第7話 電気と魔法


 ヴューユさんは、話を続けた。

 「話を戻しましょう。

 私達は、円形施設キクラを通じて魔素流からこの世界を守っています。

 また、その魔素の使われ方についても、適正に守っているという自負があります。

 『始元の大魔導師』様。

 今さら、なにをお悩みですか?

 この地を滅す力をお持ちのあなたが、たかが局地的な災いを呼ぶ可能性があるというだけのものに、なにを気にされているのですか?

 きちんと制御すれば、それで良い話に過ぎないではありませんか?」


 俺も、ルーと同じになった。

 なにかを言おうとするんだけど、唇だけが虚しく動くんだけど、言葉にならない。

 正直に言って、ヴューユさんが怖い。



 ヴューユさんの語気が強くなった。

 「魔法は、決して都合のいいものではありません。

 『始元の大魔導師』様も御存知のとおり、無から有は生じさせられません。

 結局のところ、できることと言えば、力場の生成、相の変化、入れ替え、原状復帰です。

 魔法は、良くも悪くも、現実的なのです。だからこそ、破壊に用いたときには、おとぎ話の甘さとは無縁の壊滅的な力を振るうのですよ」

 

 そか。

 力は力だ。

 そして、力を使うのは人間だ。

 それは解るよ。

 でも、そもそもその力が存在していなければ、事故も起きない。

 アメリカの銃の問題みたいだ。

 で、アメリカの銃の問題は、それでもその力をみんなで持つという方向だ。

 日本は、銃刀法でその力を取り上げて、事故が起きないという流れにしている。

 この世界の魔法の管理は、日本式なんだな。治癒魔法くらいならば、誰にでも許す。包丁や、ペーパーナイフくらいならばいいよって。でも、銃は持つだけでもダメだよ、と。


 考えてみれば、不思議だったんだ。

 就活で、履歴書の特技にイオ×ズンって書いて、面接でその意義を問われてしまうって笑い話があった。

 でもさ、本来、魔法を使える世界では、そっちのほうがデフォだよね?

 三角関係のもつれでバギ○、街中の喧嘩でべギラ○、暴力組織の抗争でアルテ○となるはず。……こう並べると、「デビル○ンのうた」みたいだ。国語の時間に脚韻の例って教わって、忘れてはいない。


 で、この世界、平和なんだよね。

 魔法を使って殺伐とした、刺すか刺されるか、女子供はすっこんでろ、って治安にはなっていない。

 おそろしくきちんと管理されているんだ。


 父親が魔術師で、見様見真似で覚えたというルーですら、部外者は人を害するような魔法は知らない。

 ……なるほどなぁ。

 俺も、同等の力を持っているんだから、本来はその管理に従うべきなんだろうね。



 俺、この世界に持ち込んだ本、きちんと選んでいない。

 でも、膨大な知識だ。

 これは魔法じゃないから、学校とかも含めてきちんと知識の使い方を教育していく必要があるんだ。

 「化学」というジャンルの本の中には、火薬の記述も絶対ある。それも複数の本に、だ。化学をきちんと理解していない俺が、全部の関連知識のページを破り取るなんてできないしね。

 それに、俺がこの世界の「知」を管理するなんてのは、烏滸がましいし。


 ……そうだ!


 「ヴューユさん。お願いがあります」

 「なんでしょうか?」

 「私が話しているのは火薬というものです。それは、大爆発を起こすんです。

 でも、使い方によっては、岩を削り、トンネルを掘り、池を作ることもできます。悪用すれば、どこかの国の王宮も吹き飛ばせますけどね。

 その爆発をさせることについての制御は、私の電気の技術で行えるんです。

 で、爆発そのものの制御を、魔術師さんの防御の魔法でなんとかお願いできないでしょうか?

 薬品としての火薬は作れても、電気と魔法の両方のカバーがないと使えない、そういうふうに誘導したいのです」


 ヴューユさん、腕組みをして、上半身を俺の方に軽く倒した。

 そして、俺の顔を正面から窺う。

 「『始元の大魔導師』様、なにをお考えで?」

 「火薬って危険なんですよ。

 扱いが荒いと、それだけで爆発するらしいです。作っている最中ですら、『気をつけてまぜあわせろよ。皆死ぬぞ、気をつけろー』っていうものらしいんです。

 なので、爆発の範囲もきっと凄いものだと思います。広範囲に何でもみんな吹き飛ばしてしまう。

 それを例えば魔法でこの範囲だけに封じ込められるって意識を作れれば、火薬とは魔法とセットで利用するものだというにならないでしょうか?

