第3話 ケーブルの完成、その他も順調


 スィナンさんのところで、来る日も来る日も編まれていたケーブルがそろそろできあがるって。

 どれくらいの長さになったかは、正確には判らないらしいけれど、まぁ、足らないってことは絶対ないって。それだけの編み込む時間を掛けたから、と。

 そうは言うけど、相当に時間、早いよね。


 ついでに、スィナンさんのところに居着いていた猫が、初めての発情期を迎えて大騒ぎをしたらしい。「どうしたらいい?」って聞かれたけど、「知らない」ってしか答えられなかった。

 で、俺が持ち込んだ本の中に、「ペットの飼い方入門」なんて本があって良かったよ。

 王宮の書記官さんが、ひたすらに本の目録と、目次の索引を作ってくれていたんで、見つけ出せたんだ。ホント、買った本人の俺が「あって良かった」って言うんだから、いい加減にもほどがある。

 とりあえず、1回目の発情期はやり過ごして、次で子猫を産ませようって話になった、らしい。まだ身体も小さいし不安だって。とりあえず、ふーん、としか言えない。


 ともかく、スィナンさんのところには、いくつもの大きなドラムにできあがったケーブルが巻かれていて、まるで架空送電線の倉庫みたいになっている。

 ああ、この「架空」は、送電塔に架けられるって意味で、「想像上の」って意味じゃないからね。ドラムも「太鼓」じゃなくて、ケーブルを巻き付けておく巻胴のことだよ。


 で、重さも結構あるから、ネヒール川の大岩までどうやって運ぶって話になったけど、エモーリさんが水汲み水車ノーリアを運んだ台車を改造してくれて、その問題も解決した。しかも、さすがエモーリさんなのは、台車に乗せた20個もの積み上げられたドラムは、それぞれが回るようになっていて、巻かれていたケーブルをスムーズに送り出せるんだ。


 ちなみに、ドラムは木製。

 木材ってのは、本当に造形が楽で便利って思う。

 これだけ値段が下がると、円形施設キクラの屋根を支えるのは、全部木材で良いかも知れないよ。

 ようやく、エモーリさんの工房製の荷車を引っ張る行商人さんも見かけるようになってきたから、それも木材の価格に影響しているんだと思う。

 40キロを担いで旅を続けられる人はそうそういないけど、400キロを車輪付きで引っ張れる人はいくらでもいるからね。

 流通革命だよ。


 王様、商人組合に補助金出して、荷車や台車の普及を助けることも考え出しているらしい。借金しなきゃ買えない額のものではあるし、行商人にお金を貸すリスクは王宮では負い切れないって。だから、商人組合に貸し出し主体になってもらって、その利子だけ王宮で持つって制度。

 限られた予算で、多くの行商人さんに荷車や台車の普及するには、利子補給は良い方法だろうってさ。

 もっとも、まだまだ、エモーリさんの工房の生産能力の問題もあるけどね。

 ゴーチの木の樹液も、もっと潤沢に入らないとタイヤが作れないし。



 さらに同時進行で進んでいたパーラさんの鏡もできあがって、恒久的に使われるしっかりした土台が付けられて、トーゴに運ばれていった。

 この鏡、パーラさんの工夫で、平面鏡じゃないんだって。

 軽く凸面鏡に磨かれていて、トーゴからダーカスまで光を届けるのに、狙撃をするみたいに反射光の行き先を決めるような操作は不要になっているんだ、と。

 で、普段は革のカバーを被せておいて、使う時だけ着けたり外したりすれば、簡単な情報のやり取りはできるし、鏡を動かす必要はないし、太陽の位置はどこでもいいし、と。

 これを「なるほど」と言わずして、なにを「なるほど」というのだろうっていう工夫だよね。凸面鏡なんて、見たことがなかったよ。


 そんなこんなで、ゴムボート、大活躍。

 さすがにパーラさんの鏡はあまりに重くて、補助フロートが必要になったけど、とてもじゃないけど担いではいけないし、荷車でも長距離輸送は考えちゃう重さだったからね。精密なものを運ぶのは、単に重いもの以上に大変なんだ。

 まぁ、そのゴムボートも、帰りにはいつも台車で運ばないといけないのが面倒くさいけど、トーゴから大荷物が届くことはまだないからね。川下りの一方通行でも、大荷物が運べるのは本当に便利。


 横道にそれるけど、ゴムボートの活躍といえば、大量の野菜もトーゴの建築組と開墾組に向けて流されている。

 向こうの人たちは娯楽に飢えているので、新しい食べ物に対する抵抗感をレジャー感覚で克服しているらしい。ま、最初の一口が罰ゲームだったとしても、美味いのが解ってくれる切っ掛けになるなら構わないよ。

 食べてくれれば、壊血病だっけ、ビタミンC不足も起きないだろうし。


 ま、トーゴは男ばっかりで、なんとなく部活みたいな感じで働いているんだろうけど、そうなるとラーレさんの肝っ玉かーちゃんぶりがありがたいみたいだ。

 なんていうか、男ばかりの集団に一本芯が入った感じになったって。

 とはいえ、女性1人では限界もあるけど、そこはほら、デミウスさんがおっかない顔で棍棒握っているし。

 それに、ケナンさんのパーティーは、そのままトーゴの急流にゴムボートの誘導路を作る仕事に掛かっているから、魔術師のセリンさんもいる。だから、荒くれ男の中の紅一点、って感じにもならなくて済んでいるみたいだ。

