第19話 川下り 4
魔術師さん達は魔術師さん同士、2人で話しながら弁当を広げている。
ここで働いている人たちには、ヤヒウの乳から作った短期熟成のチーズとか干し肉に加えて、この場で作ったというか、戻したというか、芋の粉のマッシュポテトとか、そんなものしかない。
まぁ、俺達が広げた弁当も大して変わらないんだけどね。
てか、運べる食事としては、普通にこの世界だとこれがごちそうで、これしかないんだ。
ダーカスでは、緑の葉っぱの野菜が収穫期を迎えている。ナスやキュウリなどの、実が生る野菜も近いうちに収穫が始まる。今年収穫の新芋も穫れ始めているし、王様にお願いして、定期便で運べないかなぁ。
これほど川が穏やかに流れているのならば、今の徒歩の定期便にボート便を織り交ぜても良いかもしれないし。そうすれば、1人1つでもトマトとか配れるかも。
定期便のためにダーカスに来る人は、ボートを荷車で運ばなきゃだから大変だけど、帰りは歩かなくて済むし、生鮮食品と一緒の帰着だとみんなに喜ばれるから、お使いのし甲斐はあるんじゃないかな。
それに、働いている人たちに少しはいい思いをしてもらわないと、チームリーダーの最年少の魔術師さんが苦労することになるからね。
モチベーションの高い開墾組だって、乾き物ばかりじゃ、きっと顔が乾いて力が出ないよ。
いくらこれがこの世界の当たり前だからって、当たり前のままにしないほうが良いよね。栄養失調になってからじゃ遅いし。
働いて貰う以上、その分の栄養は配給してあげないと。
人数が多いと、
わいわいとご飯を済ませてから、建設組のみんなに別れを告げる。
て言ったって、また割とすぐに戻ってくるんだけどね。俺もここでの、配線工事があるんだ。
「ケナンさん、確認なんですけど、これからの急流、ボートがひっくり返る程のものではないという話でしたよね」
「ええ、ただ、ここから先は、南、つまり右へ右へと流されないと、細い支流に嵌って抜け出せなくなるおそれがあります。
最後の1か所だけ、左があるので、それは私が指示します。
なので、後続のボートは、しっかり付いてきてください。
流れが浅いので、顔を出している岩や川底を突くだけでも方向は変えられるでしょう。
私とアヤタは、その流れを知っているので、ボートには分乗します。
あとはボートから振り落とされないように気をつけていれば、そこは終点です」
「ということなんで、みんなで頑張りましょう」
「応っ!」
さ、ゴムボートを出そうか。
再び、ネヒール川の流れに乗った。
だんだんと流れが早くなり、「後戻りできない感」が強くなる。
ケーブルシップが完成すれば、ボートはケーブルによって支えられるからどこまでも流れに翻弄されることはなくなるけど、今はそれに逆らう方法はない。
そこが正直怖いけれど、ケナンさんの判断を信じて行くしかない。
ふと見たら、ルーの顔が強張っている。
ああ、やっぱり怖がりだなぁ。
頭、ぽんぽんってしてやると、「馬鹿にするな」って感じで睨みつけてきたけど、青ざめた顔色で全然説得力はない。
周囲の岸がどんどん低くなり、川面に白い
視界が広がり、周囲の荒涼とした大地と正面に海が見えた。
次の瞬間、「ぐんっ」てボートが加速した。
流れは再び崖に挟まれ、遠くの景色を眺めることはできなくなった。
というか、遠くを見るような余裕はない。
ボートの外周に回されている安全索を握って、揺れに耐える。
で……。
1分ほどでなんか落ち着いてきた。
確かに流れは速い。でもね、思っていたより流れは広いし、ボートが流れから跳ね上がるようなこともない。
油断はできないにせよ、10回のうち8回は死ぬという難所ではないよ。
ただ、それでも10回のうち1回は死ぬかもなー。
でも、落ち着いていれば大丈夫。
2階の屋根のてっぺんに初めて立った時に比べたら、全然怖くない。屋根から落ちたら即死だけど、流れに落ちても泳げばいいからね。
最悪、息継ぎだけしながら流されていったって、最後は流れは落ち着くんだ。
とはいえ……。
