第17話 川下り 2


 王宮から来た書記官が、羊皮紙を広げる。

 なにかと思っていたけど、どうやら地図みたい。

 ただ、相当に古そうだ。

 幾つか新たな書き込みがあって、おそらくはケナンさんの探検の結果が書き込まれているみたいだ。


 「この辺りでしょうか?」

 そう確認をとって、書記官の人、地図に今の位置の注を書き加える。

 さすがに谷底だと、今どこにいるか今ひとつ判りにくいもんね。

 そうか、王宮としても、こういう機会は逃さないようにしているんだろうなぁ。


 あ、もしかして……。

 「すみません、もしかして、王宮の学校で、社会を教えていただける予定の方でしょうか?」

 「ええ、そうです。

 仲間と3人で交代しながら、話すんですよ。

 私は、ダーカスの地理と地図の見方を話すんです」

 おお、これはこれは。

 「学校の方も、よろしくお願いいたします」

 思わず、口から出ちゃったよ。


 「とんでもありません、『始元の大魔導師』様。

 日々の仕事に追われていて、子どもに知識を伝えるという大切なことに、誰も気がつけませんでした。

 1世代ごとに伝えるべき知識が少しずつ欠けていったら、100世代後にはなにも残りません。みんな、それに気がついたんです。

 それで、王宮の書庫の奥に仕舞い込んであったこの地図も出してきて、きちんと更新しようって話になったんです。

 それに、ここのところ、王からの地図を出せって命令が多くなりましたからね」

 おお、すばらしい。

 学校の副作用が、こんなところまで……。

 で、王様、地図見ながら、いろいろと考えているらしいなぁ。


 「ケナンさん、ここの崖上は平らなんですか?」

 「ええ、ヤヒウの放牧ができそうですよ」

 それは、なおさらいいかも。

 「じゃあ、このあたり、1つ目の船着き場を作るのはいかがでしょうか?」

 そう提案する。

 「良いですね。ただ、ほんのちょっと上流のところに、河岸段丘の崖が緩やかな場所がありました。そこの方が、道を作りやすいでしょう」

 「じゃ、そこにしましょう」

 「分りました。記録します」

 そう、書記官の人が答えて、地図にチェックをしてくれた。



 さて、改めて出発。

 またしばらく行くと、今度は南岸の崖から水が流れ出ている。

 今度は、書記官さんが地図に印をしたのみで先へ進む。

 俺、スマホのストップウォッチで、所要時間を見ているんだけど、トーゴの先までの行程が20キロくらいって目安だったから、時速5キロとして2時間の位置で手を上げてボートにストップを掛ける。


 「このあたりで、上り下りのゴムボートがすれ違うことになります。

 川の幅とか、あまり代わり映えのしない景色ですけど、どうしましょうか?」

 そう声を掛ける。


 したら、鏡を磨くパーラさんが、崖上の状態を知りたいって。そこで、両岸を見渡して、川岸の崖が上手く崩れていて登れそうなところがあったので、ボートをその下に着けた。

 で、冒険者の若人2人をボート番に残して、8人で崖を登った。

 


