第16話 川下り 1


 1日置いて、早朝。

 俺とルー、ネヒールの大岩のところにいた。

 発破から大して経っていない気がするのに、工事の進み具合は眼を見張るようだ。

 岩を削る工程と、すでにできている石ブロックを組む工程では、ここまでスピード違うのかなって思わされる。


 プラットホームは下流側に伸びつつあるし、すでにリバータの骨の足場は組み直されていて、空に綺麗なアーチが描かれている。

 きっと、石をこの上に並べてアーチを組むんだろうけど、あっという間にできてしまうんじゃないだろうか。

 工事の遅れのストレスからげんなりしていた石工組合のシュッテさん、きっと枕を高くして寝られているに違いない。


 俺がもっと暇だったら、ずっと工事を見ていたかったけど、そうもいかない。

 もう、ゴムボートが用意されていて、荷物も積まれていて、出発を待つばかりなんだ。


 当初の予定と変更点がいくつか。

 川下りのメンバーのうち、ギルドから来てくれる冒険者若いもんは4名の予定だったけど、2名になった。

 代わりにケナンさんとアヤタさん。

 だって計画時には、この2人、ダーカスに戻っていなかったからね。

 でも、いるならば陸地側からの観察との整合性を取るためにも、この2人の方が良い。


 結果として、魔術師さん1名、ダーカスの地理をそこそこ解かっている書記官1名、帰り道に台車でボート運搬ができる力のある人が2名、トーゴに戻る連絡役の便乗1名、俺とルー。ケナンさんとアヤタさん。鏡職人のパーラさん。

 で、書記官さんが、まだここに着いていないから待っている。

 さらにもう1つだけど、トーゴの区画整理と開墾は湿地との戦いだから、ゴムボートがあったほうが良いんじゃないかって、王様が言ってくれた。だから、ダーカスに戻すゴムボートは1隻。となると、その分の運搬人もいらなくなるから、ケナンさんとアヤタさんの両方が乗れたんだ。

 これは、ケナンさんとアヤタさんが、大量のゴムの原料のゴーチの木の樹液を持ち帰ってくれたお陰でもある。


 特に華々しい見送りがあるわけじゃないけど、でも、こういう出発っていいよね。なんか、とてもわくわくするよ。

 で、肝心のルーの顔色が冴えない。

 「ルー、どうしたん?

 いつになくどんよりしてるよね?」

 「『始元の大魔導師』様。

 怖くないんですか?」

 「ん、なにが?」

 「だって、水の上を行くんですよ?」

 「えっ、水の上だとなにが良くないの?」

 「……」

 あ、このやろ、黙ったな。


 「コラ、白状しろ!」

 「……私、泳げません」

 「マジ?」

 「私だけでなく、みんな泳げないと思います」

 ああ、そうなんだ。

 ま、確かにこの世界に来てから、プールは見たことないね。


 泳ぎを教えるとかの話になると、また棍棒とか出てきて話が泥沼になるのが判っているので、ケナンさんに話を振る。

 「ケナンさんは泳げるんですか?」

 「リゴスの民は皆、泳げますよ。

 リゴスの街は、湖沿いにあるので、円形施設キクラの作る安全範囲に、水面も含まれているのです。子供の遊びで泳ぎは必修ですよ」

 「なるほど。

 アヤタさんは?」

 「サフラは街の横に川が流れていますけど、あまりに寒くて、とても泳ぐなんて話にはなりませんね」

 ああ、サフラは北の国だったもんねぇ。

 ダーカスの事情だと、危険な川で無理して泳ぐこともないだろうし、ルーの言うとおり、泳げない人の方がずっと多いのかもしれないね。


 「共に、ここと気候は違っていても、良い街なんでしょうねぇ」

 「いえ、今はダーカスが良いですよ。

 やっぱり、ミスリルクラスなんて言われていても、冒険者は結局、根無し草ですからね。活気のあるところが良いところですよ」

 そうかぁ。根無し草か。

 俺も、ルーがいなかったら根無し草だったなぁ。そんなことを考えていたら、いいこと思いついた。


 「じゃあ、パーティーの4人で、ダーカスに家を持っちゃったらどうですか?

空き家がどんどん減っていますから、押さえるならば今のうちですよ」

 「なるほど、良いかもしれませんね。

 セリンとジャンが戻ったら、前向きに相談してみましょう」

 そんな話をしているうちに大量の羊皮紙を抱えた書記官が到着して、出発となった。

 


 岩に結ばれたロープが解かれた。

 2つのゴムボートは、緩やかに流れに乗って動き出した。


 川の流れは真っ直ぐで、へんな渦とかも巻いていないし、穏やかに滔々と流れている。オールを使う必要もない。

 それでも、歩くよりちょっと速いくらいのスピードで、ボートは流れる。

 なんだかんだ怯えていたルーも、ようやくリラックスしてきた。

 ほんとにもー、怖がりなんだから……。


 で、ぼーっとしているだけで景色が刻々と変わるんだから、退屈もしなくてすむ。

 ネヒール川の浸食した河岸段丘の底って単純に考えていたけど、もしかしたら違うのかもしれない。地殻変動で、大きな割れ目ができているのかもしれない。そうだとすれば、一見侵食されて河岸段丘っぽい段々の底に川が流れているのも、その流れが真っ直ぐなのも説明が付く。

 とすれば、この谷はさらに深くなっていくんだろうけど、ま、俺が生きている間に心配しなくても良いことだよね。まぁ、万年の単位の話だ。


 出発から1時間くらい経っていて、なんとなく考えていることが頭の中で、とりとめもなくループしだす。

 この崖の上に水を運び上げないと、放牧はともかく、農地にはならないだろうから、コレ、けっこう大変かも。上流から用水を引くのは、もっと大変だろうしね。


 あと、魔素を流す配線の架線も考えとかなきゃだし、電話までは作れないかもだけど、モールスみたいな電信ならば、簡単にできるだろうし、その架線も考えておいた方が良いよね。

 帰りは陸地を歩くことになるから、ここからの景色と合成して、いいルートを考えなきゃだ。


 なんて思っていたら、北側の崖の上の方からネヒール川に小さな滝が無数に流れている場所に差し掛かった。

 俺、手を上げる。

 ボートが岸に寄せられる。一行の誰でもが、なにかに気がついたら、こうやって確認することになっている。

 なんたって、探検だからね。


 「ここなら水があって。開墾が楽でしょう?

 ここを1つ目の駅にするっていうの、いかがでしょうか?」

 そう提案してみる。


 ケナンさんが、崖の上際を目を細めて確認する。

 「このあたりに、川はありませんでしたよ。

 地下水の水流になっているんでしょうね。滝の位置からして、崖上から身長分くらい掘れば水が得られそうです。

 畑と集落、作れるでしょう」

 なるほどねぇ。

 掘ればいいのかぁ。掘り方でいろいろ考えられそうだねぇ。

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