 火薬を使う際、自分自身を吹き飛ばさないためには、魔法による力場の生成が必要。

 自分自身を吹き飛ばさないほどの遠隔操作には、電気による操作が必要だって。

 導火線はバレバレで悪事には使えないですし、そもそもそういう物があるのはナイショでいい。

 魔法がない私の世界では、火薬による事故は多かったはずです。

 いずれは悪用されてしまうにせよ、それら情報と組み合わせれば、火薬の一人歩きをかなり防げるはずです。

 それに、私は、爆発を起こすための方法を全く知りません。現実問題として、魔法による協力がいただければ助かるんです」


 ヴューユさん、深く頷いた。

 「なるほど。

 火薬とは、魔素の扱いと違って才能とかではなく、方法さえ知れば誰でも扱えるものなのですね。

 『始元の大魔導師』様の案は、良いかも知れませんね。

 魔術師の立場から考えさせていただくと……」


 ヴューユさんは、天井を眺めながら呟き出す。

 「魔素が貯めておける現在、どこかの王が攻撃魔法の使用をしたいと思うかもしれない。

 今までは、魔素を大量消費するから攻撃魔法は使えなかった。

 今後は、魔素はあるが、攻撃魔法は大量に使用してしまうし、敵から魔素波動に干渉されたらその魔素は無為に失われてしまう。そうならば火薬と魔法を組み合わせれば、簡易な力場の防壁魔法のみでより効率的かつ制御された攻撃ができる。

 こう話を持っていければ、我々も攻撃魔法を使えという圧力から逃れられるし、各王も、まずは火薬の入手に走ることになる。

 で、結局のところ、その爆発は我々魔素に関わる者によって制御される。

 なるほど、これは面白い」


 ヴューユさん、一転して今まで見せたことのない真剣な顔になった。

 「……これは、かなりの抑止になりますね。

 我々魔術師は、『始元の大魔導師』様の話に乗りましょう。

 ダーカスの筆頭魔術師として、情報を他の魔術師にも共有いたしましょう」

 「ありがとうございます」

 おもわず、そう口から出た。


 ヴューユさんは、話しかける俺を制して続けた。

 「話は終わっていません。

 これを機に、王、魔術師、『始元の大魔導師』の三者が相剋する仕組みが必要でしょうね。

 『始元の大魔導師』様の持ち込まれた、三権分立をここでも成立させるのですよ。王たちも集うのであれば、なおさら良い機会です。

 魔術師たちも、あくまで自己管理頼みではやはり危なっかしい。

 『始元の大魔導師』様は1人しかいませんが、教育、科学技術というものを代表するのであれば、ナルタキ殿という個人の縛りからは逃れられましょう」

 「産官学、みたいですね」

 うろ覚えの、どっかのニュースで見た単語を使う。個々がなにを指すかは、俺、よく解っていない。


 「『始元の大魔導師』様、我々は急がねばなりません。

 貧しさが染み付いている今であれば、互いに自制しあって権力を制限することができます。

 でも、たかが数十日で我々は豊かさに馴れつつあります。

 豊かさに馴れたら、二度と自制しあって自ら権力を制限するなどということはできなくなるでしょう」

 「はい」

 とりあえず、そう返事をするしかない。でも、ヴューユさんの言うことは正しいと思う。

 

 「ルイーザ、先程の言葉を繰り返します。

 あなたは魔術師ではない。

 でも、『始元の大魔導師』様が存在している今、魔術師ではないからこそ、この三者を取り持つことができる。

 私は、ルイーザが魔術師でなくて良かったと思っています」

 ヴューユさんの言葉に、ようやくルーの顔のこわばりが解けてくる。


 そうだったね。

 ヴューユさんは厳しい人だ。でも、冷たい人じゃないんだよ。

 線はきっちり引くけど、それはルーに冷たくするためではないんだ。


 ヴューユさんは続ける。

 「『始元の大魔導師』様、有用であれば、その火薬、是非お使いください。火薬は、王、魔術師、『始元の大魔導師』の三権分立の象徴となるでしょう」

 「解りました。

 ルー、この三権について、王様への説明、お願いできるかな?」

 「お任せください。

 ですが、その前に一つ教えてください。『力場の防壁魔法』は、地中にも使えるのでしょうか?」


 ヴューユさんの答えは短い。

 「使える」

 「ゼニスの山に円形施設キクラを設けるに当たり、エディとの間で人が通れる道の開削できないかとダーカスの王は考えています。

 ケナンのパーティーのジャンが、その話をエディの王としています。

 『力場の防壁魔法』と火薬は、トンネルを短期間で開通させるでしょう。

 この事業は火薬とともに三権分立の成功事例になり、この仕組を世界へ広げる説得力になると思います」

 ……なんかさ、俺、ルーの最大の才能みたいなものって、やっぱり魔法じゃないって思うよ。

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