第8話 機械の分析
架橋祭が終わり、ほんの少しだけど時間ができた。
この間に、黒歴史を上書きして消すために、新たな掛け声を考えようと思っていたんだけどそうは問屋が卸さなかった。
なんせ、魔術師のセリンさんがブルスから持ち帰ってきた機械、放ったらかしになっているからね。しかも、俺のこの世界での本業なので、逃げるわけにもいかない。
再度、じっくり観察してみるけど、機械といっても、金属の箱の中に、金と石、そして『魔術師の服』と同じような、妙に熱伝導の良い金属にも感じる布が重ねられて入っているだけだ。
箱の上面だけが長く触られていたのか、つるつるになっている。
金はまだしも、石の種類とそれの特性は、この世界の物品に詳しいハヤットさんに聞いてみないとなんとも判断できないよ。
そんなわけで、ルーと、ギルドのハヤットさんのご機嫌伺いに出かける。
で、「もしかしたら」と思っていたけど、大騒ぎだよ。
ハヤットさんが受付に座っている。
なかなか見ない光景だよね。大会社の支社長が受付してるって。
「ここの地区ギルドは、依頼書類の整理もできていないのか!?」
「いえ、そんなことは……」
「景気が良いって聞いてダーカスまで来たのに、依頼が1つもないのか!?」
「いえ、そんなことは……」
「トーゴのことはトーゴに行かないと判らないって、無責任が過ぎる!」
「いえ、そんなことは……」
ああ、ハヤットさんが「いえ、そんなことは……」を無限に繰り返すマシンになってる。
ラーレさんがいなくなったら、いきなりこれかい!?
受付の女性、後釜が用意できていたんじゃなかったんかよ?
「ルー、この惨状は……」
「ラーレの分の穴が、数日で埋まるはずないじゃないですか。
『始元の大魔導師』様、申し訳ないんですけど、自分でお茶入れて飲んでいてもらえますか?
地区長室、使っていていいですから」
ルーがオッケー出せることなんかい、それは!?
こういうとき、うろうろしているといつもややこしいことになるので、俺、地区長室に入って、そこから外を窺う。
ま、俺も学習するんだよ。
また喧嘩でも売られたら大変、って。
ルー、ハヤットさんの代わりに受付に座って、ハヤットさんは書類をひっくり返すのに専念しだした。
結果として、ギルドの建物の中の騒音レベルは、みるみるうちに下がっていった。
こういうとき、本当にルーは有能だって思うよ。
敵うとか敵わないとかじゃなく、俺とはレベルが違う。
俺の世界でも、カリスマOLになれる。
接客業は、途中でめんどくさくなって逃げる癖(物理)があるから、ダメだと思うけど。店長なりが後ろ襟首摑まえてないと(こっちも物理)、さっさと消えるからね。
ルー、一通り、押しかけていた冒険者と話すと、依頼書類の内容をまとめて掲示板に貼り付けていく。
手早いねぇ。
で、貼るそばから剥がされて、受託申し出がされていく。
うーん、凄い。
なんて、地区長室のドアの影から覗いていたら、ふいにドアが全開に空いた。
で、ルーと同じくらいの歳に見える、そばかす娘が人の顔見るなり叫びやがった。
「ドロボー!!」
って。
− − − − − − −
頭にタンコブをこさえて、それを水を染み込ませた布で冷やす俺。
平身低頭するハヤットさんと、床に鼻の脂のシミを作っている、俺を殴った冒険者。
手と声を震わせながら、叫んだ娘に徹底して説教するルー。「ルーも俺のこと殴ったよね」ってツッコみたいけど、も1つタンコブが増えかねないので黙っておいた。
で、擬態語でなく、文字通り「うぇーん」と泣く娘。
なんでこんなことに……。
ハヤットさんが言うには……。
この娘、残念な子なんだと。
人の顔は覚えない、書類は読まない、空気も読まない、思い込みが激しい。
でも、ダーカスは狭い社会なんで、馘首にしたら、一生ヒソヒソされる。嫁にもいけなくなる。
地区長室にいる俺を見て、ハヤットさんではない人がいるから、即、泥棒って決めつけるあたり、短絡的なのは判る。
あー、で、このタンコブに繋がる。
で、無茶苦茶有能なラーレさんを基準に、ギルドの仕事は回ってきちゃってたから、今、すべての苦労はハヤットさんに掛かっているんだと。
「王様、3人雇えって予算を組んでましたよね?」