 ま、女性がいると、男の群れが野蛮になりきらなくて良いと思うよ。


 も一つ、あった。

 エモーリさんのところでは、ケーブルシップの動力となる水車の開発製造をしていたけど、ここにも木材の供給が大きな効果を挙げている。

 水車も、それを固定する台も、すべて木製。当然、前の水汲み水車ノーリアのノウハウがあるので、強度が必要なところや、錆への対応が必要なところは石や金も使われている。

 木材が供給されて、初めて金が適材適所に使われるようになったのかも知れないね。

 で、エモーリさんが言うには、必要量の3倍以上の木材を仕入れたから、しばらくは総取っ替えの補修も困らないって。



 − − − − − − −


 で、久しぶりに時間が取れた日があったんで、ルーを交えて、エモーリさんともゆっくり話したんだけど、「なるほど」ってことが多かったよ。


 「エモーリさん、本業はからくり人形作りでしたよね。

 そっちができなくて、辛いとかはないですか?」

 まずは、そう聞いてみたんだ。

 スィナンさんは退屈しながら生きていて、練銀術は暇つぶしみたいな一面があったけど、エモーリさんは違ったからね。


 「5年経ったら、今まで私が作っていたものとは、別次元のものが作れるようになってますよね。

 素材も、技術も、生産工程までも、すべて半年ぐらい前の自分とは桁が違います。

 だから今は、若い頃と同じ、修行の期間だと思っていますけど、その修行で得られるものがあまりに大きいですからね。若い頃の修行は食うや食わずだった。

 今の修行は、そりゃあウハウハですわ」

 久しぶりに聞いたな、ウハウハ。

 王様があまりに多用するんで、「ちょっと下品」ってご意見してから、あまり聞かなくなっていたからね。

 生き延びてたんだ……、って、俺の前以外では使い放題って可能性もあるなー?

 どうしよう、王様を中心にして、みんなでウハウハ言ってるのが明確に想像できるよ。


 「10年後、歴史に残るからくり人形を作ってやりますよ。

 だから、『始元の大魔導師』様、よろしく頼みます」

 だからって言われても……。

 俺にできることなんて、なんもないぞ。


 で、久しぶりだから、話があっちこっちに飛んだんだけど……。

 植樹したのが、木材の値下げに結びついた。

 それならば、水汲み水車ノーリアだって、苦労してリバータの骨を採取しなくても木材で作れたかもしれないねって話したら、「それはないでしょう」だって。

 エモーリさんが言うには、「20年後の木材供給を見込んで値崩れが起きるほど、世の中は甘くはないですよ」って。


 じゃあ、現実には、なんで値崩れしたのって聞いたら……。


 「私は、『始元の大魔導師』様よりも、スィナンよりもさらに歳を取ってますからね。疑い深いんですよ。

 王様だって、商人組合にしたって、ギルドにしたって、みんな疑い深い」

 びっくりした。

 なんとなく、みんな、俺を信用してくれているもんだと思っていたよ。


 エモーリさん、説明してくれた。

 「今だから言えますけどね……。

 まず、コンデンサで王の信用を得た。そのときも、王様、人間への治癒魔法は使わせなかったそうですね。

 次に、詐欺師にはなかなかできない演説で、ギルドの信用を得た。もしも、あれができる詐欺師が相手ならば、国を盗られても仕方ないですよ。だから、ハヤットは腹を決めたんでしょうね。

 おそらくは信用って言うより、共倒れの覚悟ですよ」

 まぁ、そうかもね。

 そこまでは、なんとなく自覚していたよ。


 「それから、円形施設キクラの修理で、この世界の王族たちの信頼を得た。ダーカスの外まで存在が知れ渡りましたからね。

 最後に、水汲み水車ノーリアを木材無しで作ったので、疑い深いのが仕事の商人組合が信じました。

 そして、その水汲み水車ノーリアが動いて、ダーカスの農業生産と市民生活に膨大な貢献をしている。

 次には、家畜も冬を越せるようになった。これで、最後に残ったインティヤールのような、何度も騙された結果、疑い深くなってしまった人たちまでもが根こそぎ信じた。

 言ったことが実現されている。その積み重ねが『信用力』なんです」

 そうなんだ……。


 「その人が、山に木を植えたから、20年後は暴落するって言ったら、どうなりますか?」

 エモーリさんに言われて、戦慄したよ。自分がやらかしてきたことに。

 他の人からは、こう見えているんだ……、って。


 「だから、水汲み水車ノーリアがあっての木材の暴落ですから、逆は無理なんですよ」

 はい、解りましたよ。

 でも、そう言うエモーリさん達の助けがなかったら、俺、なにもできなかったんだけどなぁ。


 「で、これだけいろいろが順調に行っていると、ケーブルシップも近いうちに実現することになって、またお祭りでしょうね。

 収穫祭もありますし。

 で、ナルタキ様」

 おお、エモーリさんに初めて名前で呼ばれたぞ。


 「いっそ、今ならば、祭りの場で宣言して教祖になれますよ。

 この大陸全体の支配ができる。

 どうです、一発、やってみては?」

 「ば、馬鹿言わんといてください!

 できるわけないでしょう!?」

 狼狽ってのはこういう状態なんだろうなって、ワタワタしながら心の片隅で思ったよ。


 「ほらね?」

 なんだ、ルー?

 エモーリさんに、なんの同意を求めてる?

 「『始元の大魔導師』様ってば、そういうのダメなんですよー」

 そう言って、エモーリさんとルー、親子以上に年が離れているのに、仲良く大笑いしている。


 あのな……。

 ほ、本人の目の前で、その本人をあげつらうんじゃねーよっ!!



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ドラムの写真、Twitterにあげてあります。

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