第6話 架橋祭 3
今日のために、トーゴからゴムボートの扱いに慣れた、お使い役の2人が来てくれている。野菜を持って下ったりして、ケーブルのない状態でもゴムボートに慣れてる人たちだ。
それから、デミウスさんも、川岸の崖の高いところを背に、鋭い眼光を周囲に飛ばしている。やっぱり、背後には気をつけているんだな。
俺、デミウスさんが棍棒ではなく、剣を持っている姿を初めて見た。ケナンさんの洋剣に比べて反りがあって、日本刀みたいだ。
この3人がゴムボートに乗って、トーゴまでケーブルを誘導する。
アーチ橋の上から歓声を浴びながら、3人がゴムボートに乗り込む。
その周囲をスィナンさんの工房の人が取り囲んで、川の流れに押し出した。で、フックでケーブルが繋がれた。
スィナンさんが実験していたから知っているけど、ケーブル、ほのかに水に沈む。海水だとほのかに浮く。たぶん、この比重が、海水の中でうまくたてがみを靡かさせて、メスのリバータにオスの色気をアピールするんだろうね。
今さらながらに、毛を刈って悪いことをしてしまったって気がするよ。
ともかく、ケーブルは軽く沈んで流れに乗るので、制御は楽そう。
徐々にゴムボートがスピードを増しながら流れ出し、スィナンさんの工房の数人が、台車からケーブルの送り出しをする。
ケーブルが長いからというのもあるけど、それ以上に複数のドラムに巻かれたケーブルをお祭りしないようにするのは大変みたいだ。
そうこうしているうちに、上流側から掛け声が聞こえてきた。
「右、少し緩め!
左、少し絞り!」
みたいな。
エモーリさんの声だ。
上流側を見ると、
短い方の辺の両方ともに、水車が取り付けられている。で、短い方の辺2つは、長短があるんだけど、その長い方には2つの水車が、短い方の辺には1つの水車が付いている。
[ここ、挿絵図があります。文末にて]
水上では、ただの箱型よりも不安定な形だ。ネヒール川の流れの中でイカダは安定しない。
イカダの両端に結ばれた2本のロープは、川の両岸に伸びて、たくさんの人達が握っていてゆっくりと移動している。
その移動は、エモーリさんが指示を飛ばしている結果だけど、バランスを崩さないように、ごくゆっくりとしかイカダは動かせない。
予想はしていたんだけど、当然のように祭りに来た人たち、ざわめく。
それを圧して、大臣の声が響いた。
「これより、橋の渡り初め式を行う。
石工組合長のシュッテ、ギルド地区長のハヤット、ヤヒウ飼い長のインティヤール、商人組合長のティカレット。以上の者、前に出られよ」
まだイカダがここまで来るのには、時間がかかるからね。
イベントを始めてしまうのだ。
4人の名前を呼び上げられて、これから、王様を中心に、その4人が橋に渡された派手な色の紐を切って、渡り初めをするんだ。
紐を切るのは、王家に伝わる長剣。
文字通り、「道をひらく」という意味らしい。まぁ、確実にハサミよりはカッコいい。
王様はスポンサーだし、シュッテさんは作った人代表、ハヤットさんは旅をする人代表となる。
そして、インティヤールさんは農業代表で、ティカレットさんは商業代表。
って、どうしてインティヤールさんかというと、ある意味なるほどなんだけど、ヤヒウの放牧をするのに今まで川は渡れなかった。ヤヒウ自体は泳げる動物なんだけど、川のあっちとこっちで散り散りになったら管理しきれないからね。流される馬鹿なヤツも出るだろうし。なので、水には入らないように、調教していたらしい。
だから、ダカールの街のある、川の南岸しか放牧できなかった。でも、橋ならヤヒウの群れを渡せるからね。これからは、北岸も放牧地になる。
これで、放牧地は市街地から距離をおく反面、野菜とか芋とかの畑は街に近づけるという判断らしい。「近郊農業」ってやつだね。規模は小さいけれど。
しかしなぁ、電気工事士以外の知識は、俺、中学校ので全部乗り切っているな。
