第14話 王宮への報告

  

 ハヤットさんは、バーリキさんと一緒にギルドに残った。

 たぶん大丈夫だろうけど、まだ残念ながらリスクが高すぎるからだ。

 バーリキさんの妻子がダーカスに着いたら、初めて安心して信頼しあう関係に踏み込めるかもしれない。

 それまでは、バーリキさんの家族を守る意志と、俺達との信頼関係を結ぶことは、別次元の問題なんだ。


 それから、トーゴで活動していたバーリキさんへ指示を出していた、スパイの親玉がダーカスにいるはず。

 ハヤットさん、そいつが誰かを聞き出すことになっている。

 そんなこんなで、バーリキさん、しばらくは地区長室に軟禁状態になる。

 ま、そもそもその方が本人の身の安全も保てるし、死んだはずの人にうろうろされても困る。

 ハヤットさんは自分の部屋が返ってこなくて、またがっかりかもしれないけれど。


 で、「その親玉がギルドにいて、デミウスさんに引っ立てられたバーリキさんをすでに目撃している、という心配はないの?」って聞いてみたら、3日以上ギルドで、ただ呆然とじっとしている奴がいたら、却って注目を浴びると。

 メシも宿もロハじゃないので、普通は依頼を受けるのに必死のはずだって。普通ならば、所持金もギリギリでダーカスにたどり着いているんだから、多少アレな依頼でも受けて、仕事の選り好みは次からになるって。


 だから、冒険者を装っているのであれば、長期安定な依頼をすでに受けている人になるってさ。つまり、ギルドにはいない。

 そもそも、今のダーカスのギルドでごろごろしていても得られる情報は、実質ダーカス以外のものに限られている。ダーカス出身の冒険者は、もうほとんど全員就職しちゃったからね。


 だから、バーリキさんを目撃されて危険なのは、ギルドより宿屋の方だと。

 このあたり、「なるほど」としか言いようがないよ。

 おまけに、スパイを2人送り込むのに、同じ肩書で送り込まないよってダメ押しされた。

 そう言われると、「なるほど」過ぎてなんも言えない。デミウスさんが、迷わずギルドに来たわけだ。



 ヴューユさんと俺、そしてルーの3人で、王宮に向かって歩いている。

 デミウスさんはトーゴに戻る。

 ギルドの受付は、今日はもう仕方ない。

 本日休業、なるようになれ、だ。

 冒険者達には、あとでメシだけでも差し入れてやれば、静かになってくれるだろう。


 緊急の面会要請だったけど、用件が用件だから、王様、すぐに会ってくれた。

 私室ともいうべき、壁にタペストリーが掛かった、大きなテーブルのある部屋に通される。


 王様ってのは、いつもかぶりものをかぶっているもんだと思っていたけど、案外裸頭のときの方が多いかな。「裸頭」なんて言葉があるかは知らないけれど。もっとも、てっぺんの髪はないから、裸は裸だ。

 まぁ、エリザベス女王なんかも、王冠かぶっていない写真の方が多いもんね。

 てか、初めて会ったときから見ても、王様の頭、より淋しくなってきた。気苦労が多いんだろうね。そっちの方が気になるけど、口に出しては言えねぇよなぁ。



 まずは、ざっとした説明をして、証拠の再生も聞いてもらった。

 ただ、王宮はあまりに人の気配が濃いので、盗み聞きを恐れてイヤホンを使ってもらったけど。

 ただ、最初にいくらか混乱があって、同室のみんなに、いくらか適当なことを話してもらって、それを録音したのも聞いてもらって、こういうもんだと納得してもらう過程が必要だった。

 蓄音機はあるにせよ、イヤホンなんてこの世界にはなかったし、その2つをコンパクトに組み合わせたスマホとのセットが最初は驚きだったみたいだ。


 で、ヴューユさん、音声がスマホで記録できるということ自体、この先も伏せておいた方がいい、って言うんだよ。蓄音機がこの世界にすでにあるからこそ、使える手になるって言うんだ。

 すでに、いくつかは途方も無い値段で他国にも売られていったから、蓄音機は警戒対象にもなっている。だからこそ、蓄音機がないことを確認した部屋であれば、よけいぺらぺら喋るってさ。

