第23話 学校の今


 トーゴに行く前に、「子どもたちに顔を見せてやってくれ」って言われてさ。

 半日時間を作って、行くことにした。

 当然、校長先生が忙しい日を選んでね。

 

 下心としちゃ、今年の『豊穣の現人の女神』の1人、ユーラ先生を近くで見てみたいからねぇ。

 一度は会っているはずなんだけど、イメージがないんだよね。

 ラーレさんが解放奴隷の女性の中から選んでくれたので、学校の先生にしたんだ。で、『豊穣の現人の女神』に推薦されるほどの人だし、入学式は俺も参加しているから、顔を合わせていないはずがないんだけどな。


 ちなみに解放奴隷っていうのは、他国で売買されている奴隷を、ダーカスの王が慈善事業として買い取って、きちんとした職業を与えた人達だ。その人達の中には、家が落ちぶれただけで、高い教育を受けていたなんて人もそれなりにいるから、先生になってもらうのに問題はない。

 収穫祭を終えてから考えると、ダーカスの王様が、この事業をしているのは当然のことなんだよ。王様の権力の基盤は、「収獲の女神」を祀っていることだから、「慈愛の賢王」なんて二つ名も付く。

 だからね。この事業もその慈愛の延長なんだ。

 もしも、英雄で、「賢王」じゃなくて「拳王」だったら、今頃俺は、「セルラダクト!」とか叫びながら殴り殺されていたかも知れない。

 

 

 で、だけど。

 王宮の学校エリアに入って……。

 入学式のときと、あまりに変化があるのでびっくりした。

 まずは、子供の顔色。

 入学式のときだって相当に元気だったけど、そのときとは血色の良さがぜんぜん違う。くすんだ感じが消えて、透明感のある綺麗な肌だ。

 部屋も、単なる部屋から教室になっている。


 「おう、元気そうだな、オマエラ!」

 って、声を掛けた。

 入学式のときは、相当にヤられたからね。

 そもそもさ、「今日は、なんでここにいるの!? 暇なの!? なにしに来たの!?」って、挨拶に来た来賓に、これはねーだろ?


 それなのに……。

 「『始元の大魔導師』様。

 お世話になっております。

 今日は、足を運んで頂き、嬉しいです!」

 声を揃えて、まともに挨拶された。

 なんかこれじゃ、俺の育ちが悪いみたいじゃねーか。


 なんか、どこぞのお坊ちゃんとお嬢ちゃんの学校に迷い込んだかなって、視線が思わず空に彷徨う。

 「『始元の大魔導師』様。

 僕たち、私たち、歓迎の歌を歌います」

 うわっ、学芸会か?

 思わず逃げ腰になるのを、横からルーにがっしりと捕獲された。

 この間、逃げ出すルーの後ろ襟首を摑まえたからね。絶対に仕返しのつもりだ。


 「ダーカスに学校ができた。

 僕たちは、字を覚えた。

 私たちは、計算を覚えた。

 友達、たくさんできた。

 給食は美味しい。

 先生ありがとう。

 『始元の大魔導師』様、ありがとう。

 ああ楽しいな、学校〜」

 

 ……ベタだな。

 なんか、小学校の時の卒業式の歌とか思い出したよ。「雨の日もまた風の日も、通いはげんだ六年の学業終えて、今巣立つ」とか、歌わされたなぁ。

 あのときの恥ずかしさを思い出したよ。


 世界は違っても、小学校ってのは同じようなものになるんかねぇ。

 それに、今のこの学校は4年制だからね。1番歳上の子で10歳だ。よりベタベタになるのは仕方ないんだろうね。


 で……。

 なによりショックなのが、歌わされた感がないこと。

 マジに感謝されてる。

 俺には、その純な眼差しが怖い。

 なんか、激しく尻がこそばゆい。


 子どもたちの歌が終わって……。

 落ち着いた、穏やかな雰囲気の先生が話す。こんな人、いたっけ?

 「ユーラです。

 『始元の大魔導師』様、そして、主神のルイーザ様。

 入学式から50日、子どもたちもここまで頑張ってきました。

 すべては、『始元の大魔導師』様のおかげです。

 子どもたち、たぶん、この50日間で、それまで生きてきたすべての経験を超える濃密な時間を過ごせてきたと思います。

 みんなー、みんなが好きな食べ物はなにかなー?」

 「ナスを油で焼いたのー」

 「トマトぉー」

 「とうもろこしー」

 「さかなー」

 「いこもー」

 「きゅうりに塩ー」

 「えだまめー」

 そか、もうそんなに、子どもたちに受け入れられているのかぁ。


 「そうよねー。

 みんな『始元の大魔導師』様が持ってきてくれたんだよねー」

 「知ってるー」

 「ありがとうございますー」


 どこの世界でも、子どもってのは語尾を伸ばすのかねぇ。

 なんか、照れくさいを通り越して、変な使命感湧いてきたぞ。

 この子達には、もっと良い人生を歩かせてあげたいだなんて。

 俺には、似合わない感情だよな。

 

