第10話 海人の募集 1


 ルーの親父さんと話して、自力でなんとかするって決めたのはいいけど、だからと言って今日明日になんとかなるものでもない。

 ある程度時間が必要。勉強もしないとだし。

 それに、他にも考えなきゃいけない宿題あるし。


 ただ、1つだけ確認が必要なことがあった。

 俺、テスターのプローブを、賢者の石に触らせちゃったんだよね。

 プローブが金になっちゃったかなって思って、帰ってから確認したんだけど、元々金メッキがしてあるやつだったんで、見た目で違いが判らない。

 金メッキしてあればその金属は金化しないってんならば、これは朗報だけどね。

 とはいえ、金メッキの方法なんて、俺は知らないんだけれど。


 

 それはともかく、トーゴとの便がケーブルシップで確立して、文字通り物流革命が起きている。

 なんたって、この世界の米であるイコモが、ダーカスに運び込まれるようになったんだ。

 まだ時期的に量は少ないんだけど、これから先相当に刈り取りができて、思いの外の量になるみたい。なんせ、農業指導役のパターテさんもイコモの収穫は初めてだからね。刈ってみて、ようやく収穫量の見当がついたみたいなんだ。

 イコモは高く売れる。トーゴの開拓組も、経済的に一息つけるだろう。


 それに、米が食べたい俺は、純粋に嬉しい。

 それにそれに、タットリさんが作っているコシヒカリも穂が垂れ始めたからね。こっちも楽しみで仕方がない。

 それにそれにそれに、塩。

 パターテさんの思いつきで、開墾で田んぼを作りながら、海辺に塩田も作ったって。

 これは、即、売れるものだからトーゴに現金収入をもたらしたし、俺にとっては、トーゴ産おむすびを食べることを可能にした。


 最後に、数多くの淡水魚。水上輸送だから、生きたままダーカスに着く。

 フナとドジョウ、それからウナギ。どれも、それっぽいのとしか言いようがないけど。

 で、これが、ダーカスにたんぱく質革命を起こしたんだ。

 ヤヒウの肉も乳も、ここのところ高額になって久しい。

 人口が増えたから、足らないんだよ。輸入もしているけど、量の確保には繋がっても、輸送費もかかるから低価格にはならない。


 だから、このあいだの商人組合のお振る舞いみたいなことがあると、肉が食えて嬉しいってのが少し切実なことにもなる。

 俺自身は侯爵様だから、肉やチーズを買うのに困ることはないけれど、街の人の中には買えないって人もいたからね。

 ただ、その人達の不満を抑えていたのは、新しい豊富な野菜類の供給だった。

 そして、それと組み合わせて食べる、鮮度の高い淡水魚は、街の人の嗜好に大きな変化をもたらしている。


 俺は、これから海の魚が入ってくることを考えたら、これは魚食に慣れるのに良い期間が置けたんだと思っている。

 俺は魚が好きだし、ウナギの白焼きが食べ放題なんて、元の世界だったら幾ら掛かっただろうなんて考えて、単純に喜んでいたんだけどね。


 たださぁ。

 街の男と女で、言い分が違って、しかも酷いんだよ。

 「お魚を食べると、『始元の大魔導師』様みたいになれますよ」

 って、子どもに言っている母親を見て、うほうほ喜んだんだ。

 その翌日。

 「魚なんか食っていると、『始元の大魔導師』様みたいになっちまうぞ」

 って、子どもに言っている父親を見て、果てしなく落ち込んだ。

 あれか?

 貧弱ってか?

 ちきしょー!



