、「地区長、地区長」ってね。
「雑用さん」なんて呼んだら、一気に老け込みかねないじゃん。
4人で地区長室に入り、最後にデミウスさんが怖い顔で部屋のドアに鍵を掛けた。
一気に、俺とハヤットさん、事態を察して表情が変わる。
「……こいつが、サフラの回し者だ」
デミウスさんの声に、一気に部屋の緊張感が高まった。
ハヤットさんの顔にも、ここのところ見られなかった精気が満ちる。
「見つかったんですね」
俺、言わずもがなの確認をする。
「ああ。
架橋祭の時に、ボートでトーゴに向かった時の1人だ」
ああ、どおりで見たことがあるような気がしたわけだ。
「刃物でボートを切り刻み、すべてを台無しにしようとした。
自分以外は、泳げないと踏んでの行動だ」
「殺そうとしたってことですか?」
「判らない。
ただ、俺達が死んでも構わないとは思っていただろう」
ハヤットさんの顔が恐ろしい。
つい数分前まで、青菜に塩をかけたような表情で、箒と雑巾を持っていた人とも思えない。
「この地区のギルドを代表する者として、破壊のための隠れ蓑としてギルドを利用した貴様を許すわけにはいかない。
貴様は、ギルドの看板に泥を塗った」
なんで、俺、自分が怒られているわけでもないのに、謝っちゃおうかとか思うんだろうね。ハヤットさんが、迫力ありすぎなんだよ。アニメだったらオーラが描かれるくらいだ。
体の周囲に、こう、赤くふわふわと。
ただ、あまり脅してもと思ったので、「ちょっと」って、止めさせてもらう。
ついでに、デミウスさんが、事情の説明を始めようとするのも、俺、止めた。
ハヤットさんに、他の2人に聞こえないようにこそこそと提案する。「
だってさ、こいつが、なにか良からぬ魔法を使う可能性は考えとかなきゃだし。魔術師でなくても、1回はなんかをやらかすかも知れないじゃん。
また、それに対して、デミウスさんが剣にものを言わせると、一歩間違えたらコイツ死んじゃうし。死ななくても、血がどばどば流れるようなのは堪忍して欲しい。
俺は平和主義者なんだよ。へ、ヘタレじゃないからな。
で、15分くらいでヴューユさんが来てくれたんで、尋問開始。
ついでに、俺、ひそかにスマホで録音を始める。こういうのって、証拠が大切だよね、きっと。
スマホは、時間も計れるし、本当に便利。充電さえできていれば、だけど。良くもこの世界の人は、呼吸何回分、なんて数えられるもんだ。
まずは、デミウスさんが状況説明。
トーゴに向かうゴムボートの上で、この男がいきなり刃物を取り出したそうだ。
で、デミウスさん、うすうす気がついて警戒してたので、剣を抜き打ちにその刃物を弾き飛ばしたんだって。
その刃物は証拠になるものだからって、川底に落ちないように勢いよく弾いたんだけど、その回収と尋問に時間がかかったので、連れてきたのが今になったんだそうだ。
相当に、白を切られたらしいよ。
ついでに、トーゴにボートが着くのに時間がかかったのは、もう1人の同乗者に頼んで、竿を使って流れに逆らいながらゆっくり下ったためだと。
それで生まれた時間で、この男を縛り上げ、猿ぐつわをして自殺を防ぎ、所持品のチェックも含めて身体検査を済ませたと。
街のみんなが、お振る舞いでどんちゃん騒ぎでご飯を食べている時に、デミウスさん、大変だったんだ。
で、こういう尋問ってさ、怖い人と優しい人が交互に聞くもんでしょ?
俺が、優しい人役をしよう。
なんたって、お貧弱ですから。
「この男のプロフィールは?」
俺、まずはハヤットさんに聞いてみた。冒険者登録になにか書いてないかなって。
「経歴に、サフラとの関係を窺わせるものはありません」
一瞬で返事が来た。
……すげーな。全員のプロフィール、覚えているのかな。さすが、お掃除担当ギルド地区長。
「では、自白が今時点での証拠ですね」
そう確認をする。
「はい」
そか、他に証拠はないのか。
「では、あなた、どうせ冒険者登録の名前は偽名なんでしょう?
あなたから言うことはありますか?」
そう投げかけてみた。
もちろん、丁寧な語調で。
「私がサフラの回し者というのは、デミウスさんの言いがかりです。
そんな、刃物でボートを壊そうとしたなんてこと、私はしていません」
デミウスさんの目つきが悪くなった。
「じゃあ、これはなんだ。
この長い刃物で、爪でも切ろうとしたというのか。
お前、一度は、自分が回し者だと認めたろう!」
そう言って、持ってきた刃物を、テーブルの上に放り出すように置く。
この世界に来てから、剣とかの武器も見るようになったけど、こんな形のは初めて見るな。刃渡りが30センチくらいだけど、なんで、こんなに刃が波々しているんだろう?
張飛の持っている武器みたいだ。
こんなんで切りつけられたら、ゴムボート、ずたずたになってしまう。
実は俺、ちょっとは考えて話している。我ながら、珍しいことだけど。
きっとね、この中で、尋問の経験が1番豊富なのは、俺だよ。電気工事士にもかかわらず。
だって、テレビドラマでも見たし、アニメでも見たからね。
もちろん映画でも。
さすがに、それで俺TUEEEと思えるほど能天気でもないんだけど、まともな警察すら必要ないこの世界では、尋問の経験者なんてそうそうにいるはずがない。
あ、あの、この経験者ってのは、された人も横で見ていた人も含むからね。
で、また聞きではあるけれど、実は俺、完全に経験がないわけでもないんだ。
昔、酔っ払った本郷が、財布を落として困っている外国人に、通りがかりで声を掛けたことがあってさ。で、「落とした財布を、警察官が返してくれなくて困っている」ってのを聞いて、よしゃいいのに交番に同行して、のらくら逃げる警察官に、「拾得物なんだから早く返してやれ! 外国人を差別するな! 俺はこいつの友達だから、黙っていないぞ!」って捩じ込んだらしいんだよね。
で、10分後ぐらいに、ようやくその警察官が言うには、「この財布、偽造カードが何十枚って入っていました。お友達でしたね。話を聞かせてください」って。
で、本郷の奴、真っ青になったところに、応援の警察官多数が駆けつけてきて、有無を言わさず両脇を抱え込まれてパトカーで署に移動、そして取調室へ。
どうも、のらくら逃げていた10分は、応援を待っていたらしい。
4時間の取り調べの末、「シロだな」って呟いた刑事さんが、本郷には天使に見えたそうだ。
で、結局、釈放されたのは夜中の2時半。
うちに帰ってから、明け方まで、さらに奥さんに説教されたって言ってた。
あいつは、豪傑だったからなぁ。
そんときの経験談は、本郷が酔うたびに愚痴って聞かされていたからね。
尋問ってのは、最初っから怒鳴ったりしないのは、それで知っていたんだよ。
ついでに、そのコツっていうか、本郷がされて1番困ったこともね。
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