 続けてユーラ先生が話す。

 「たくさんの種類の食べ物を食べるようになって、子どもたち、病気をしなくなりました。今まで、芋とヤヒウの乳以外、口にしていなかったなんて子もいましたから。

 一緒に給食を食べている私たちも、です。

 そのためか、子どもたちの勉強もどんどん進んでいます。中には、『リゴスまで留学をさせたいな』と考えている子までいます。

 ここにいる全員が、100日前にはこんな幸せな場が作られるとは思っていませんでした。私達は絶望の中にいましたし、子どもたちはひたすらに変わらぬ毎日の中にいました。

 今は、50日前に比べて全員、人相まで変わったとまで言われているんですよ」


 そか、ユーラ先生も、この50日の間にユーラになったんだ。

 なんか、羨ましくすらなってきたな。

 こんなに幸せを感じられることが、さ。

 俺にとって、学校って当たり前のように行かされるところで、目の前の壁のようにそそり立っているものだった。

 こんなに、楽しくて仕方ない場所じゃなかった気がする。

 そか、こんなに楽しいって感じていたら、子どもたち、ユーラ先生を『豊穣の現人の女神』に推薦したくなるかも知れないよな。


 「先生。

 楽しく学べる環境を作ってくれてありがとうございます。

 子どもたちを、よろしくお願いいたします」

 おもわず、そう口から出てしまったよ。


 「ルー、この世界には奨学金ってある?」

 「魔術師に限ってはあります。

 魔素を体内に持てる才能があれば、家が貧しくても魔術師になることを期待されますからね。

 他はありません」

 「侯爵家から出したいけど、王様も噛んでくれたら良いな。

 優秀な子には、留学も視野に入れて奨学金の制度を作ろうよ。

 ついでに、皆勤賞とかも」

 「解りました。

 この足で、王様に会っていきましょう」

 そか、ここも王宮だもんね。


 「また来るよー」

 なんて挨拶して、教室を出る。



 「ナルタキ殿」

 「おう、なに?」

 いつものとおり、ルーは2人きりのときは、俺を名で呼ぶ。

 「自覚してくださいよ」

 「なにを?」

 「あの『学校』という空間を作ったのは、ナルタキ殿ですよ」

 「ああ。

 責任を取れって?」

 「違いますよ。

 成されたことについて、誇っていいんですからね」


 ……うん。

 「ありがとう」

 そう、自然に口から出た。

 心はどうしても、いつもの自信のない自分に戻っていってしまう。

 いつもルーは、それを引き戻してくれる。

 そうだね、俺もだんだん変わっている。そんな自分を定着させていきたいよ。



 − − − − − −


 収穫祭が終わって、王様、少し呆けてるみたい。あまりに忙しかったからね。

 まだまだ忙しいけど、少しはぼーっとしたいみたい。

 でも、王様の顔見たら、も少し働けそうだったんで、奨学金とか皆勤賞の話をした。

 俺も鬼だなぁ。


 したら、王様の返事がコレ。

 「『始元の大魔導師』殿、いやさ、侯爵殿。

 リバータの戦功、水汲み水車ノーリアの実現、ケーブルシップの実現と進み、更に細かい功は数え切れぬ。

 『豊穣の女神』の乗り物たるリバータの骨で作られた、水汲み水車ノーリアによってもたらされた豊作、これほど価値のあるものは他にはない。

 とても、追いつくものではないが、そろそろ公爵位を差し上げたいと思っている。

 公爵ともなれば、自分で政庁を持てる。

 ルイーザの負担を減らせ、このような話も、独自に実行できる。

 どうだ、受けていただけぬか?」


 で、頭ん中ぐるぐるして、いろいろ考えたんだけど……。

 「それは、サフラの件が終わったらにしませんか?

 今、私が独自の政庁を持つことは、サフラに付け込まれたら、国を割ることにも繋がりかねません。

 我が王におかれましては大変な時期ではありますが、だからこそ直接の指揮をして頂き、ダーカスに一枚板の強度を保っていただきたいのです」

 って答えた。

 公爵って言われてもよく解らないし、なによりちょっとメンドクサい。そんなこた、間違っても口に出せないけどね。


 「……よかろう。

 いささか残念ではあるが、『始元の大魔導師』殿の無欲は前々からのこと。

 では、サフラの件が終わったら、その場で叙勲をすることとしよう」

 「ありがたき幸せ」

 「王からのということで、奨学金の話も考えておこう」

 「ありがたき幸せ。

 彼らは、必ずダーカスの発展に寄与してくれるでしょう」

 「余もそう願っている」


 そんなんで、学校のことは、一段落したと思っているよ。保護者達の認識への努力と、6年制への発展の検討はまだまだ続けるけどね。

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