第20話 ギルドの出張所
トーゴの開墾地に着いた。
考えてみれば、建造中の
ただ、高低差が距離を感じさせているんだ。
その高低差だって、そうあるわけじゃないんだろうけど、水の流れで感じると思いっきり急流になってしまう。
とはいえ、本当にざっぶんざっぶんくるような状況じゃなかったんだけどね。
たぶん、命がけのアドベンチャーと感じたのは、ルーだけだったと思うよ。
で、パターテさん、ボートから降りた俺達に、状況の説明をしてくれた。
今、排水路を掘っていて、これが開墾しようとしている沼とネヒール川の下流と結ばれれば、一気に排水が進むだろうって。
で、ケナンさんの報告だと、このあたりの湿地帯は、もともとこの世界の稲であるイコモがいくらか自生していて、その株元で泳ぐ生き物もいるという話だった。
つまり、元々水田に適している土地なんだ。
「まぁ、現在の状況を見てください」
パターテさんにそう言われて、川原を歩き出す。
老農夫というのを絵に描いたようなパターテさんだけど、足腰は俺より強いんじゃないだろうか。歩く速さが、俺の小走りくらいだ。ルーは完全に走りになっている。
川岸からちょっと登って、と言っても50センチくらいだけど。
パターテさんに、「下流側を見ろ」って手を差し延べられた。
おお、すげー!
深くて幅の広い水路が、下流側から登ってきている。
何十人もの男が、ひたすらに掘り、その土を積み上げ、叩き、水路を形作っている。
「なんで、上流側から工事しないんですか?」
「水に浸かって土を掘るのは大変ですからね」
俺、馬鹿みたいなことを聞いてしまったようだ。
そりゃそうだ。湿地帯で水路を上流に向けて掘り上げるのであれば、湧いてくる水に晒されなくて済むよ。
「川、水路、堤防の順に並んでいるのは。堤防の上が道路になるからですね?」
「さすがは、『始元の大魔導師』様。
そのとおりです」
うーん、ちっとは『始元の大魔導師』様の評価のリカバリができたかな。
「一日にどのくらい水路は伸びるんですか?」
「100人での工事ですから、100人の身長分と考えています。
高低差があまりない土地なので、排水路も長くなります。ですが、これさえ完成すれば、今の胸まで浸かるような湿地ではなくなりますから、農作業も可能になるでしょう」
すげーな、エモーリさんの鉄製農具。これが作られる以前だったら、1人あたり1.5メートルも堀を掘れなかったことは確実だよ。
「で、そっちに見える沼を100区画に分けるのですね?」
「いえ、その上に見えるあの沼にも排水路は繋ぎます。これで、1人あたりの面積は倍になりますからね」
「なるほど」
開墾のことなんか分らないから、俺の返事、きわめてエエ加減。
いや、良い加減と言って欲しいな。
「もう数日で、1つ目の沼には水路が繋がるでしょう。
ですが、繋げるつもりはありません」
「なんでですか!?」
「野生のイコモが生えてますからね。
それの種子が実ったら、それを収穫して、それから水を抜きます。
ここでの食料や現金収入にも、また来年の種子としても、この収穫は欠かせません。
今水を抜いたら、すべて倒伏してしまって、せっかくの穂がみんな水に浸かってしまいますからね」
「なるほど……」
凄いな、農業する人は。
いちいち来年のことなんて考えてないよ、俺。
ま、工事している家が、古くなったときのことは考えるけど。
「魚とかはいないんですか?」
「いるようですね。
そのうちに何人かは、より下流に行ってもらって塩田を作ってもらおうと思っています。
塩があれば、魚を焼いて、イコモと食べられますからね」
焼き魚とご飯ぢゃねーか!!
