第2話 トーゴにて告白 2


 「ナルタキ殿は、何歳になるんですか?」

 「えっと……、18歳かな」

 「それは無理があります」

 「うるせー。

 スリッパで人の頭を叩くように、スパーンとツッコむな。

 単に、こっちの暦に換算すると、そうなるんだよ」

 言っていて、俺も恥ずかしいけどな。


 ただ、恥ずかしいだけではない。なんとなく事態を察して、苦いものもあった。

 「……どうやら俺、ルー達みたいに長生きできないんだろうなぁ。

 寿命の残りを計算すると、あんまりかもだよ」

 「それって、どのくらいですか?」

 「せいぜい、あと50年だろうな。

 ルー達の世界で言えば、64年だから年齢に換算して32年。

 ルーが50歳になる頃には、俺は80歳手前だ。

 今の歳の差が11歳ならば、死ぬ頃には30歳分も差があることになるなぁ。

 ほらっ」

 ルーにスマホを渡して、電卓の計算結果を見せる。

 たださ、淫行条例には引っかからなくはなったかな、なんてことは思ったよ。


 「ナルタキ殿。

 ずるいですね。

 私より先にって、決めているみたいじゃないですか」

 「そう言われましても……。

 努力してどうにかなるもんでもない」

 「私には『努力しろ』って言いましたよね、さっき」

 「話のレベルが違うだろーがよ?」

 虚しい揚げ足を取るなよ。

 努力とかの問題じゃねーだろ?

 俺だって、長生きできるならしてーよ。


 「ナルタキ殿も、3回召喚とか派遣を経験したじゃないですか。

 普通は1回のところなのに、その3倍ですからね。

 性格的なものもありますから、きっと長生きしますよ」

 「ちょ、おま、その憎まれ口は止めろ。

 俺だって、そんなにお気楽に生きているわけでもないんだかんな」

 もー、いつも一言余計だな、ルーは。

 一体、なんなんだよ?


 「そうは思えませんね。

 さっきまでの私、ちょっと胸がどきどきしていたんです。

 それなのに、なんでいつの間にか、日向ぼっこしている老夫婦の会話になっているんですか?

 どっちが先にお迎えが来るかとか、どうしてそんな話になっているんですか?

 私……、馬鹿みたいじゃないですかぁ?」

 涙目かよ。

 あー、よしよし。

 そんな感じで、頭を撫でてやる。


 「じゃあ、俺がこの世界に残るとして、そしたらルーはどうする?」

 「仮定の話にするってのは、相変わらず姑息ですね」

 話題を戻して、そして、簡単にあしらわれて。

 ……急にさ、この外見だけど、ルーのほうが俺より人生の経験を積んでいるってことが理解できた。

 涙目でツッコんできたけど、それに敵うわけないなあ。

 それになんかもう、悩んだり考えたりしているのが、どーでもよくなってきた。


 「ルー。

 俺、この世界にいるよ。

 1回くらいは後始末をしに行かなきゃかもだけど、生きるのはこっちで、と決めた。

 老夫婦の会話に戻っちゃうけど、俺を看取ってくれ。

 そして、それまでの間、ずっと一緒にいてくれないかな?」

 思っていたより、自然に口から出た。

 

 「それを言うならば、その前に、きちんと言って欲しいことがあります」

 「言って欲しいこと……。なんだろ?」

 ルー、涙目のまま、深く深くため息をついた。

 俺、そんなになんか、しでかしているのか?


 「お尋ねします。

 私は、『始元の大魔導師』様の老後の介護担当として、一緒にいればいいんでしょうか?」

 「いや、そんなことは……」

 「じゃあ、言うことはありますよね?」

 ……ああ、そうか。


 「ルーから言ってくれても、俺は全然、構わないんだけれど……」

 「ナルタキ殿……」

 涙目のジト目かよ。

 無駄な抵抗だったなぁ。


 わかったよ。言うよ。

 自分には一生、こんなことを言う日が来るとは思っていなかった、そのセリフをよ。


 「ルー。

 好きだ。

 たぶん、この世界に来たときからずっと。

 他の人に渡したくない。

 ルーのことを大切にする。だから、ずっと俺と一緒いて欲しい」

 そう言って……。

 そっと、ルーの小さな肩を抱く。


 ルーの涙を湛えた琥珀色の瞳と、視線が合う。

 「私もです。

 ナルタキ殿、ずっとお優しい、そのままでいてください。

 ルーは、どこまでもお供します」

 うん。

 ありがとう。


 抱き寄せる腕に力を込めて……。

 なぜかルー、俺の横から、するっと逃げた。

 「すみません。

 私はこれから1年間、『豊穣の現人の女神』ですから……」

 しれっ、と。

 ああっ!?

 ここへ来てこれかよ。

 なんなんだよ。そんなのアリか!?


 「あと、ナルタキ殿。

 私、スマホというものの使い方、横で見ていて覚えました。

 ナルタキ殿の告白、録音してあります。

 このスマホ、これからは私が預かります」

 コイツ、な、なにしていやがんだ!?

 ルーの尻から、悪魔の長く黒い尻尾が見えた。ような気がした。

 おい、さっきの涙目はどこへ行ったよ!?


 「返せ!」

 立ち上がって、腕を伸ばす。

 本気だったから、あっけなく逃げるルーの腕を掴んだ。

 ルー、抵抗せずに、そのまま俺の胸に頬を寄せた。

 思わず抱きしめようとして……。

 一気に走り逃げられた。

 いつものように、後ろ襟首を掴む間もない。


 呆然と立ち尽くす俺に、ルー、遠くから声を張る。

 「ラーレと同じですよ!」

 「なにが、よ!?」

 俺も声を張る。


 「ダーカスの女は、みんな逞しいんです。

 絶対、男の人の思うようにはなりません。

 『つかまえられるものなら、つかまえてみろ!』

 です!」

 キャッチ・アズ・キャッチ・キャンかよ?

 どこのランカシャー・スタイルだ?


 よし、好きに逃げろ。

 絶対、つかまえてやるからな。

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