 うーん、すごい眺めだなぁ。

 遠くにダーカスが見える。その背景にはゼニスの山が、雪をかぶって聳えている。日本アルプス以上の存在感だよ。

 南の方を見れば、ゼニスの山から続いて、低いのに噴煙を上げている山。たぶん、あれがトールケ。硫黄はあそこから運ばれてくるんだ。

 北はどこまでもゆったりとなだらかな丘が続き、遥か彼方に地平線が見える。

 東は、唐突に地面がなくなっていて、地平線が近い。


 で、地面は砂漠といえば砂漠なんだろうけど、さらさらした砂の感じはなくて、石混じりの土。ひたすらに、ただ不毛の地が続いている。

 うーん、ここで農業するならば石拾いからだけど、もしかしたら……。

 視線を下げて、地面を透かすように見て……。

 区画が見える。

 ここ、昔は街だったんだ。

 建物は焼き尽くされ、残ったものも風化し、すべては失われた。

 でも、地に刻まれた区画のあとだけは、風雨に耐えて薄っすらと残ってるんだ。


 なんかショックだった。

 俺のやっていることも含めて、人の営みの儚さを感じた。

 でも、だからといって、膝を抱えて座り込む気にはなれない。

 ただ、再びここに人が住めるようにはしたい。

 そう思った。



 俺はそんな殊勝な気持ちになっていたのに、鏡職人のパーラさんは背伸びしてきょろきょろと風景を精査していた。

 そして言う。

 「鏡で光を反射させて通信手段とするのであれば、トーゴからダーカスまで一発で行けそうですね。ただ、問題があります。

 この光の通信は、恒久的なものでしょうか? それとも、今回の工事に伴うだけのものでしょうか?

 それによって、鏡の、というより、鏡を支える台のコストが変わります。

 金は柔らかいですから、いくら綺麗に高精度で磨いたとしても、自重で歪んでいってしまうのです。

 恒久的なものならそのあたりも考えますが、今回の工事に伴うだけのものでしたら、光さえ反射するなら、どんなものでもいいですよね」


 ……俺には判断できないな。

 この先、俺が電線を引くにしても、いつになるかという問題があるし……。

 実は、それ以上に致命的な問題があるんだ。

 この話が持ち上がった時に計算してみたんだけど、金のケーブルを20キロも引いたら、直径2ミリの線で片道だけで130Ωオームにもなる。回路として考えたら行きと帰りで抵抗は倍になるから、260Ωだ。


 各金属の抵抗率は、自分の世界に戻った時に表にしておいて、戻ってきてから工具箱に貼っておいた。

 銅のケーブルなんて、この世界じゃ安定供給が望めないだろうから、こんなことも考えたんだけど、自分の先見の明を褒めてあげたい。


 ともかく、260Ωって、馬鹿にならない数字なんだ。

 配線にこれだけ抵抗があると、豆電球クラスでも点けるのは厳しい。豆電球は、0.3アンペアくらい電流を喰うから、260Ω×0.3A=78V、豆電球自体が1.5ボルト消費するので、計で約80ボルトもの電源が必要になってしまう。

 しかも、その0.3アンペア程度で、情報のやり取りができるような出力端末がそもそもない。プラモデル工作の工具箱じゃあるまいし、豆電球や電子音の玩具なんて工具箱には入っていない。ましてや、電話に必要なスピーカーもマイクもあるわけない。

 こういうのは、電気工事士の仕事の範囲じゃないんだよ。


 それに、通信目的だと、電源の長期の安定性が必要で、コンデンサより電池が欲しい。コンデンサは、安定して電圧を供給し続けるのは苦手なんだ。

 さらに根本的なことを言うならば、本当は無線ができれば一番いいんだけどなぁ。さすがに無理だわ。このあたり、ないない尽くしだよ。


 LEDクラスの消費電流なら、豆電球の100分の1くらいだから電源電圧も100分の1と低くなるけど、やっぱりそんなものは……。

 あったよ……。

 工具箱の中に、乾電池で点くLED懐中電灯があった。

 床下に点検で入り込んだりすることもあるから、小型で明るいのを選んだんだ。

 あれって、小さいLEDが幾つも基板上に並んで配置されていたから、壊さないようにひとつひとつ繋ぎ直せば、各船着き場でみんな情報のやり取りができる。


 頭ん中で、一気にいろいろが具体化した。ただ、そのLEDを使い切ったら、おしまいだ。この世界の技術じゃないからね。


 ただ、それはそれとして、通信なんてのは複数の経路が確保されている方が良いのは自明だろうな。王様は用心深いから、鏡も良いものが必要って言うかもしれない。

 「ルー、王様に、今のパーラさんの鏡の耐久性について、伝えておいてほしい。で、俺は、電気の信号をやり取りするものは作れるけど、細い線をダーカスからトーゴまで張るので、それが切れたら連絡できなくなるというリスクはあるよ、と」

 「分かりました」


 そんなことを話して、またボートに戻った。

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