第21話 報告


 開墾組にも「王様から」って伝えて蜂蜜は渡せたし、あとは俺、トーゴの洞窟を見て帰ればいい。

 鏡職人のパーラさんは、下流に向かって川原を走り、ダーカスが見えるポイントを見つけ出してきた。

 で、書記官さん、そのポイントを地図に書き込んでいた。

 そこが、ケーブルシップの終点になる。

 これで、今回の旅の最大の目標、完遂だ。


 よくもまぁ、直接見えるポイントを見つけ出したものと思うよ。

 俺も、「ここだよ」って教わって眺めてみると、ネヒール川の急流の崖と岩の間の僅かなところから、ようやく見えるだけだからね。もっと海辺に寄ればもっとしっかり見えるだろうけど、その分距離が離れて、ケーブルの長さが必要になってしまう。

 そして、このケーブルシップの終点の船着き場が港になって、ダーカスの海に向けての玄関口になるんだ。



 ゴムボートを1隻置いていくって話をしたら、パターテさんは大喜びをしてくれた。

 野生のイコモの収穫が楽になるって。

 それに、いくらか沼で漁もできれば、円形施設キクラの建築組にも提供できるって。

 それは、本当に良かった。

 なんせ、パターテさん、口には出さないけど、きっとヤヒウの乳から作った短期熟成のチーズとか干し肉と、芋の粉のマッシュポテトだけの食事に飽き飽きしていたんだろうね。

 なんだかんだ言ってパターテさんは農家だし、この世界で希少な野菜も食べることができていたんだろうからね。


 で、残りの1隻は、空気を抜いて折り畳んで台車に載せた。

 書記官さんの地図もだ。結構な量があるからね。

 帰りは徒歩だ。

 ケナンさんとアヤタさんが、「早く帰ろう」ってせっつくんだよ。

 トーゴの洞窟で夜を過ごしても良いかもしれないってさ。

 ま、さらに足を伸ばして、円形施設キクラの建築現場まで戻ってから一泊も悪くないよね。


 今の段階では、どこで泊まっても野宿と大して変わらない。

 むしろ、洞窟の方が風雨を防ぐという意味ではマシかもしれない。確かに一理ある。


 なんて思っていたら……。

 ケナンさんは、ここに残るって。

 なぜなら、トーゴの洞窟探検と、川下りのボートの支流への迷い込みを防ぐ方策の2つがケナンさんのパーティーへの依頼になっている。だから、王様の依頼で外国に出てしまって仕事が遅れたけど、依頼を果たすための準備がしたいって。


 なるほど。

 その事情は解る。

 けど、「さっきの、『急いで帰ろう』ってのと話が違うじゃん。で、弓使いのアヤタさんも残るのかな」って聞いたら、それは俺達の護衛もあるから同行するって。

 まぁ、そのあと、他の人に聞こえないようにひそひそされた。


 サフラのスパイがいるならば、俺を殺しても目的は達成できるって。ダーカスの発展は、もう戻りようがないところまで来ているような気がするけど、他国からしてみれば、これ以上の差を広げられなくて済むという意味で、俺の命には奪うだけの価値がまだあるんだと。

 だから、アヤタさんがダーカスまでがっちり守るって。

 そうなると、「円形施設キクラの建築現場まで戻ってから一泊」なんて思っていたの、とても危険だったのかもしれないね。


 じゃあ、「トーゴの洞窟で泊まるのかな」なんて考えていたら、アヤタさん、「私達が設営したキャンプがそのまま残っていますから、そこで泊まりましょう」だって。

 ああ、続いての依頼が見えていたから、探検のときに設置した設備を撤去していないんだ。

 なるほど、襲撃者対策と考えたら、それは洞窟よりもさらに安全かも。

 ルーも話を真剣な顔で聞いているけど、怯えは見えない。俺にはこっちの方が川下りよりも怖いけどなぁ。どうもルーは逆らしい。

 ルーは、人は怖くないみたいだ。


 ともかく、俺達、歩き出した。

 ボートに乗っているよりも、道々話が弾む。

 きっと体を動かしていると、疲れないように気持ちをあちこちに向けようって無意識に考えるんだろうな。


 一応、原始的な方法だけど、かわりばんこに歩数も数えた。

 ルーは1人だけ飛び抜けて歩幅が狭いので、この役目は免除。しゃーない、背が低いんだから。差別じゃなくて、区別だぞ。

 ともかくこれで、ボートから所要時間を測ったよりは正確な距離が出るだろう。


 トーゴの鍾乳洞を覗き、冷蔵倉庫として使えそうなことも確認した。

 ケナンさんの言うとおり、コンクリートっぽいもので遊歩道ができているので、中に棚を作るのはそう大変ではないだろう。

 で、洞窟の奥から、うっすらと生臭い風が吹き出てきているのが、洞窟の底を流れる川に生息する魚に由来するものなのか、洞窟の奥でなにかのモンスターが成長しているのかは判らなかった。

