第6話 魔術師からの宣告
石工のシュッテさんと別れて、街に戻る。
そして、そのままヴューユさんの屋敷。
夕方近くに、汗臭いのが押しかけてごめんね、だよ。
「『始元の大魔導師』様、どうされましたか?
顔色がよろしくない」
ヴューユさん、人の顔を見るなり言う。
ルーも、ワケが解らないって顔。
帰り道を歩きながら、俺、ルーになにも言うに言えなかったんだ。
「ヴューユさん、あなたにしか相談できないことがあって、アポ無しで来てしまいました」
ヴューユさん、相変わらず可愛いメイドさんに冷たい飲み物を命じて、そのあとは誰も近づかないようにって厳命した。
「さあ、お聞きしましょう」
運ばれてきた、冷たいチテの茶を一気に飲み干した俺に、ヴューユさんが言う。
「王命のネヒール川への架橋ですが……」
「なにか問題が?」
「あの岩は、ケーブルシップのプラットフォームも設けられています。
で、橋の高さまで、荷物の上げ下ろしの機能が必要だと思いました。
そのために、水車の動力でエレベータっていうリフトを作ればいいんだというところまでは順調でした。
きっとエモーリさんならば、良いものを作ってくれます」
ヴューユさん、深く頷く。
「ここまでのお話、完全に理解しています。
お続けください」
「で、エレベータは垂直に上下するものですから、あの大岩の側面を削らねばなりません。
これは、エモーリさんの鉄の工具を持ってしても、極めて難題です。あの岩は、とても硬いのです」
「はい。
でも、『始元の大魔導師』様のお悩みの点はそこじゃありませんね?」
ヴューユさん、話が早いな。
「はい。
その岩を削るのに、良い方法を私は知っています。
ですが、それはこの世界を破壊するだけの力を持っているのです。
その力を使えば、話に聞いている上位の大魔法ほどの威力はありませんが、ないからこそ簡単に戦争も起こせます。
その力は、私1人で、この世界のすべてを私のものにできるほどです。
私が、この世界に諍いと破壊をもたらすのはさすがに避けたいですけど、でも、岩を削るのには必要ですし、でも、その方法がどこかに漏れたら……」
なんかもう、ぐだぐだだよ、俺。
なにを言っているのやら、自分でも解らない。
ヴューユさん、なぜか笑った。
今の俺には、なんか、背筋にクるような怖い笑いだった。
「『始元の大魔導師』様。
あなたがコンデンサを作られて、魔素に困らなくなった結果、私達、イニシエーションを受けたダーカスの魔術師は、誰でも最大攻撃魔法が使えるんですよ。
一つの国を焼き尽くし、土も岩も溶かし尽くすほどのね。地上に太陽の一部を召喚するんです。
あなたが持ち込まれた本で確認しましたが、あなたの世界の水爆というものに相当する威力でしょう。ただし、その水爆に比べて、複雑なことはなにもない。ただ、私がここで呪文を唱えれば、その破滅を呼べるんです。
他の国の魔術師が、それを止めるだけの魔素がない現在、我々は無敵なんですよ。
『始元の大魔導師』様、自覚していなかったんですか?
今、仰られている以上のこと、あなたはもう、とっくにされているんですよ」
すーっと目の前に、くもりガラスみたいなものが降りてきた気がした。
ショックのあまり、俺、意識を手放しそうになったのかもしれない。
「じゃあ、魔術師さんは、その力の濫用の抑止ってどうしているんですか?」
「まず、魔術師はイニシエーションで選別されます。
ここから先は、本来ならば、ルイーザには席を外して貰わねばならないのですがね。まぁ、立場としては、逆に知っておいて貰った方が良いでしょう。
イニシエーションを受ける人間は、その時点ですでに自分が他者と違うことを自覚しています。
そして、そこに孤独感とエリート意識、警戒心と使命感という相反するものを持っているものなんです。
イニシエーションの儀式では、そのエリート意識と使命感を、どこまでも肥大化させるのですよ。
ノブレス・オブリージュもそのためです」
「それは、ダーカスの現在の筆頭魔術師としてのお言葉でしょうか?