救命胴衣とかって、考えたほうが良いのかもしれないけど、スィナンさんに相談しないと、実現性すら解らないな。
「ルー、あとでスィナンさんに……」
と言いかけて……。
あー、こりゃダメだ。
人間、ここまで力強く、瞼をつぶれるもんなんだなぁ。目の辺りに不等号の記号が書かれているみたいだ。2つとも共に鼻に向かって「小なり」だ。
で、両手でこじ開けても、その琥珀色の瞳は見れそうにない。
「ルー、大丈夫だから、ほら」
「信用できません!」
「なんでよ!?」
「『始元の大魔導師』様は、発破の時に私を騙しました!」
「騙したのは悪いにせよ、ルーも不覚悟だったんだろ?」
「それとこれは違いますっ!」
「いや、なにが違……」
「黙っていてください! もう無理っ!!」
あーあ。
とりあえず、丸くなって、力がこもって固くなっている背中をぽんぽんってしてやる。
先行するボートから、ケナンさんが棒を持って膝立ちになるのが見えた。
俺の乗っているボートでも、アヤタさんが同じように棒を持って膝立ちになる。
もう、オールではどうこうできないからね。
ちなみに、この棒、木材だ。
ここのところ、古い木材の価格が暴落を始めているんだそうだ。
どうやら、ダーカスで植林しているという噂が大陸中に流れた結果らしい。
おお、剣使いは、船を操るための棒を持ってもサマになるねぇ。
川岸や川底をぐいって突いては、ボートの向きを変えていく。
それを見ながら、アヤタさんも、同じことを
アヤタさん、弓矢だけでなく、棒術もできるんじゃないかな。
なんか手慣れている。
ってか、まあ、この世界の男子は、棍棒ぐらい振り回せないと馬鹿にされるんだろーけど。
ボートは、見えている支流への分岐を躱しながら、本流に居続ける。
飛沫で全身が濡れるけど、夏の
「最後っ!!」
川の流れの轟きを抑えて、ケナンさんの声が聞こえてきた。
「応っ!!」
アヤタさんが返して、川底を突いてボートを左に向けた。
左に行ったということは、最後の分岐なのかな。
だとしたら、この旅もそろそろ目的地に着く。
「ルー、そろそろ着くよ」
「嘘です!」
「ええかげん、人を信じろ。
最後ぐらい眺めを見ておかないと、王様にも報告できないぞ」
そう話している間にも、川の流れの音は静かになってきた。
ルー、おずおずと目を開ける。
ボートの安全索を握りしめていた、両手が真っ白だ。
そんなに力を込めてボートに掴まっていたのかって、ちょっと可笑しい。
周囲は低い崖。
で、前方はひたすらに平らな湿地帯。そしてその先には海。
崖が湿地帯に溶け込む寸前の右岸に、テントが見えてきた。
パターテさんとデミウスさんに会えるな。
スマホで確認したら、急流に流されていてた時間、10分もない。
もっともっと長く感じたけどねぇ。
とにかく、これで、おおまかな航路の開発はできたことになる。
釣瓶の位置の確認と、ケナンさんとアヤタさんに、支流へ間違って入り込まないようにロープ張るとか、目印を付けてもらえば完成だよね。
どちらにせよ、1つ工程は進んだ。
「鍾乳洞の入口、見えたでしょう?」
アヤタさんが聞いてきた。
「えっ!?」
「見落としました? 大きな入口が見えたはずなんですけどねぇ」
「いや、気が付きませんでした……」
そう答える。
たまたま、反対側の岸を見ちゃっていたのかねえ?
「『始元の大魔導師』様。
実は怖くて目を瞑っていたんでしょう?」
「ルー、ルーが偉そうに言えることじゃないだろ?」
「上から言えなくても、下から引きずり下ろすために言うことはできます」
「あのなぁっ!
『始元の大魔導師』様を落とすんじゃねーよ。
たまたまだ、たまたま!
それに、帰りにきちんと見て帰るし」
まったくもー、危機をくぐり抜けた瞬間からコレだよ。
懲りないヤツだ。
パターテさんとデミウスさんが手を振っている。
ボートが下って来たのを見つけてくれたらしい。
俺達も大きく手を振り返した。
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