第15話 作戦


 「ともかく、タイミングとしては、サフラへのゴーチの木の樹液の仕入れ自体、『始元の大魔導師』殿が召喚されてすぐに始まっている。サフラにとって、ダーカスの異変を感知する機会はいくらでもあった。

 例えば、ケナンのパーティーにしても、タイミング的にはサフラの回し者であっても可怪しくはない。同じようにして入り込んだ者はいるだろう」

 との王様の言葉。


 それに、ハヤットさんが注を入れた。

 「ただし、念の為に申し上げますが、ケナンのパーティーは違うと思います。

 ミスリルクラスまで登りつめたものが、ギルドの仕事の依頼を、スパイとして対象の盗難や破壊のために受けたとなれば、追放処分は免れません。リスクが高すぎます。

 ギルドは、国家紛争とは距離を置いています。その姿勢を、一部の愚か者のために崩されるのは、あってはならないことなのです。

 パーティー内のアヤタはサフラ出身ですが、たとえ彼がそのようなことをしようとしたら、他のメンバーがその動きを全力で封じるでしょう」

 となると、やっぱり、20人の中だ。


 「では、ダーカスとしては、どのように?」

 大臣が、みんなの内心の問いを代表して聞く。

 「なにもしてはならぬ」

 と王様。

 ちょっと、かなり予想外。

 「トーゴへの河川経路の確認も、そのまま予定通りに行うように」

 そう付け足す。


 俺、一応の確認を取る。

 「はい。

 では、トーゴでも誰にも話さなくて良いですね」

 王様はそれに答えず、再びヴューユさんに問いを発した。

 「筆頭魔術師殿、あえて問う。

 トーゴにいる魔術師は信用できるか?」

 一番若い魔術師さんのことだ。


 「ご懸念には及びませぬ。

 王も御存知のとおり、彼はダーカスに生まれ、ダーカスに育っております。

 また、魔術師は魔術師同士の相互監視がされております。

 他国の使者なりと、接触した痕跡はございません」

 「では、余が親書を遣わそう。

 『始元の大魔導師』殿、直接手渡しに渡していただけないだろうか?」

 「つかまつります」

 

 俺の返事に、「ふむ」って王様は頷くと、全員を見渡した。

 「もう一つ、話をしておきたいことがある。

 いくさの危険がある以上、そして直接の軍事力で劣る以上、魔法だけでは不十分と考える。さらに言えば、北のサフラが敵に回った場合、南のブルスに対する守りを無視するわけにはいかない。

 かといって、ダーカスに、二正面に軍を配置できるような余力はない。

 現実的にできるとすれば、サフラの軍を瞬時に撃退し、南にいつでも対処できるという形を見せることだ。

 つまり、サフラに対し、短期決戦での勝利を得ねばならない。

 そのために、『始元の大魔導師』殿の火薬も使いたいと思う」


 俺……、ちょっとの間、時間が止まったように感じた。

 いくら攻められたから防衛すると言ったって、この間の爆発から考えれば、大量虐殺になるかもしれない。

 俺、そんなコトできねぇってば……。


 「ついては、『始元の大魔導師』殿、できうる限り、これ見よがしにひけらかすような勝ち方をしたい」

 「これ見よがし、ですか……」

 俺、王様の言っていることが理解できていない。


 「つまりは、大人が子どもを相手にしたような、まともな勝負にならないということをこの大陸全体にひけらかすのだ。

 ダーカスの40人規模の軍であっても、この大陸で最大の2000人規模の軍にさえ手痛い教訓を与えられることを示したい」

 「まさか、サフラの軍を皆殺しとか……?」

 びくびくしながら言う。


 王様、思いっきり笑った。

 「『始元の大魔導師』殿は恐ろしいことを言う。

 むしろ逆に、1人も殺さずになんとかしたいと思う。

 考えても見よ。

 600人のサフラの兵を皆殺しにしたら、その家族、2000人から3000人分の恨みを買うことになる。これは、ダーカスの人口より遥かに多い。

 この人数が、親の仇だの、息子の仇だの、夫の仇だのということになれば、100年先にダーカスは滅びる。とてもではないが、恐ろしくてこのような禍根は残せぬ」

 うーん、確かに、2000人が怒りを持ってテロ起こしたら、800人の国なんて、一瞬で荒廃の極みまで行っちゃうだろうね。


 王様、続ける。

 「余自身が口に出して良いことではないので、この場のみの話として貰いたい。

 ダーカスは、世界最古の王家としての権威を持ち、豊穣の女神を祀っている。

 その権威を持ちつつも、野心を持たず、経済的無価値だからこそ生き延びてきたのだ。

 これよりその姿は変わっていくのであろうが、こちらから変えるべきではないと考える。余とダーカスは争いを好まぬし、国の姿が変わるのであれば、他国からの影響により、やむを得ず変えられたとしたい」


 なるほど。

 ヴューユさんが話す。

 「となると、威嚇で魔法か火薬を使うのが良いということになるでしょうね。

 ただ、どちらを使うかです。

 魔法は既知の力ですから、ハッタリとしては火薬の方が良いでしょう。

 魔法だと、魔素さえなんとかなれば、各国の魔術師は皆、強大な魔法が使えます。破滅的な魔法でない限り、魔術師は各王に協力しますから、リベンジ自体は可能という意識を持たれるでしょう。