ちょっと情けない。
商人組合のティカレットさんは、今まで顔は知っていたけど話したことはなかった。今日も話すことは特にはないけど、手ぐらいは振ろう。ルーはだいたい誰とも仲良しだけど、ティカレットさんとはどうなんだろうね。
ともかく、今日の王様は、被り物を被っているので、見た目がプレデターになっている。
左右に2人ずつ、マッチョなおじさんが並ぶ。
王様が着剣している姿は初めて見たけど、それが抜かれた。
群衆からどよめきが湧く。
「ダーカスのこれからの1000年の礎に、この橋を豊穣の女神に捧げる」
むしろ淡々とした宣言なんだけど、その声は群衆の中までよく通った。
……声が高いからね。
拍手が湧く中、王様が剣を抜き、一振りで橋の欄干に渡した紐を断ち切った。
「おおー」みたいな声がたくさん上がって、はらりと切れた紐の上を王様が越えた。
そして、1つ目の橋を渡って、中央のネヒールの大岩までたどり着く。
4人が後を追った。
大岩から北岸までの2つ目の橋は、5人で横一列に同時に渡った。
後から聞いたんだけど、「橋を豊穣の女神に捧げる」わけだから、1つ目の橋は神の橋として、司祭である王が道を拓き、女神が一番最初に渡ったんだって。
王様は、それに従って渡ったんだそうだ。だから、他の4人は一緒には渡らなかった。
2つ目の橋は、人の橋だから、同時に渡ったんだって。
どういう人が、こういう手順を考えるのかね。
俺には思いつけないよ。
王様とその他の4人が、南岸に戻ってきた。
で、橋、解禁。
来ていた街の人達が、歓声を上げて我先と橋を渡る。
年寄りの手を引いている人も、子どもの手を摑まえている人もいる。
男女でデートって感じの人もいる。
そして、その中の若い男衆、20人ぐらいが川岸を上流に向けて走った。
エモーリさんが指揮している、水車イカダの誘導のお手伝いに、だ。
こういう微妙な作業は、人数が多ければいいってもんじゃない。
でも、街の人達の心情はありがたいよね。
水車はしずしずと、大岩に近づいてきた。
大岩には、石工さんとエモーリさんの工房の人が待ち構えている。
「右、少し緩め!
左も、少し緩め!」
エモーリさんの声が枯れてきた。
川の流れの音に勝る声を出し続けるのは、さすがに厳しいのだろうね。
でも、もう少しだ。
それに、橋の上から見下ろしている人たちが、エモーリさんの意図を汲んで、大声を上げ始めた。
「ちょい右へ!
岩まであと、身長一人分!」
みたいな感じ。
上から見ているんだから、川岸にいるエモーリさんより指示が正確。
そして、一番最初の探検でケナンさんが確認してくれたとおり、ネヒール川の流れは、岩に正面から向かっている。
イカダはさらにゆっくりと進み……。
エモーリさんの工房の人がイカダに飛び移った。
で、石工さんと協力して、用意されてた石材をイカダに固定した。その石材が、ネヒールの大岩にできている窪みに嵌まり込んだ。この窪みは、魔術師のヴューユさんの『力場の防壁魔法』の精度でできている。
で、ぴったり。
さすがは、「技の魔術師」。
サイレージのときから、ヴューユさんは密かにそう呼ばれている。
ルーの親父さんが「力の魔術師」だったから、「1号と2号かよ」って思ったの、この世界で俺だけのはずだ。
で、エモーリさんの工房の人と、石工さんがイカダからロープを解いて、両手を上げた。
両岸の人達が、自由になったロープを巻き上げる。
再び歓声が湧いた。口笛を吹き鳴らす人もいる。
すげー盛り上がりだよ。
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挿絵図です。
https://twitter.com/RINKAISITATAR/status/1367997265567047680
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