第5話 ネヒールの大岩 2


 で、も1つ、気がついたことがある。


 さっきの、水車の問題が解決しないと、そもそもお話にならないんだけど。

 でも、それが解決したら、相当の動力が得られているんだよね。

 ならば、エレベータ作れないかなぁ。

 「箱」と言うのかな、それとも「カゴ」と呼ぶのかな。ともかく、それまでは要らない。せめて荷物だけでも、プラットフォームから橋の高さまで上げ下ろしできたらいいなと思うんだ。


 だってさ、来年はトーゴから大量の米が届く。

 トーゴの先の港からも、大量の輸入品が届く。当然、その逆もありで、大量の輸出品を送り出す。

 こうなれば、一番のネックは、この大岩に刻み込まれた急な階段ってことになるからね。


 例によって、川原の砂の上に、指で大きく概念の図を書く。

 シュッテさん、一目見て理解したらしいけど、それを具体的にどうするかと言うとやはり悩んでしまったみたい。

 それでも、橋の上までいろいろを持ち上げるとなると、今の大岩の削る形が変わるかもしれないっていうので、早急にエモーリさんと打ち合わせをしてくれることになった。



 「『始元の大魔導師』様。

 これって、『始元の大魔導師』様の世界で服を買いに行ったときに、そのお店の建物にあったものですよね?」

 ルーが聞いてくる。

 「そのとおり。

 ドアとカゴも作れればいいけど、さすがに難しいんじゃないかな?

 ただ、このケーブルシップ、確か、上り下りで計240人分の重さの輸送を予定していたよね。

 えっと……、だめだ、俺の世界の単位に直させて。

 片道で、人1人を70キログラムとして、70×120だから、8400キロつまり8.4トンの荷物がここの橋からプラットフォームに降りて、また別の8400キロが登ることになる。

 となると、1人あたり40キロの荷物を持てるとしたら、延べで210人がこの狭くて急な階段を上り下りの往復をすることになる」

 砂の上の筆算。

 計算が終わってから、スマホを使えばよかったな、なんて思う。充電はできているんだけど、繋がる先がないと音楽聴く以外に使わんな、これ。


 「つまりだ。

 ここに5人の専属の運び人を置くとすると、日に42回の往復になるし、10人ならば21回だ。けど、んー、ここに10人貼り付けるのは、人数がもったいないよなぁ。

 簡単なエレベータへの積み下ろしだけだったら、橋の上とプラットフォームに2人ずつの計4人でもできるかも。岩に彫られた階段と違って、上り下り移動がないし、短距離の水平移動だけだからね。

 きっと、事故のリスクも減る」


 「『始元の大魔導師』様。

 そのカゴも造りましょうよ。絶対必要です」

 ……ルー、強気だな。

 「そうなると、岩にカゴの通る分の凹の彫り込みが必要になるよ。

 岩の側面は丸みがあって、垂直に上下できないからね」

 そう言ってみる。


 でも、ルーは負けなかった。

 「シュッテ。

 シュッテが4人入るカゴを上下させるとしたら、そしてそのカゴの誘導ができるだけの凹みをこの岩に彫り込むとしたら、どのくらい大変でしょうか?」


 シュッテさん、苦悩って表情になった。

 「まぁ、タガネがありますからね。石と石を叩き合わせていたことに比べれば、なんとかなるでしょうけど……。

 石工総出で、うーん、これは、エモーリさんにタガネを作り足してもらわなければだけど、まぁ、あの20人にタガネの使い方を練習させ始めるには、いい機会かも知れないなぁ。

 うーん、やっぱり早いかなぁ……。

 基本ができる前に、応用させちまうのもなぁ。

 でも、20人いれば、案外短い時間でも……」

 人を育てる苦悩だねぇ。親方は大変だ。


 俺、思わず助け船を出す。

 「いえ、そこまで焦らなくても。

 荷物が最大に増えるのは、ケーブルシップによる輸送が軌道に乗ってからでしょう?

 トーゴで米の収穫がされるのも来年のことですし……。

 そもそもルー、なんで箱までが必要と思ってるん?」


 ルー、俺とシュッテさんを交互に見ながら説明をする。

 「王様が、『新たなる年が来る頃には、各王と一堂に会し、話をしたい。疑念を解き、協調の足並みを揃えるためだ』って、言ってましたよね。

 サフラは北の海しか通れませんし、そこは凍ってますから、歩きか輿になるでしょう。

 けど、サフラ以外の他の3国の王様は海路できますよ、きっと。

 だって、その頃には、数は少なくても定期便の船もできているでしょうし……。そうなれば、船なら王を歩かせなくて済みますからね。

 きっと、ダーカスの王様は、その際にはコンデンサを各国の魔術師に貸与します。護衛にも風を呼ぶにも使えるからです。そうなれば、なおのこと船になるでしょう。

 となると、ここを3人の王様が通るんですよ。

 ついでに、この橋の上をサフラの王が通ることを考えれば、この大陸の全部の王がここを通るんです。

 その際に、エレベータがあったら、おもてなしにもハッタリにもなりますよね。

 少なくとも私、『始元の大魔導師』様の世界のエレベータには、びっくりして感動しましたから」


 なるほど。

 「おもてなしにもハッタリにも」って表現がルーらしいけど、ダーカスのケロ□軍曹も同じことを考えそうだ。

 となると、ちっとは真面目に考えて……。


 なんか、今、俺、つくづく自分が嫌になった。

 手は思いつけたんだけど、また、漫画だよ。

 なんだっけ、「便所に土間の土。オッ〇〇ーヌの硫黄。木炭。三役揃うと、黒色火薬たまぐすりである」だよな……。

 全部、ダーカスに完璧に揃ってるじゃん。

 しかも、俺、その爆発の遠隔制御ができる、電気の技術を持っている。


 俺、1人ででも、この世界の征服ができるかも。

 戦場に火薬を埋めといて、スイッチ一つで自由自在だよ。


 そして、さらに自己嫌悪の波が押し寄せてくる。

 これこそ、『始元の大魔導師』様とやらが、この世界を滅ぼすきっかけになるものじゃんか……。



 「ルー、ヴューユさんと会いたい。

 今日、時間あるかな? あの人」

 「『始元の大魔導師』様。

 あなたが会いたいと言って、拒絶する者などおりません」


 どんより。

 真面目に落ち込んだよ、俺。

 考えすぎなのは判る。でも、「恐怖の王には誰もが従うよ」って言われた気がしたんだ。

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