 ただ、ルーが怖がっていたから、なんらかの怪しい生き物がいるのは確実かもしれないね。人は怖くないくせにさ。

 ルー、本当に勘が良いからねぇ。右脳派なんだろうな。


 翌日、円形施設キクラの建築現場にも、一瞬立ち寄った。

 最年少の魔術師さんが、意味有りげな視線を向ける。

 俺も、なんとなくそれを見返すけど、どうしていいか判らなくてそのまま出発になってしまった。



 − − − − − − − −


 お昼過ぎ、無事に9人でダーカスにたどり着いた。

 ケナンさんが残ったので1名減。で、ダーカスとの定期便の1人は、別の人に交代している。

 そして、そのまま俺達は、王宮に帰着報告に行く。ゴムボートを運んだ若いもんはそのままスィナンさんのところでボートを返し、ギルドに戻る。

 定期便の1人は、いつものダーカスでの用を足すコースを巡ったら、トーゴに戻る。


 「ご苦労だった。

 トーゴはどのような状況だったか?」

 王様の高い声が俺達を迎えてくれた。


 一通りの状況を説明して、ケーブルシップの船着き場の候補地を押さえてきたこと、新たに開墾のできる水のある土地を探せたこと、それからトーゴの円形施設キクラとダーカスの円形施設キクラの間を結び、かつ避雷針アンテナを立てられそうな場所を、帰りに歩きながら見繕えたことなんかを話した。

 

 それから、建築組と開墾組の双方に、生鮮野菜の差し入れの許しをお願いした。王様、鷹揚に頷いて、願いを聞き届けてくれた。まぁ、銀貨3枚くらいあれば120人分くらいの野菜は買えるだろうから、10回の差し入れをしてもそう酷い出費ではない。


 そのあと、王様は、デミウスさんを選んだ俺の目の確かさを褒めてくれた。

 褒められると、それはそれで困るもんだね。

 とてもじゃないけど、「ゴ○ゴ○3に似ていたから大丈夫だと思った」なんて白状はできないよ。



 「さて……」

 と王様が語調を変えた。

 本題だな。


 「どうだ?

 トーゴの円形施設キクラの建造現場に、サフラの回し者はいそうか?」

 「まだ判りません。

 ですが、先程のデミウス氏は、読み書きを教えるために、トーゴにいるすべての人と顔見知りになっています。

 その彼が、協力を約束してくれています」

 俺、そう答える。


 続いて、同行してくれていた魔術師さんも答えた。

 「王の親書は、『始元の大魔導師』様に届けていただきました。

 我らは、魔術師同士として忌憚なく話しましたが、未だ、判らずとのこと。

 本音を窺うための魔術もありはしますが、相手が魔術の心得があった場合、藪蛇になる可能性もございます。

 『始元の大魔導師』様がデミウス氏に話を持ちかけていたので、こちらも駐在魔術師にデミウス氏と密かに連携を取れと、話を付けて参りました」

 おお、いつの間にそんな話をしていたんだろう?

 魔術師同士ってのは、きっと話が早いんだろうなあ。


 「デミウス自体は、疑わしくはないのか?」

 王様が、確認してくる。

 「もしも、彼がスパイだとしたら、彼の胃には穴が開いているでしょう。良くも悪くも、そのような仕事はできぬ人柄です」

 ルーが答えた。


 「うむ、それでは、打てる手は打ち終えたということか。

 あとは、日替わりでダーカスに定期便の連絡をしに来る者を見張るくらいしか、こちらにできることはないな。手は抜かず、ただ焦らずに待つことにしようか」

 王様はそう話をまとめた。


 そこで、俺、思いついて王様に声を掛ける。

 「おそれながら……」

 「なにか?

 『始元の大魔導師』殿」

 「デミウス氏がサフラの回し者を発見した場合、なんらかの褒美を与えていただけないでしょうか?」

 「そのようなこと、『始元の大魔導師』殿が申すまでもない。

 当然、なんらかのものを与えるが、敢えて言うのはなぜか?」

 えっと……。

 なんで他人事なのに、恥ずかしくって言い難くなるかな……。


 口ごもっていたら、ルーが代わって話してくれた。

 「デミウス氏は、ラーレを想っております。

 ですが、ラーレは病身の両親を抱えて働かねばならぬ身、まずは相手に生活を頼らざるをえませぬ。

 デミウス氏もシルバークラスに手が届くほどの剛の者とはいえ、冒険者である以上、根無し草であるのは仕方のないこと。

 ですので、ダーカスにて、なにか活計たつきを得る道があればと」

 えっ、ラーレさんの両親って病気だったの!?

 それは初めて聞いたぞ。


 「ほう、その心配を『始元の大魔導師』殿がなさるのか?」

 「えっ!?

 ええ、ラーレさんの窮状は知りましぇんでしたけど、なにかの事情はありそうだなと思っておりまして……」

 ああ、噛んだ。

 だめだ、緊張すると。


 ルーがさらに言葉を重ねた。

 「ラーレは、憐れと思われたくないと、事情を伏せております。

 ですが、そろそろ、さすがに見ておれませぬ。

 デミウス氏が現れたのも一つの縁、なにとぞ、よろしくお願い申し上げます」


 王様、無言だ。

 ちょっと、ゴリ押しのお願いだったかなぁ。

 そう不安になった頃、ようやく、高い声が聞こえてきた。

 「『始元の大魔導師』殿……。

 人の心配もよろしいが、ご自分の……」

 なんでため息つくよ、王様?


 「……まぁ、よいか。

 今の話、余の心に留めておこう。

 確かに、この短期間で、100人に読み書きを教える手腕は並々ならぬもの。ダーカスに留め置くべき人材ではあろう」

 

 「ありがとうございます」

 そう言って、俺は頭を下げた。

 なんか、納得いかないけど……。

 俺だって、ちっとはものを考えてはいるんだよ。

 結論が出せないだけで……。

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