 なるほどねぇ。んなこた、考えたこともなかった。


 で、王様、用件より先に、このイヤホンをもっと作れないかとか言いだしたけど、それは無理。俺にそんな技術はない。

 さすがに「くれ」とは言われなかったけど、どうやらマジに欲しかったらしい。もしもそう言われても、本郷からの形見だしね、これ。

 なんか仕事で行った、オーディオ関係の配線を凝っていた家で教えて貰ったらしくって、「録音のプロが選んだものなんだ」って、本郷の自慢する声が耳に残っているんだよ。


 たださぁ、王様、「極秘に属する報告はこれで聞きたい。場合によれば繰り返して」って言われてもさ。

 そもそも、どれほどのイヤホンがあったって、これだけじゃ、なーんにも聴けないんだよね。スマホ本体はイヤホン以上に渡せないし、こんなことならば携帯プレーヤーと一緒に、この世界に幾つか持ち込んでもよかったかもしれない。

 まぁ、この世界への影響を限定的にするために、原則としてできあがった機械は持ち込まない方が良いかと思ったんだよね。スパイグッズみたいな目的を想定されるなんて、考えてなかったし。


 閑話休題。

 イヤホンを諦めたあとの、王様の指示は矢継ぎ早だった。

 まず王様が言うには、バーリキさんのテロは成功したことにしろって。

 で、成功したのち、泳げたにもかかわらずトーゴの急流には抗しきれず溺死したことにしろって。特に、手を下した者がいないことにするのが重要だと。どんな形でも、「報復を呼ばないようにしておけ」だってさ。


 で、その上で、ゴムボートの予備がもうないから、「ダーカスは極めて困っている、でもなんとか作ろうとしている」って話にしろ、だって。

 そうしておけば、次の破壊工作があるとしても、またゴムボートを狙うだろうから、ケーブルに対する破壊工作の可能性が減る、と。


 また、サフラがダーカスを占領したいのならば、ケーブルは無傷で接収したいだろうから、そのことにも気がついている素振りは絶対見せるなと。必要以上に守ると、おかしな注目をされて、事態を制御できなくなるってさ。

 つまり、「サフラ以外の国からの視線も忘れるな」ってことらしい。


 また、ダーカスへの痛恨の一撃という意味では、こちらが1番心配していたのは、トーゴの円形施設キクラの破壊、コンデンサの盗難だった。だけど、サフラは円形施設キクラがなくて魔術師も少ないこともあるのかもだけど、案外優先順位が低かったのかもしれない、と。

 まぁ、それ自体は本当に助かったけど、王様は、「それに油断はするな」だって。サフラの回し者も、「もう一人いると思え」ってさ。


 それから次に、「海の船は木材で作れ」って。

 脱ゴム化を考えておく第一段に、だって。

 木材であれば将来的に自給できて、サフラからの影響を脱せられるけど、ゴムだとそうはいかないぞ、と。ゴーチの木は、北の地方にしか生えないからこの先も自給できない。だから、「他国に頼り切りにならない方法を考えろ」だってさ。

 まあ、木材の方が頑丈だし良いとは思うけど、船大工がいないから、これもまた一から開発だよね。

 でも、王様の、基本の方針の意味もよく解るよ。


 で、王様、バーリキさんの親玉のスパイが判明したら、「そいつをスィナンの工房に送り込め」って。

 前の会議で、エモーリさんかスィナンさんが、ダーカスを裏切る役を演じることが決まっているからね。

 ゴムボートの修理ってのを演出して、「本当に破壊された風」ってのを見せるのと同時に、ダーカス王に対する不満をそいつに愚痴る。

 で、そいつがスィナンさんを抱き込みに掛かったら、スィナンさんはサフラに対する全面的な協力を申し出る。サフラはダーカスへの侵攻をしたいわけだから、協力すればそのタイミングを聞き出せるだろう。

 まぁ、現実に起きた事態が、前の「夜の王宮」会議で立てた「作戦」と違っちゃった点はあるけど、基本はそのまま行くように、だってさ。

 


 そこまで王様が話したら、今度はルーが、トプさんを呼んでもらえないか、と。

 トプさんは、王様が王宮から出る時にいつも一緒にいる護衛のごつい人で、ダーカスの軍事に関わっている人だ。

 やはり、前の会議で同席している。

 王様から「魔法と火薬の組み合わせをサフラに見せつけるための、良い舞台を考えて欲しい。戦場の決定ということだ」という命令を受けているんだよね。

 ということは、ルーの話題はそれかな?

 

 トプさんが来た。

 あいさつをして、座に加わる。

 「トプ、もう、王命の戦場の決定について、決めているのでしょうか?」

 ルーが聞く。

 「すでに、いくつか候補は決めています」

 それはそうだろうな。

 だって、ごついだけでなく、勤勉そうにも見えるもん、この人。

 デミウスさんは単に無口だけど、この人は必要に迫られないから話さないって感じかな。こういうの、やっぱり衛兵の職業意識なのかもしれないね。



 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


イヤホンは、こんなの想定しています。Twitterにて。


https://twitter.com/RINKAISITATAR/status/1292236113407442945

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る