 ただ、火薬の力をどのタイミングで公にするのが良いのか、それが今回なのかという問題はあります」


 俺も、意見を言う。

 「いや、火薬は科学です。

 誰でも、真似れば可能な技術です。

 公になれば、危険が伴います」

 うーん、核とかの軍備のエスカレートって、こうやって起きたんだろうなぁ。

 半年前、俺が軍備なんて考えるようになるなんて、想像もしていなかった。


 そこで、王様、文字通りのプレデターみたいな怖い顔になった。

 でも、分類するとすれば、笑顔なんだよ。


 「各王が集まるのが、この冬。

 それ以前に、サフラには攻めて来て貰おうではないか。

 戦後処理も同時にできて、一石二鳥よ。

 再度、『始元の大魔導師』殿と筆頭魔術師殿で、魔法と火薬の両方を組み合わせ、ネヒールの大岩のような芸当を見せてくれ。

 敵兵のもっと至近を、もっと大きな爆発で。

 さらに、サフラの王も巻き込み、その心を折る」


 大臣が言う。

 「それは、不可能ではありませぬな。

 サフラの王の親征を誘導できればよいのです。

 ダーカスに対する、確実な勝利の夢を見させてやればよいのです。

 サフラ王の疑いも大きくなりましょうが、餌も大きければ戦場での自らの判断が必要と考えて、やはり出てくるでしょう。

 少なくとも、ゴーチの木の樹液のことから考えて、利益によって釣る、釣られることは心根にある人物かと愚考いたします」

 なるほどね。

 今回、大臣、まともなこと言うじゃん。


 「では、必要なのは、その釣り餌だな。

 ただし、ダーカス攻略が容易であるということが、例えば『天災に見舞われて手が回らぬ』などという餌の味を落とすようなものでは困る。

 そこでエモーリ、スィナン、ハヤット、協力を頼みたいのだが……」


 「どのようなことに、ございましょうや?」

 「まずはハヤット。

 今ギルドに紛れ込んでいる、サフラ王の間諜を洗い出せるか?」

 「できる、とは申し上げられませぬ。

 あくまで確率の高い者の目星をつけるにとどまりましょう」

 「構わぬ。

 可能性のある、数人にまで絞れればよい。

 確実に間諜と目される者がトーゴに去った今、後釜の者がダーカスに入ってきたのは必定であろう。

 それをエモーリ、スィナンの工房に送り込め。

 エモーリ、スィナン、折を見て、その者にサフラへの亡命を匂わせろ」


 ……エモーリさんもスィナンさんも、裏切って味方になるとなったら、確かに餌としちゃ最高に美味しいだろうな。

 でも、この2人、演技は大根ぽいけど。

 せめて設定だけは、きちんとしてあげた方がいいんじゃないのかな?

 「エモーリさんもスィナンさんも、ダーカスを裏切る必然はないのではありませんか?」

 そう聞いてみる。


 でも、王様、至極あっさりと返してきた。

 「あるではないか。

 ダーカスにおいて、『始元の大魔導師』殿の横暴際まれり。その言をされるがままに許す、ダーカスの暗君にはもはやついていけぬということでよい」

 一瞬の間を置いて、エモーリさんとスィナンさん、ハヤットさんまでが爆笑した。


 「それはいい。

 『始元の大魔導師』様の挙動不審っぷりを直接見ていなければ、皆その理由を信じるでしょう」

 口々に言う。


 酷い。

 人のこと、どう見ているんだよ?

 エモーリさん、ひいひい苦しそうに笑いながら、その言い方はない……。

 そこまで可笑しいかよ。

 あ、ルーが憮然としている。

 ルーってば、その態度、俺が挙動不審だってこと、事実としては認めてはいるみたいじゃんか。


 「では、『始元の大魔導師』様、あまりおどおどせず、偉そうに振る舞っていただきたいものです。

 ルー、『始元の大魔導師』殿の肩周り、腹回りになどに布を入れ、徐々に貫禄を演出してくれ。

 暑い中だが、仕方ないだろう」

 スィナンさんまでが、くっくっと笑みを漏らしながら言う。


 ハヤットさんも何かを言いかけたので、ジト目で睨む。

 どうせ、貧弱とか言うのは判っているんだぞ。

 「『始元の大魔導師』様の善良さを隠さねばなりませぬしな」

 ふん、今、とっさに言い換えただろう?

 ったく、この世界、容赦なさすぎだよ。


 「エモーリ、スィナン。

 そのくらいにしておいてやれ。

 余まで、話に乗りたくなるではないか。

 ……当たるか外れるかは判らぬが、今の考えが正しければ、亡命の意思を匂わせて、10日ほどの後にはサフラの王の密使が来るだろう。

 その際には、全面的な協力を申し出でよ。

 そして、サフラの侵攻を誘い、同時にそのタイミングを聞き出せ。

 サフラの王からなにか見返りで得るものがあれば、遠慮せずすべて懐に入れるが良い。

 なお、しばらくは、ハヤットも含む3名は王宮に出入りするに及ばぬ。

 代わりに、ここにいるトプを使者として毎日1回遣わす」

 王様、そう言って、護衛のごつい人を紹介してくれた。

 この人、本当に無口なのかもしれない。顔は知っていたけど、俺、未だにこの人の声を聞いたことがないよ。


 「もう1つだが、トプ。

 『始元の大魔導師』殿と筆頭魔術師殿の、魔法と火薬の組み合わせをサフラに見せつけるための、良い舞台を考えて欲しい。戦場の決定ということだ。

 これでしっかりと脅すことができたら、あとは各王が集まった会議で余が話をまとめる。

 火薬など、二度と争いに濫用せらるることがないようにしよう」


 王様、最後にそう締めくくった。

 なんかさ、えらいことになったって気がする。

 この間から、ちらちらと危なっかしい話を聞いていたけど、いよいよ具体的に目の前に迫って来た気がするよ。

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