第13話 母、帰還


 ケナンさんと、アヤタさんがダーカスに到着した。

 ルーの母上殿と、だ。

 これは本当にありがたい。


 なにがって、少なくとも今晩は、ルーに棍棒で脅されながら勉強しなくて済む。きっと再会を祝するだろうからだ。家族水入らずで、ぜひ、心ゆくまで積もる話とやらをして貰いたい。

 そもそもだけど、「教育的指導」っていうけどさ、「教育的でない指導」ってのはあるのかよ?

 その段階でこの言葉は破綻しているし、教える側が体罰を言い換えた自己満足ってのを露呈しているじゃねーか。


 ふん、中高生のときより、知恵がついているから、このくらいのことぁ言えるぞ。

 でも、ルーは、そもそも俺の言うことなんか、全然聞かないけど。

 なんで近頃、こんなに立場が弱いんだろな、俺。



 とりあえず、ルーの母上殿に、ご挨拶はしとかなきゃ。

 そう思って近寄ると、ルーが、「母です」、「『始元の大魔導師』様です」とそれぞれ紹介してくれた。

 すっげー綺麗な人だ。永遠の17歳って感じかも。

 うーん、旦那と並ぶと、本当に王と王妃に見えるなぁ。


 「長旅、お疲れさまです。 

 いつも、と、ルイーザさんにはお世話になっています」

 「とんでもない、『始元の大魔導師』様。

 我が背の生命の恩人にして、今は家においていただいている家主様とお聞きしております。その御恩、果てしないものと聞いております」

 「いえいえ、日々、ルーに棍棒で脅されながら、怯えて生活しております」

 この際だから、告げ口してやるー。


 「『始元の大魔導師』様、こちらの世界の言葉を覚えるために、あえて厳しく自らを律するようご努力されていると聞きました。

 私も微力ながら、ルーが勤まらないときは、モノサシを持ってお助けしたいと思います」

 ……は?

 あんだって?

 なんでそうなる?

 モノサシで俺を引っ叩くってか?

 俺がそういう性癖に目覚めたら、どうしてくれるんだ?



 「こう、も少し穏やかに教えてもらうってのは、無いんでしょうかねぇ……」

 おそるおそる聞いてみる。

 「棍棒の棒術を優しく教えたら、教わった方は魔獣に殺されるのです。

 子どもでもなければ、甘えるべきではないのです」

 くっ、取り付く島もねぇ。


 「いや、ルーの真意は、別のところにあるような気がしてならないんですが……」

 「では、『クセつけとかなきゃ』と、思っているんでしょうね」

 は?

 ……あまりの言われように、俺、金魚みたいに口をぱくぱくした。言葉がでない。

 結局、調教か、古女房的生活習慣是正の発想か、どっちにしても俺に救いはねーじゃねーか。


 根がコミュ障の俺でも判る。

 この人、女王様だ。

 俺と真逆の角度のコミュ障。

 さらっと、本音をなんでも口から出しちゃうし、それでも受け入れられてしまう。生まれつき、カーストの最上位にいる人だ。

 コミュ障が、プラスに働く人っているんだよね。俺からしたら、神の領域の人達だ。


 「それは、酷い……。私には立つ瀬がないです」

 ようやく口からでた。

 ルーの母親さん、心底不思議そうな顔をした。

 「『始元の大魔導師』様は、ルーに対して同じことは思わないのですか?」

 は?

 俺も、ルーを調教していいってか?


 「ルーに対して、なにかを教えようとかはないの……、失礼いたしました。

 『始元の大魔導師』様の御業みわざ、他の誰にも理解できようはずもございませんでした」

 「いや、そんなことはないんですけど……。ただ、ルーは隙がないってか、俺より元気で、なにするのも俺より早くて……」

 「それは、いけません」

 はい、済みません。

 どーせ私は、根が怠惰な人間です。

 生れて、すみません。


 「『始元の大魔導師』様、あなた様は、変わられてはいけません」

 は?

 何度目だろ?

 どーも、話していて、一言一言、毎回斜め上を行かれる。

 理解が追いつかないよ。

 ルーがなにかを言いかけるのを、目で制して母親さん、話し続ける。


 「私も、我が背を『変えられる』と思っておりましたが、最後の魔術師の誇りはどうやっても変えられませんでした。

 死への道と本人も解ってるいるのに、それでも変わらないのです。

 そして、その他のことが変えられたからこそ、このことも『変えられる』と私は思っておりました。

 そんな間違いを思い込むくらいならば、『変えられない』と思っていた方がよろしい」

 ……はい。

 なんか、それはそれで、相当の修羅場を想像させるお言葉ですな。


 「『始元の大魔導師』様。

 私、前言を撤回し、ルーからの逃亡につき、最大限の協力をさせていただきます。

 これ、ルー。

 これより、母は、『そういう者』と知りなさい」

 あー、ルーのほっぺたが河豚みたいに膨れた。


 「そもそも、『始元の大魔導師』様が、私に無理やりネヒールの大岩の爆破を見せようと……」

 「黙らっしゃい!

 まずは、己の父の命の恩人が、『ここにいてくださること』に感謝しなさい。

 そして、『始元の大魔導師』様を、あなたの好みの姿に変えたとき、己の安らぐ場所を失うことに気が付きなさい。

 母からの言葉です」

 

 ……ああ。

 納得したわ。

 女王様こういう人だから、自分の夫がじわじわと死んでいくのを、見続けなければならないことに耐えられなかったのかもしれないね。

 自分ならば、旦那を変えて生き延びさせられると思っていて、それができないと知ったときから、ずっと自分を責め続けていたんだ。



 この人、俺よりずっと歳上なのに、善良な部分(1位)も、我侭な部分(2位)も、いや、間違った。

 俺よりずっと歳上なのに、我侭な部分も(1位)、善良な部分(2位)も、ずっと真っ直ぐのまま来た人なんだな。

 ルーと母娘の関係の人だって、納得したよ。

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