第3話 ギルドの掟


 翌朝。

 昨夕のことなんか忘れたっていうような、しれっとした顔のルーに、無表情で対抗して朝食を済ませた。

 で、訪ねてきてくれたケナンさん達のパーティーの面々と、久しぶりに顔を合わせたよ。

 ケーブルシップを運用するにあたり、ネヒール川の急流になるところの安全対策をしてくれていた。

 その依頼も完遂したってことで、ダーカスに戻る前にこちらに顔を出してくれたんだ。


 リゴスにあるギルドの本部から、ミスリルクラスの認定証となるピンズというかバッチが届いていて、ケーブルシップの定期便でトーゴに届けられていた。

 真新しい、銀色に輝く認定証が眩しい。

 シルバークラスも銀色の認定証だけど、ミスリルクラスの認定証は、それに一面のメレダイヤが散りばめられているからね。話によると、洞窟の探検みたいな暗い場所での仕事のときは、外さないと的にされるほど輝いて危険だって。


 「綺麗だ、綺麗だ」って言っていたら、「『始元の大魔導師』様がギルドに登録するならば、即ミスリルクラスですよ」って言われたけど、もう、俺、侯爵様だから、そういうわけにもいかない。

 それに、これからケナンさん達に話す大きな問題もあるからね。俺は、ギルドに属するには、ダーカスに足を踏み入れ過ぎてしまっている。


 ケナンさん達、今のダーカスの状況をまったく知らないはずだ。特に、サフラに関わることは、だ。

 円形施設キクラの脇の、ちょっと見晴らしのいい所でルーと説明をした。そういう場所ならば、他の人に話を聞かれる心配がないからね。


 一応、話す前に、サフラの出身で1番微妙な立ち位置にいる弓使いのアヤタさんに、話を聞かない自由もあるって言ったよ。

 ダーカスとサフラは交戦するかもしれない。

 パーティーのリーダーのケナンさんは、すでにダーカス王にギルドを通してといえども、忠誠を誓っている。

 今ならば、アヤタさん、聞かないこともできる。知らんぷりもできるって。

 聞いてからサフラに走れば、ギルドの信用を失わせた裏切り者になる。

 走らなければ、サフラからの裏切り者扱いになるかもしれないってね。


 そしたら、アヤタさんは、こう言った。

 「ダーカスの王の為人ひととなりは、知っているつもりだ。

 血を見たがる人ではない。

 また、『豊穣の女神』を祀るダーカスに対し、その領内で戦うことになれば、よほどの大義名分がないと侵略ということになるし、勝てればまだしも負ければ立つ瀬がなくなる。

 そのときに、サフラの助命嘆願をするのは、ダーカスに尽くしたサフラ人の自分しかいない」

 戦後処理を考えるなら、そうなるなぁ。

 戦功があれば、ダーカスとしても助命嘆願を無視できなくなるからね。戦国時代の真田兄弟と同じだ。俺の暮らしていた県は、兄の方の城があったから、ちょっとは判るよ。

 子どもの頃は、弟の方の信繁でなくて残念だったけど、今は兄の信幸もカッコいいと思っている。


 「それに……。

 ダーカスが勝って、サフラから裏切り者と呼ばれても、ケナン達は俺をそうは呼ばないだろう」

 ってさ。

 仲間ってのは、いいもんだよね。

 ただ……、それは同時に、パーティー以外の人からは、後ろ指を指される覚悟も決めたということだ。

 その重さも理解できる。


 では、ということで、俺は作戦内容のすべてを話した。

 その作戦をサフラに話されてしまえば、ダーカスは滅びる。そう前置きして、だ。

 真っ先に、「ダーカスは、サフラの将兵の命を1人も奪わない」って言ったら、4人全員が呆然とした顔になった。だからこそ、殺されないという安心感を持って、攻めて来られたら困るんだ。


 で、作戦のすべてを話したら……。

 アヤタさんが、さっき以上に全面協力を申し出てくれた。

 ダーカスが作戦通りに勝っても、血を見ることはない。

 サフラが勝ったら、相当の血を見ることになるだろう。そして、そのことの歴史の審判が怖い、と。

 ダーカスが宗教権威の国である以上、滅ぼし切ることは難しい。「豊穣の女神」を、人々の心から消し去ることはできないからだ、と。


 ジャンさんはジャンさんで、火薬を得るために、サフラの軍に穴掘りをして貰う所で大笑いをした。

 「それで得た火薬で、今度はゼニスに穴を掘るんでしょう?」

 だって。

 「『始元の大魔導師』様は、どれほど穴掘りが好きなんですか?」

 って言われたら、反論できないな。この間も、公共露天風呂掘って貰ったばかりだし。

 穴を掘るために穴を掘る。それも、他国の軍をだまくらかしてまで、ってのが可笑しかったらしい。まぁ、確かに可笑しみはあるな。普通ならば、最初から目的の穴を掘れってなるもんね。


 まぁ、その回り道をする価値があるだけ、火薬の威力はすごいってことなんだけどね。ケナンさん達は、ネヒールの大岩の発破を見ていないから、実際の威力を掴みそこねているんだ。

 火薬の威力を活かす平和的利用なんていったら、土木工事か花火ぐらいしかない。さすがに、この世界では、エアバッグはまだ必要ないし。

 でも、ジャンさんの言うとおり、ゼニスの山にトンネルを掘って、その先のエディと交易路にする。そのために火薬が必要なんだ。掘削ルートは、ジャンさんの作ってくれた地図で選定することになる。



 さらにケナンさん、セリンさん、ジャンさんの3人が、交互にアヤタさんを見張るって申し出てきたときは、びっくりしたよ。


 えっ、て思ったけど、多国籍パーティーだと、こういうこともよくあるんだそうな。

 で、ギルドとクライアントに対して筋を通すのと、仲間の信頼関係は別だって。

 見張られたからと言って信頼関係が揺らぐこともないし、そもそも見張らない方が可怪しいって、見張られる本人が思っている、と。

 さらに、見張っている以上、裏切らなかったという身の潔白の証人になってくれるわけだから、逆にありがたいくらいなんだそうだ。


 大前提として、ギルドは組織内の自治権を持っているし、パーティーのことはパーティーで自治するという伝統がある。だから、他の組織の監視員を介入させることはできない。

 さらに、そのような事態への呼び水に、自分達がなるわけにはいかないとさ。


 それに、ダーカスの王様が、サフラの民の皆殺しなんて命令を出せば、アヤタさんが、ではなくてパーティー全員が即座にダーカスから退去する。

 そもそもギルドの規範である、人道に反せず、どのような紛争にも介入せず、という基本原則に抵触するってことで、その国や組織に関わる全ての受委託が停止されるそうだ。


 なるほどね、としか言いようがない。

 紛争への関わりが認められていたら、冒険者は傭兵にされちゃうし、日常的な依頼でも、組織的自由業の出入りの助っ人とか、隣んちのオババとの口喧嘩にも駆り出されちゃうから、やってらんないよね。

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