第24話 不穏な兆し


 サフラから大工のマランゴさんと、その工房の面々がダーカスに辿り着いた。

 さすがにダーカスの王宮からサフラの王宮への公文書による依頼だから、反応が速いみたいだ。

 ついでにと言ってはなんだけど、余るのを前提に、木材の確保も無闇矢鱈と買い込んでいる。リゾートの分でマランゴさんに自在に腕を振るってもらって、なお余ったらダーカスでもトーゴでもどこでも使えばいいからね。


 意地の悪い考え方だけど、木材は買えるだけ買っておきたい。

 払ったお金は、サフラでこの国を占領するための武器になって、戦争後にすべて武装解除されて置いていかれることになる。だからさ、どうせ最終的には、木材はタダで手に入ることになるんだ。だから、今の段階で、木材の量を確保するのは多いほどいいよ。


 そして、たぶん、サフラはサフラで、いくらでも木材の在庫を売る気だ。金を払って貰って、そのあとダーカスを征服すれば木材は戻ってくるからね。総取りを企んでいるって意味じゃ、こっちも向こうも、ま、同じくらい罪深い。


 で、荷車があるから、ダーカスまでの道は材木街道になっているし、アーチ橋も賑わっている。人力のみで運んでいたときとは、規模が違うんだ。

 避雷針アンテナも立てたから、アーチ橋のあたりは木材集積基地みたいになっている。

 サフラ、こんなに木材を溜め込んでいたんだね。もっとも、木材が完全に風化するのには1000年から掛かる。その分の在庫を持っていたとすれば、頷ける量ではあるけどね。


 あと、忘れちゃいけないのが、野菜とトーゴのイコモが順調に収穫できていること。そのおかげで、外貨が入るようになってきたんだ。

 「本当に美味しいから買って食べる」という段階ではないな。

 鮮度も無視されている気がする。

 きっと、情報収集の意味合いの方が強いんだろうね。


 でも、王様は、これが一番うれしいみたいだ。

 俺が皿とかを持ち込む前は、破産寸前の人みたいな顔色だったからねぇ。

 ともかく、木材を買うための当座の現金も今は困らないから、イケイケドンドンだよ。


 

 で、そもそもさ、トーゴでは、開拓組はまだテント暮らしなんだ。

 リゾートができあがったら、農業指導のパターテさんやデミウスさんを始めとして、トーゴで仕事をしている人達は、そっちに移動して休暇をとって貰う予定だ。だから、マランゴさんには入れ替わりでトーゴに移動してもらって、木造の開拓者団地を作って貰ってもいいよね。

 さらに木材が余れば、トーゴの先のきれいな入り江に、2つ目のリゾート建設に取り掛かって貰ってもいい。ま、確実に木材は余るけど。


 木造建築が可能になると、石工さんたちの負担も減るから、街全体でいろいろ融通も利くはずだよ。

 俺としても、優秀な大工さんがいるのであれば、すべてを任せられるからすごく楽。


 リゾートの支配人になる予定の書記さんと、うちのコンデンサ工房の若いのは、もう出発していたから、マランゴさんにはその後を追ってもらった。

 ダーカスで、たくさんの野菜を使った、綺麗なお料理での夕食を一緒にしてからだけどね。なんせ、歓迎の素振りも見せずに、トールケにすぐ行けなんて言えないじゃん。


 食堂の親父、俺の持ち込んだ料理の本を見て、フランス料理の盛り付けみたいなことを始めやがったからね。お客を歓迎するに足る料理なんだよ、近頃。

 娘も学校で計算を習ってから、経理とかで親父を手伝っているみたいで、ウェイトレスのみにこき使われているということはなくなった。それどころか、ときどき仕入れと売値の設定で親父をやり込めているらしいから、教育ってのの効果が出ているよね。



 その夕食のときのマランゴさんとの会話は、初対面だけど息が合ったものだった。

 まずは、「どう切り出すか」って悩んでいたら、マランゴさんの方で察してくれた。

 「ご覧ください」

 って、工具箱を渡されたんだ。


 遠慮せずに、見させて貰ったよ。

 芸術品かって疑うほど、木目のきれいに出た工具箱の中で、すべての鋼の刃物が、恐ろしいまでに研ぎ澄まされていた。

 どの道具を使っても、綺麗にヒゲが剃れるだろう。いや、髪の毛を笹がきにできるかもしれない。

 エモーリさんのからくりを作るための刃物もすごかったけど、それを超えている。この世界に来て、ここまでの腕は初めて見たよ。

 もう、これを見れば言うことはない。

 センスだって問題なさそうだ。

 職人の腕は、使っている道具を見れば判るもんなんだ。


 ついでに、マランゴさんがサフラの回し者っていう線も消えたと思う。

 これだけ道を極めた職人で、スパイも兼ねるなんて無理だと思うよ。


 「頭領を信用するので、材料は木材の確保分から好きにお使いください。

 また、先行している、施設の支配人のリクエストは聞いていただきたいです。あとは、『リゾートに休みに来た人が幸せになれる』ものを、頭領のお考えで作っていただければ結構です。