それは、俺、食べに来るよ。ここまで。
ダーカスで穫れた菜っぱを持ってさ。
「水が抜けたら、冬の間に平らに均し、土を運んで畦や水路を作ります。
来春からは、『始元の大魔導師』様の持ち込まれた、コシヒカリと両方作れますよ」
はいはい。
なんとなく頭ん中、焼き魚とご飯でいっぱいで上の空になっている。
これで醤油があれば、もう、言うこたーねぇ。
ルー、人のことを非難がましく見るな。自分の世界の飯が食えるかもと思えば、このくらい上の空にもなるよ。
そのあとを、デミウスさんが引き続いて現状説明をしてくれた。
「すでに、全員が読むだけはできるようになっています。
ときどきは魔術師様も来てくださって、簡単な計算を学び、また、『始元の大魔導師』様に教わったという九九を唱えています」
「デミウスさん、怖い先生なんですってね?」
「怖い先生を演じないと、だれも覚えてくれませんからね。
それに
「大変でしょう?」
最後は、小声で聞く。
「ええ、誰にも心情は話せませんし、もしも落ちこぼれて読み書きができないまま終わってしまった奴が出たらどうしようかとか、胃が痛くなります」
ああ、本音が出た。
デミウスさん、俺達だけには1回腹を割っているからね。
どうせ、そんなことだろうと思っていた。
「でも、120人から教えて、1人も落ちこぼれを出していないんでしょう?」
「ええ、今のところは……」
「なら良いじゃないですか。
銀貨の争奪戦をさせてるって聞きましたけど、最後のテストのときの賞金に、銀貨を20枚、私の方から割増してもいいですよ。
デミウスさんと1位のチームで分け合ってください」
「ありがとうございます。
みんな、励みになると思います。もちろん私もですが……」
教育が上手く行けば、デミウスさんを先生に選んだ俺は正しかったことになるから、教育費はまるまる王様にお願いできる。
だから、ここで銀貨を20枚供出しても、大して痛くないんだよ、俺。
それより、この内気で人見知りなゴ○ゴ○3を見られるのが、相当に楽しかったりもするしね。
「実は、胃が痛い理由はもう一つあります」
「なにか、上手く行っていないことでもあるのですか?」
「いえ、ダーカスから新たな依頼がありまして……」
「ハヤットさんから?」
「ええ。
まだ内々の話なんですけど、私が答えを出さないと……」
「差し支えなければ、教えて下さい。
あー、ルーも一緒に聞きますけど大丈夫ですよね?」
「ええ」
そう言ってデミウスさんが話し始めたのは、ここ、トーゴにギルドの出張所を置く計画だった。
「ダーカスの地区長が言うには、ここトーゴに、ギルドを通して120人からの人数が送り込まれていて、冒険者名簿から抹消したからと言って知らんぷりもできないそうです。いくらかアフターサービスも必要だろうし、とのことです。
なんだか、そういう前例にして残しておかないと、将来、大規模な人さらいの手助けをギルドがすることになりかねないって話でした。
また、農作業のピークの時期は、そのときだけ人を雇いたいって依頼もあるだろうし、そのたびにダーカスのギルドまで行くのは大変だろうって。
で、ここにギルドの出張所を置いて、1人常駐する職員を置きたいそうです。
王様が公約通りに、ギルドの人員を増やす措置をしてくれたそうなので、そんな余裕もできたそうなんです」
ああ、思い出した。
この世界に来てすぐに、
「で、なんですが、ダーカスのギルドのラーレさんがこちらに来るかもって話なんです。
ここは、男所帯ですから、綺麗なラーレさんが1人で来るのは不安なので、私に警護依頼が来ているんです」
えっ、ラーレさん、ここに常駐になるの?
「たぶん、私は気が小さいから、ラーレさんを裏切って襲うようにはならないと思われているんですよね……」
め、めんどくせぇなぁ!
なんで見た目それで、そこまで気がちっちゃいんだよ。
「そんなことはありませんよ。
デミウスさん、信用されているんですよ。
だって、シルバー
他の人とは違いますよ」
俺がそう言うのに、デミウスさんてば、まったく信用してない。
「いや。
あのラーレって人は、私のことを……」
「なに言っているんですか?
ラーレは現実的な人ですから、本当に信用できると思っているんですよ」
そう、ルーも言う。
「……もしかして、デミウスさん、ラーレさんのこと好きなんですか?」
ああ、答えなくてもいい。
赤くなったゴ○ゴ○3は見たくない。
しかたない、一肌脱ぐか。
さらに小声で話す。
「デミウスさん。
この話、裏があります。
サフラのスパイが、
魔素の充填が終わったコンデンサの持ち逃げか、
デミウスさんの目が丸くなった。
うん、驚きの表情のゴ○ゴ○3も滅多に見られないな。
「なので、ギルド出張所の話も、そいつを送り込んでしまったということへの対処という一面もあるでしょう。
ここで全員への顔が効くのは、デミウスさんだけです。
そのスパイを見つけ出せたら、その功は比類なきものでしょう。
ダーカスの王からも、いろいろとお声が掛かると思います。
そしたら、ラーレさんも……」
デミウスさんの顔が、殺しのプロっていう感じになった。
はいはい、やる気が出たのはいいけど、無茶はしないでよね。
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