第7話 架橋祭 4



 解りにくいので(説明する文章力がなくてすみません)、挿絵をTwitterにアップしてあります。よろしかったら、読みながら御覧ください。


https://twitter.com/RINKAISITATAR/status/1289583722589614081

https://twitter.com/RINKAISITATAR/status/1289759707985453056


 ★ ★ ★ ★ ★ ★



 エモーリさんが、橋のたもとまで登ってきた。

 商人組合のティカレットさんが、エモーリさんの手を掲げた。

 また、改めて拍手が湧く。

 きっと、街のみんな、これからさらに良いことが起こるのを期待しているんだろうな。

 王様は、「悪いものもここから入ってくる」って予測していたけど、きっと王様以外は誰もそんなこと心配していない。

 ホント、王様は王様以外に務まらないよ。


 茹でられた芋とか、ヤヒウの丸焼きとか、トマトや焼いたトウモロコシまで荷車や台車に景気よく積まれて、会場に運び込まれてきた。

 商人組合からの食事のお振る舞いだ。

 別の種類の歓声が湧いて、街の人達がお皿を取って並ぶ。


 「ルー、今回、ティカレットさんだっけ、初めて参加してきたけど、どんな人なん?」

 「やり手ですよ。

 抜け目がなくて、絶対に損をしない人です。

 こないだのエモーリとの話がありましたけど、その話のとおり、『始元の大魔導師』様は、信頼できる儲けの源になると踏んだんでしょう。

 となると、道楽扱いしていたスィナンの技も儲けになったし、エモーリも工房をどんどん大きくしていますから、持ち上げておこうって思ったんでしょうね。

 となると、美味しいところだけ持っていったって言われないために、今日のお振る舞いなんでしょう」

 ふーん。

 そういうもんなのか。

 で、なに?

 その敵意に満ちた表情?

 いつなく、言葉にも険があるよね?


 「……」

 「黙るな。

 終わってないだろ?

 言いたいことが、たくさんあるって顔しているぞ。

 それは、なによ?」

 「『始元の大魔導師』様。

 いつも、重ねてのご下問にはお答えしてきましたが……。

 言いたくありません」


 ……今まで、こんな表情は見たことがない。

 いつも生命感で溢れているはずなのに、ルーの灰色みたいな顔色はただごとじゃない。

 「言え。

 『始元の大魔導師』にして、魔素の騎士ナイト・オブ・マジックエレメンツであり、侯爵である私が聞いているのだ」

 ふん、こういうときこそ肩書を使わずして、いつ使うのだ?


 「……私、お尻を触られました。

 絶対許さないっ!」

 あー、ティカレットさんってば、なんだ。

 「えーっと、ルー、大丈夫だから。

 安心して。

 大丈夫だから」

 「ぐぐぐっ……」

 「ルーだから触ったの?

 誰でも触るの?」

 「ラーレは神技で避けましたけど、それ以外、みんな被害にあってます!」

 どんな神技だったのかすげー知りたいけれど、今聞くと怒られそうだ。


 「そか、なにが大丈夫なのか、俺にもさっぱり判らないけれど、とにかく大丈夫だから。

 これから先、なんとかするから」

 「らせてくださいますか、私達に……」

 「嫁入り前の娘が、ヤるなんて、下品なこと言っちゃダメです。

 でも、放ってはおかないから……」

 「解りました。

 『始元の大魔導師』様を信じます」

 ……なんか、お振る舞いの食事、食べたくなくなっちゃったなぁ。

 


 スィナンさんの工房の人が動き出した。

 見ると、台車に置かれていたケーブルドラム、ほとんど空になっている。


 まだケーブルが残っているドラムは数個あるけど、最後に並んだドラムから、ケーブルの端を引っ張り出して、3人がかりで川沿いに上流に向けて伸ばしていく。

 たぶん、お振る舞いの騒ぎの間に膨らましたんだろうけど、その先にはゴムボートがスタンバイしている。

 それにケーブルをフックで固定すると、ネヒール川に漕ぎ出し、北岸に向かう(挿絵図、手順 2)。


 いよいよなんだな。

 ケーブルが水車に固定されたら、今までの流れに身を任せた成り行き船から、動力船に昇格するんだ。

 そうしたら、行きは良い良い、帰りは台車でボートを運ぶってのから解放されるんだ。


 ゴムボートが、北岸側から大岩に設置されたばかりの水車に近づく。

 水車の動力をケーブルに伝える、クラッチとかの機構はイカダの上にある。だから、なんとしても、水に沈みがちなケーブルをイカダの上に持ち上げなくてはならない。

 だから、フックの付いた棒を持った、エモーリさんの工房の人がイカダで待ち構えている。

 もう、台車にはケーブルは1巻きしか残っていない。


 北岸から回り込んだゴムボートが、プラットフォームに着いた。

 ケーブルがフックの付いた棒で掬い上げられる。

 手際よくケーブルが、水車にセットされた。

 それと同時に、北岸から回り込んだゴムボートも川を流されていく(挿絵図、手順 3)。



 スマホを見る。

 いくらケーブルを引っ張っているとはいえ、前回俺達が下見をしたときに比べて時間がかかりすぎている。今日は川の流れが遅いとか、そんなこともないのに……。もう、小1時間は予定時刻を過ぎているよな。