 最後に老婆心ながら、このあたりはサフラと違い、魔素流が来る地です。地には賢者の石が含まれていて、鉄を金に変えてしまいます。それには気をつけてください」

 あまりに見事な研ぎを見せられたので、最後のは言わずにいられなかったんだ。


 「良いんですかい?

 本当に、そんなこと言って。

 おいらが、どんなものを作るか、判りませんよ?」

 そら、確認が来たよ。

 このセリフってのは、自信がないからじゃない。職人が施主の度量を計る質問なんだ。

 

 「繰り返しますが、『リゾートに休みに来た人が幸せになれる』というのが、目的の建物です。

 ダーカスのお年寄りとか、働き詰めに働いてきた人とかが、帰りにはみんな笑顔で帰れるようなものを作っていただけるのであれば、他に頭領に対して細かい注文はありません。

 ただ、そこで働く人があまりに不便だと困りますし、ダーカスの儀礼の点もありますから、繰り返しますが、施設の支配人のリクエストは聞いていただきたいです。

 あとは、すべてお任せしますよ」

 「言うことに筋が通ってますね。

 気に入った。

 力を尽くしましょう」

 「ありがとうございます」

 これで、1つ課題解決かな。



 普請をするときに、一番良くないのは、万度ばんたび言うことが変わる施主なんだよ。

 やむを得ない変更ってのは仕方ないもんだけど、家という恒久的なものを作るのに、夢を見すぎたり目先の情報に振り回されて、話が行ったり来たりしているといつまで経ってもできあがらない。

 工事費だって嵩むし、いいことは1つもない。

 最後には、施主と大工の喧嘩騒ぎになったことも、一度は見ているからね。新築で建った家を、暮らす前から改築しろって言われりゃ、そりゃあ怒るよ。しかも、「工事費は新築工事の内だから払わない」なんて言われりゃあね。


 俺だって、配線全て終わらせてから、「やっぱりスイッチはこっちの壁にすればよかった」って言われればモヤるよ。

 場所を換えてあげられればいいけど、クロスまで貼り終わった壁に大穴残すわけにもいかないからね。

 考えがまとまらないのなら、「任せてくれればいいのに」って思うよ。


 この際だから言っちゃうけど、そもそもさ、今まで1人も客が来たことのない家に、客間なんか必要ないんだ。客間が客を呼ぶんじゃない。暮らしている人が客を呼ぶんだ。それなのに、建てている間に夢を膨らませ過ぎちまう。

 そうならないように、自分の生活スタイルをしっかり考えて、それを建築士と大工に伝える。

 任せるところは任せる。

 普請なんて、それだけでいいんだ。

 「施主が不幸になるように」なんて、そんなこと考える建築士も、大工もいないんだから。


 きっと、マランゴさん、サフラで質の悪い建築事業とかに関わっちゃったんだろうね。事業での建築は、途中で担当が変わったりすると、本当に最低なことになるからね。

 前任者の言うことと真逆のことを後任者が言い出して、工事を請け負っている方が無能呼ばわりの罵倒をされるなんて、当たり前にあるのさ。

 そうでもなければ、これだけの腕の人が報われないなんて、普通はないはずだよ。



 コンデンサ工房の若いのを道案内につけて、マランゴさんと、その工房の面々を送り出して。

 スィナンさんのところも調らしい。

 ダーカスの(制御された)内部情報が、調にサフラにリークされているって。

 マランゴさんのあとを追うように、サフラから他にもぞくぞくと人がやって来ている。

 これも、おそらくは予定通り。

 相当数の、サフラのスパイが入り込んできたはずなんだ。


 きっと、そのせいだと思うんだけど、ダーカスの街中が少し不穏。

 純粋に職を求めに来たのではない人って、雰囲気が違うんだよね。

 ま、がんばって土塁を積むとかの仕事をしてもらいましょう。

 頑張れば頑張っただけ後悔はさせないよ、たぶん。

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