 話を変える。

 貧弱について愚痴ると、我ながら長くなるから。


 トーゴでは、デミウスさんの教育も、読みと計算は順調とのこと。

 その一方で、書きの方はやはり大変みたい。

 でも、自分で書いたものを班内の全員の前で読み上げるって日課があって、爆笑が湧いているんだそうな。

 結果として読み書きより、書くのは楽しいって。


 デミウスさんが、自分自身の「結婚のお知らせ」を書いてみろって最初の課題を出したときは、その読み上げで収集がつかない事態になったらしい。

 親と結婚する奴、死んだ祖母と結婚する奴、長い片思いがようやく実ったのに、子どもが5人もいる叔母さんと結婚する奴とか。100年後が結婚日の奴、新しい嫁さん候補がいるのに、わざわざ死別した奥さんともう1回式を上げる奴とか、壊滅的状況だったらしい。

 対象とか、時制とかが、文章を書き慣れていないからわちゃわちゃになっていて、それこそコントだったらしい。大人になってから初めて読み書きを学んで、最初に書いた文章だからねぇ。

 それが5人の班ならば、5例続くわけだ。

 ま、そういうの、俺も書くのは自信はないけど、その場で聞いてみたかったな。



 ともかく、トーゴまでの定期便が確保されたら、次は、そこから先へ行くこと。

 海へ出られる人が必要なんだ。

 まずは漁師。

 魚でも海藻でも、採れる物はみんな歓迎だよ。塩だって、増産できるなら幾らあってもいい。

 生ゴミ1つだって、この世界は無駄にしない。家畜の餌か、肥料か、燃料になるからね。

 貝が採れたら、その貝殻だって、鶏に食べさせる以外の使いみちを発見するよ。この世界の人達ならば。


 あとは、ブルス経由で、リゴスまで行く航海のできる人。この人材が確保できないと、貿易が始まらないんだ。

 総じて、ダーカスには、海で働ける人がまったくいない。


 で、毎日「この歳になってなぜ?」って、半泣きで仕事をしているハヤットさんの背に、俺はさらに荷物を積んだ。

 ギルドの掲示板に、「漁師求む」と「航海士求む」と出してもらったんだ。

 で、至極当然のように、受託者は現れなかった。

 ま、この世界、リゴス出身でもなければ泳げる人はいないし、ましてや漁とか航海となると話が違うからね。漁網も釣具も一から開発になる。


 ただ、トーゴとの定期便だけじゃ、ケーブルシップももったいない。早急に人を探さないと。

 なんて思いながら、ギルドの地区長室でお茶を啜る。

 ここのところ、地区長室はいつも空で、俺のお茶飲み室になっているからね。


 なぜかと言うと、ルーがギルドの受付をしているからだ。

 ハヤットさんは、近頃、受付係から雑用係に降格。

 残念な娘は、俺にお茶を入れる仕事をようやく覚えた。

 ハヤットさん、「帰る前にせめて掃除をしろ」って残念な娘に言ったらしいんだけど、なんで部屋の真ん中から、四方の壁に向かってゴミを広げるように掃くかなって。

 結果として、貴族にも準じるギルド地区長が、箒と雑巾を持ってうろうろすることになった。

 で、最初の「この歳になってなぜ?」って愚痴に繋がる。まぁ、少なくとも、ギルドって組織は、依頼人も冒険者も、「掃除が人徳に繋がる」って発想はない。

 ハヤットさん、近頃顔色が悪い。

 マッチョな体も、少ししぼんだような気がする。


 ま、俺もお茶を飲みながら、円形施設キクラの設備について考えているわけだし、この部屋の日当たりが良くて、スマホに太陽電池で充電ががんがんできるってのは、そう重要なことじゃないんだからねっ!

 スマホ自体は、ややこしいことになりそうなんで、ここの人たちに対して隠してもいないけど、大っぴらにもしていない。だから、音が外に漏れないようにイヤホン使わなきゃだけど、それでもバッテリーの残量を気にしないで音楽聴けるんだよ、ここだと。


 まぁ、ルーがギルドのお手伝いするのであれば、俺もここにいればいいかなって。

 ルーに受付を任せておけば、ギルドの仕事も一応は回るし、俺は考え事するのであれば、どこでもいいわけだし。

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