 俺だけでなくて、みんなじりじりしている。

 トーゴの鏡は、肉眼ではほとんど見えない。光を反射してくれて、はじめて見えるんだ。そろそろ来い、もう来いよ。


 すべてのケーブルが台車から出きった。

 北岸側のゴムボートもどんどん流されて、もう、ケーブルに遊びはない(挿絵図、手順 4)。

 

 「来ました、点滅3回!」

 ようやくだよ。

 ホント、来なかったらどうしようかと思った。

 「動力切り離しパージ

 ケーブル固定!

 北岸船に信号送れ!」

 エモーリさんが枯れてしまった声で叫ぶ。


 水車が水から上げられて、回転が止まる。

 ケーブルが固定されて、片方の端はトーゴまで伸びている。もう片方の端を、ここのプラットフォームの位置に合わせなくてはならない。

 そのために、北岸側のゴムボートに乗っていた2人が、ケーブル手繰って、流れに逆らって近づいてくる。

 流れが穏やかで、喫水の浅いゴムボートでも、結構な重労働だ。なんたって、手繰るケーブルが太くて重いからね。


 「頑張れー!」

 「もうちょっと!」

 橋の上の見物人から声がかかる。



 俺、全身を苛む欲望に、歯噛みするように耐えていた。

 ここで俺が、「ヒッ、ヒッ、フー」と叫んだら、この世界で重労働のときの掛け声は、ラマーズ法に決まる。

 きっと1000年、いやもっと残るぞ。


 昔、本郷が話してた。ヤツの子どもが生まれたときに。

 「この子にトイレでウ○コしたときは、ケツを拭く前にトイレットペーパーで鶴を折るって教えたらどうなるだろう? そうしないと、トイレットペーパーが成仏できないって」

 「なんのために!?」

 「だって、トイレの中のことだぜ?

 密室だから、自分以外の誰もそんなコトしていないって判らない。

 きっと、うちの子、80歳とかで死ぬ日まで、毎日鶴を折り続けるぞ」

 「酷いなぁ。

 それが人の親のすることか?」

 「だからこそ、できることなんだよなぁ。

 ああっ、教えたい、教えたい!

 子々孫々、伝えさせたい!」

 「やめろ! 馬鹿もん!」

 ……本郷、今、俺はお前の気持ちがよく解る。

 俺も1人の男として、世の中になんらかの爪痕を残したい。アホなY○uTuberがしでかしたことと違って、絶対バレないんだぞ。


 「ヒッ、ヒッ、フー」

 小声で呟いてみた。

 だめだ、やっぱり叫ぶ勇気は出ないよ。

 こうやって小心者だから、ダメなんだよな……。なんて思って、二度とやらないって決めた瞬間。


 「ヒッ、ヒッ、フー」

 ルーが、横ででかい声で叫びやがった。

 そして、それを周囲の無邪気な観客が唱和した。


 俺が歴史を変えた瞬間だった。


 そして、そのあとになって、自分がこの世界に持ち込んだ本の中に、出産関係のものがあったらどうしようって気がついた。

 明日、確認をして、もしもそんな本があったら、「ヒッ、ヒッ、フー」は、頑張るときには、出産時以外にも使われるって、メモを足すしかない。

 やるんじゃなかったよ……。



 北岸のボートが大岩までたどり着いた。

 まだ、プラットフォームが短いので、横付けできたという状態ではない。舳先を固定できただけだ。これからケーブルを切って繋げ直す。

 余ったケーブルはエレベータを吊る索として利用することが決まっている(挿絵図、手順 5)。

 事前にそれ用に取り分けてある分もあるけど、ま、長さ的に良い方を使うし、余った分は補修用に保存する。可能な限り、長い状態のものを残したいから、この辺りは「なりゆき」なんだ。


 ゴムボートに乗っていた2人が、両手を突き上げて叫んだ。

 「ヒッ、ヒッ、フー」

 神様、風の神様。どうか、みんなの記憶を奪って……。

 

 

 王様が進みでて、声を上げた。

 「今日、これよりダーカスの都とトーゴの間に道が拓けた。

 さらに、その間の陸路にも開墾地が作られ、魔素流からも逃れられる豊かな地が生まれよう。

 余は宣言する。

 船着き場を増やし、ネヒールを豊穣が流れる川とする!」


 「ヒッ、ヒッ、フー」

 「ヒッ、ヒッ、フー」

 「ヒッ、ヒッ、フー」

 熱狂した歓声は止むことなく、俺の顔色は蒼白を通り越して土気色になっていた。

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