第18話 川下り 3
ボートは川を下る。
書記官さんに地図を見せてもらって、スマホの時計と照らし合わせて、次の船着き場の候補位置を考える。
ケーブル動力で船を動かすとなると、上りの船が止まれば下りの船も止まる。原理が
いままでに目安を付けた良い船着き場の位置は、そのままその先の船着き場をも決定してしまうんだ。
また、立地条件が多少悪くても、どうしても船着き場として押さえたい場所もある。
トーゴの急流の手前と、そこを降りきったところのケーブルシップの終点、これはどうやっても外せない船着き場だ。
距離的に、トーゴの急流の手前の水が確保できそうな場所と、釣瓶の位置が釣り合えば良いんだけどね。
始点と終点以外は、そのバランスの問題が常に付きまとうんだ。
川の流れが、速さを増している気がする。
ケナンさんの報告にあった、急流が近いのだろう。
実際に速くなったかというよりも、両方の岸の高さが減ってきていて、景色が開放的になって、その分、視点が動くのがよく解るようになってきたのかもしれない。
「ケナンさん、急流になる手前に船を止めたいですよね。どこかいい場所ってありますか?」
「急流になる手前に、川の流れが分かれる場所があるんです。そこで川幅も広くなって、浅くなって、流れが速くなるんです。とはいえ、徒歩で渡河できる程度ですけどね。
そこが良いでしょうね」
「トーゴの鍾乳洞ってのは、どこになるんでしょうか?」
「この先すぐの、急流になった川の南岸に口を開けていますよ。たぶん、今いる場所も、地下には洞窟が伸びているかもしれませんね」
そか、このあたりの土地、ゆっくりと侵食され続けているんだな。
それが下流に溜まって、ケナンさんの報告にあった泥地になっているんだろう。
ケナンさんが手をあげた。
ボートは南岸に着けられた。
「この辺りが良いところだと思います。
あまり急流近くまで攻めない方が良いでしょうし、これだけ川原が広がっていたら、船着き場の位置の多少の上下も飲み込めるでしょう。
なにより、この辺りならば、まだボートが揺れる心配はないです」
確かに、船着き場は、落ち着いて操船できる場所がいいよね。
「書記官さん、地図を見せてください」
古くて、縮尺とかあまり当てにならない地図かもとは思っていたけど、考えてみたら、この世界がこうなってしまう前のものかもしれない。とすれば、古いものを代々描き写してきた、正確に地図ってこともありうるよね。
いまさら気がつくってのも、
見せて貰った地図で、おおよその現在地のアテをつける。
来る途中、川岸の北と南に水源があった。それは、やはり目安ではあるけど、この地図に描き込まれている。
この場所と、そのどちらかの場所は、釣瓶のバランスが採れるんじゃないかな。
北の方がより良いかもだけど、あとは、実際にケーブルを流してみなきゃ判らないだろう。
そして、この近くでトーゴの
そりゃそうだ。天から降ってくる魔素流を受け止めるのには、標高が少しでも高い所が良いんだから、急流の手前になるよね。
これができれば、この辺り、放牧しても、畑を作っても、街を作ってさえ良くなる。
で、この下の水田の開墾地はぎりぎりでセーフティーゾーンになるけど、魔素流を受け止めてくれる避雷針アンテナを立てておかないと危なくってしょうがないくらいのぎりぎりさだ。ならば、素直にアンテナを立てて、周囲の耕地も含めて広く安全を確保したほうが良いって計画になっている。
「順調に来れたからちょっと早いですけど、お昼にしませんか。
ボートを一旦川から引き上げて、
工事の状況、楽しみにしてきたんですよね」
そう、みんなに声を掛けると、賛成して貰えた。
周囲の調査もあって、時間が読めなかったから、予定はしていなかったんだよね。
「それでは、『始元の大魔導師』様。
建築現場は、あそこです」
トーゴとの連絡役で、便乗してきた若い
その先を見てみると、工事中の安全を保つために運んだアンテナの先が見えた。
なんとなく、「なるほど」って思う。
近い。数百メートルってとこだろう。
で、も1つ、「若い
掛け声を掛け合って、全員でゴムボートを岸に上げる。
そか、船よりも良いところは、軽いことだなぁ。雨が降って増水するようならば、こうやってボートごと高い場所に逃げちゃえばいいんだ。
「それでは行きましょうか」
また、そう言い合って歩き出す。
岸を登るとすぐに、石工さんたちが働いているのが見えた。
最年少の魔術師さんがいるのも、すぐに見つけた。
向こうからも気がついて、手を振る。
なんて言うのかな、再会ってのが、元いた世界のときよりも嬉しい。たぶん、再会の確実性みたいなものが、こっちの世界の方が低いからなんだろうね。
最年少の魔術師さん、小走りに近寄ってきた。お互いに手を握り合う。
「『始元の大魔導師』様。
よくぞおいで下さいました」
「来たかったんですよー。
現場も見れて嬉しいです。
それから……」
王の密書を手渡して、ささやく。
「これは、周囲に誰もいないところで見て、その後は処分してください。
ちょっとまずい事態が起きてます」
目つきだけで最年少の魔術師さん、了解の意を伝えてくる。
あまりヒソヒソやっていて疑念を抱かれるのも嫌なので、俺、大きく手を振って全員に声を掛ける。
「王様からの差し入れです。
甘い蜜です。
まだ、ダーカスでも、王様自身が毒味をした以外、だれも味わっていない美味です。
シュッテさん達の石工さん、トーゴの開墾組との三者で分け合ってくれとのことでした。
みんなで少しずつでも食べてください」
そう言って、金の壷を掲げる。
「応っ」
って声が周囲から湧く。
その声を聞いて気がついた。
おそらくだけど……。
避雷針アンテナを
自分の生きてきた街が広がって、より良くなることに純粋に喜びを感じて熱狂していた。
でも、ここの人たちはギルドの依頼で集まっただけで、ダーカスに愛着はない。だからか、返事の声が冷静。
川の急流の下で、開墾している人たちは、また違う。
あの人達は、「自分たちの永住する村を作る」という意識で頑張っている。
土地に対する愛着は、否応にも増していくだろう。
そうか、初めて気がついた。
ここの人たちには、王様が1番気を使っているんだ。
だから、不自然にならない程度に、恩恵を与えているのかもしれないなぁ。
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