それとも、一魔術師としてのお言葉でしょうか?」
ルーが聞いた。
いくら俺がデクノボーでも、その質問の意味は解る。
「『他の魔術師を統べる筆頭魔術師として』、ですよ。ルイーザ。
安心しましたか?」
ルー、かすかに頷いた。
きっと、頷きたくて頷いたわけじゃないんだ。
「あなたのお父上から、筆頭として受け継いだ口伝ですよ」
ヴューユさん、さらにダメを押す。
「2つ目です。
魔術師は、全世界的な相互監視下にあります。
リゴスへの留学者が各世代に尽きないようにしているのも、そのためです。
結果として、魔術師は各国に属しながら、横のつながりで全て繋がっています。
イニシエーションは、そのネットワークに新たに魔術師になる者を組み込む意味もあります。
ルイーザが見様見真似で魔法を使おうとも、決して上位魔法へは辿り着けないのはこのためです。
魔術師の誰もが、イニシエーションを受けていないあなたを、仲間とは思っていないのです」
……あまりに酷なことを言う。
ルーの顔色が、すーっと紙のように血の気を失った。
ルーは、それでもどこかで魔術師達を仲間と思っていたはずだ。
それを正面から否定された。
しかも、「信用もされてないよ」って言われたに等しい。
ショックのためだろうけど、さっきまで溢れていた生命感の欠片も見えない。
「ルイーザ。
今の言い方は、ショックかも知れません。
ですが、逆に聞きます。
あなたは、この世を滅ぼせる呪文を知りたいのですか?
それを知った責任とともに、恐怖で眠れぬ夜を過ごしたいのですか?
それとの引き換えの仲間意識を、本当に欲しいのですか?
本当に、『自らの子までも寿命を縮めるから』というそれだけのことで、魔術師の子は魔術師になれないという掟が作られたと思っているのですか?」
ルー、口を動かすけど、言葉にならない。
そか……、強力な魔法を、世襲で受け継がないようにしているんだ。
魔術師が、王朝を持っちまわないように。
エリート意識と使命感と、
そこにタッチできないルーは、魔術師ではないんだな。
それなのに……、ルーは、ノブレス・オブリージュだけは自ら負っている。
「我々は、相互監視下にあると同時に、各王も見守っています。
魔術師に、通常は各王の下にいますが、そのような壊滅的な魔法の使用を強いる王がいたら、その意志は挫かねばなりません」
「では、なぜ、そのような危険な魔法の知識を伝承し続けているんですか?」
恐怖感に耐えられずに、俺、聞いた。
「失う意味がないからですよ。
魔素の扱いは、才能です。
そして、100年に1度はこの世界のどこかで生まれる、超越的な才能を持った魔術師は、失われた魔法の再発見を容易に行うでしょう。
掟も失われ、相互監視の網の目も届かぬところで、です。
ならば、その魔法を失わないようにし、掟も併せて伝承し、全員を相互監視に組み込んでおいた方が安全なんです」
ヴューユさんは、さらに続ける。
「私は、『始元の大魔導師』様の持ち込まれた本を、たくさん読みましたよ。
『始元の大魔導師』様の世界にも、私達と同じように、世界を滅ぼすボタンを身体から手放さないまま生活している人達がいるようですね。『核のフットボール』と言うそうじゃないですか。
とても、親近感を感じましたよ。
彼らも、眠れぬ夜があるのでしょうね」
アメリカの大統領のことかな。
核のボタンを、手錠で結ばれたブリーフケースで持ち歩く担当がいるんだよね。なんかの映画で見たよ。
で、ヴューユさんが読んだって、それってなんの本だったんだろ?
本は、アマ○ンでジャンルごとに束で買ったから、判っていないよ、俺。
俺、ようやく魔術師という存在の底の底についてまで、知ることになったんだな。
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ちょっと誤解をよびかねない場所もあるので、続けて次回分もアップしてしまいますね。
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