って聞いたら、ダーカスの人手不足が極まっていて、もう2人の雇える人が見つからないと。
ギルドの仕事は、個人情報とかも含むので、身元の判らない人は使えないから、余計見つからないんだって。
急激にダーカスの人口は増えているけど、元々いた人は800人くらいだ。その中でも、長男は家業を継ぐから、雇える候補自体が多くない。
分母が少なすぎて、ギルドへの就職をあたれる相手がいない、と。
それでも1年前だったら、選び放題に選べる買い手市場だったけど、今はねぇ。
ハヤットさんの愚痴というか、言い訳を聞いていたら、俺もため息が出たよ。
人ばかりは、畑から採るようなわけには行かないからねぇ。
ともかく、ハヤットさんの悩みに手を貸せる方法がない。
たまにルーがお手伝いするくらいだろうけど、根本的な解決にはならない。
心に留めておくしかできないから、こっちの事情を優先してしまおう。
機械というか、箱から取り出してきた石と金、そして『魔術師の服』と同じような、妙に熱伝導の良い金属にも感じる布を見てもらう。
「ハヤットさん、これがなにかを教えていただきたいのです」
「見させていただきます」
ハヤットさんの返事が、いつになく神妙だ。
「判りません」
ああ、そう。
いきなりそれで終わりですか。
「ただ、石は
あっ、え?
言われてみれば、そのとおりだけど……。
持って帰って、テスター当ててみよう。
抵抗値が少なかったら……、って、ハヤットさんに聞けば判るって、なにもしていなかったよ。
「帰ります!」
そう告げて、屋敷に帰る。
テスター当てれば、きっとなにか解る。そんな気がしていた。
……ギルドに殴られに来たみたいだな、今日の俺。
で、ハヤットさんが縋るような目で俺を見るので、ルーはギルドに置き去りにしてきた。
自分の部屋で、テスターを取り出して……。
やはり……。
石は電気を流した。
『魔術師の服』と同じような、妙に熱伝導の良い金属にも感じる布も電気を流す。
ただ、テスター1つでも、重大なことが解明できた。
金、石、布と重なっているのを、金と布に、黒赤のプローブをそれぞれ当てて抵抗を測るのと、プローブ逆転させて、金と布に、赤黒のプローブを当てるので、抵抗値が違うんだよ。
魔素がどこまで電気と同じように働くかは判らない。
でも、ここから予測できるのは、金、石、布の3つの組み合わせってば、半導体かもしれないってこと。
さーて、ここで限界が来た。
俺は、配線を繋ぐことが仕事で、半導体のことはほとんど全く判らない。
……半導体のことも、判らないのかもしれないけれど。
ただ、極めて乱暴なことを言えば、増幅回路にはなっているのかもしれない。
も1つ実験。
魔素の充填されたコンデンサをこの石に繋いでみたら、案の定、光ったよ。
それも、コンデンサを直列に3つ繋いだあたりから。それ以下だと光らない。
つまり、魔素が低圧力だと光らないんだ。
確実に、
ヴューユさん、文様の物質がなにかは解らないって言っていた。『魔術師の服』の材質も、だ。
となると……。
リゴスの魔術師の教育機関、あそこなら判るんだろうね。
……そこまで考えて、俺、背筋が寒くなった。
あそこは、
俺が今やっていること、やろうとしていること、すべてを知っているかもしれない。それなのに、なぜ、自分たちでやらない?
なぜ、穏やかだけど確実な滅びを許容しているんだ?
そして、俺ってば、彼らからしてみたら、許せない存在なのかもしれないってこと。
彼らのことを好意的に考えれば、この世界が過去と同じ道をたどって滅ばないように、魔法の技術の制限をしている。
それなのに、
つまり、俺、目の上のタンコブかもしれない。
夕方、相変わらずお気楽な顔で帰ってきたルーに聞く。
「ルー、魔術師は、リゴスに留学するじゃん。
リゴスに顔が利くのは、ルーの親父さん以外なら誰かいる?」
「ハヤットと、……ティカレットです。商人組合の」
あちゃあ、よりによって、かよ。
となると、魔術師の世界の秘密を知っている可能性があるのは、ルーの親父さんしかいない。
聞くしかあるまい。
気が重いけど。
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