第9話 収穫の始まりと冬越しの準備の開始



 で、そんな課題ばっかりな話は、脇に置いといて。


 水菜と、まだ一回り小さいけど、小松菜とかの葉野菜類の収穫が始まったんだ。

 その他の実をらせる野菜も、花が咲きだしている。

 あと15日もすれば、ナスとかキュウリなんかも食べられる。

 スイカやカボチャもったらいいなぁ。さすがにスイカ割りは、もったいなくてできないだろうけど、この世界に乏しい甘みだからね。絶対に、みんな喜ぶ。


 ルーが言うには、ダーカスの冬は短いと。

 まぁ、そうだろうね。氷が張らないんだから、寒くてもきっとたかが知れている。

 「雪は降るの?」

 って聞いたら、

 「一度、食べてみたいです。

 降っても、うっすらとしか積もらないんです」

 だって。

 で、発想がやっぱり食う方に行くんだ。子どもみたいだ。確かに、新雪は美味しそうだよね。実際は、食べるのには綺麗じゃないなんて言うけどさ。


 ま、この暑いさなかに、雪の話もないもんだけど、まぁ仕方ない。

 素麺でも食いたいけど、この世界にはないしなぁ。

 なんか、冷たくて喉越しの良いものでも食べたいよ。

 早く、スイカが生らないかな。

 ついでにだけど、スイカを冷やす方法は……。

 うーん、持ち込んだ工具の中に、エアコンの設置関係のがあったよな。

 冷蔵庫、作れないかなぁ、



 どうも、暑くて思考がとっ散らかるよ。

 ともかく、冬の準備の計画は今立てておかないとなんだ。

 で、ルーの話だと、このあたりの寒さは、元の世界の俺んちの周辺みたいなものかも知れないね。つまり、関東平野の北よりくらい。

 となると、軽く霜が降りるくらいならば枯れない野菜、ホウレンソウとかネギとか白菜は、そのまま冬越しできるかもしれない。


 ただ、牧草はやっぱり何らかの形で貯めておかないと、きっと困る。

 だいたいが枯れ草しかなくなっちゃうからね。


 「前に、サイレージだっけ、草を貯めとく設備の話をルーとしたよね。

 それって、誰か他の人と相談した?」

 そう聞いてみる。

 「スィナンさんが、頭抱えてましたよ。

 またゴムシートかって。

 サイレージって、牧草を空気に触れないように閉じ込めるんですよね。ロールベーラーってので丸くまとめて。

 この世界に持ち込んだ本によると、『始元の大魔導師』様の言う、石造りの建物に詰めるって、あまりされなくなっていたようですよ」

 そうなのか……。

 北海道とかの牧場風景の写真とか、子供の頃に読んだ獣医になる学生さんの漫画とか、サイロに詰めるって今となっては古い知識だったのかぁ。


 「スィナンさん、頭抱えていたって、忙しくてダメってこと?」

 「いえ、サフラのゴーチの木の樹液もそろそろ限界みたいで、『また来年ー』みたいな話になってきているみたいです。

 これ以上樹液を採ると、木自体が枯れちゃうとか」

 「それはマジに困るなぁ。

 確かさ、リゴスでもゴーチの木の樹液って採れたよね。

 そっちは?」

 「輸送費と、サフラを通る通行税で、値段が倍以上になります。

 結局、それでも、それを使うしかないって。

 さらにですが、ゴーチの木の樹液を染み込ませる、シートの基材になるヤヒウの毛すらも、よく分からないことになっています。

 完全に枯渇してしまったので、街の人達から古くて使えなくなった毛布とかを供出して貰ったんですが、来年に新品の毛布と交換するって条件付けたら、今は夏で使わないからって、山積みになりました。

 増えたヤヒウの毛刈りは早くても来春ですから、この冬をどう過ごすつもりなのか、街のみんながなに考えているのかは謎です」


 うう、そんなことになるんじゃないかとは思っていたけれど、やっぱりかぁ。

 ヤヒウも、例年より間引く数がはるかに少ないし、冬越しの数も増やせれば一気に頭数は増やせるだろう。でも、それって、じゃないんだよね。

 みんな、冬に風邪ひかなきゃ良いけど。

 古毛布、返せって言われたって、返せないぞ。


 ともかく、話を戻す。

 「じゃあ、古い技術に戻って、石でサイロを作るのも……」

 「無理です。

 『始元の大魔導師』様もご存知の通り、石材も石工もいっぱいいっぱいです」

 うん、知ってた。



 「……いっそだけど、街にはまだ空き家があるよね。

 その扉とかの隙間に目張りして、その中に詰め込むのは?」

 「ああ、それならばできるかもしれませんね。良い案です。

 そうなると、どうやって、その目張りってのをします?」

 「俺の世界から、少量だけど、いろいろな使えそうなものとか持ち込んだじゃん。

 その中に、ガムテープってのがあったろ?」

 「ありましたねぇ」

 「あれを真似てさ、芋の粉をぐつぐつ煮て、糊を作ってそれを流し込んだり、使用済みの紙を貼り付けたりして、塞ぐんだ。

 で、そのうえからヤヒウの脂を薄く塗る。

 そしたら、草を詰め込めるだけ詰め込んで、火事にならないように気をつけてコンロを設置して、酸素を消費させる」


 確か、漫画じゃ、草の上からぎゅうぎゅう踏んでいた。少しでも空気を抜くためだ。

 でも、普通の家に詰め込むんじゃ、そんなことはできないだろう。天井につっかえちゃうからね。

 となると、せめてなにか酸素を消費させることを考えなきゃだけど、俺にはそのくらいしか思いつかない。


 ルーが、ふと真顔になって聞いてきた。

 「酸素ってなんですか?」

 「……こまけぇこたぁいいんだよ」

 「説明できないんですね?」

 「や、やかましいわ!

 ともかく、空気の中にその酸素があると、『カビたサイレージは悪いサイレージ、牛が下痢するサイレージ』になっちまうんだよ」

 まあ、そもそものサイレージがなにかも俺、実は解らない。見たことすらないからね。

 ……なんて乱暴な話なんだ。


 「良くは判りませんが、解りました。

 じゃ、王様にお願いして、家を数軒借ります。

 それから、ハヤットさんにお願いして、お手伝いの人に来てもらいますね。

 あと、小さいコンロを幾つも用意します」

 「あと、タットリさんに話をして、草を運ぶ日を決めて。

 きっと、草が乾いていないとだから、雨の日のあとはダメだよ」

 「分かりました。

 では、そのようにします」


 そんなことで、冬場の家畜の餌は確保できたと思ったんだ。

 


 − − − − − − − − − − −


 で、そうは問屋が卸さなかった。

 次の日の夜、タットリさんが、俺の屋敷(口に出すたびに、未だに顔がニヤけるよ)を訪ねてきた。

 なにかなって思ったら……。


 「『始元の大魔導師』様。

 いろいろ心配していただいたのはありがたいのですが、草を刈るというのは、どのようにするのでしょうか?

 今までは、それほどの数の越冬させませんでしたから、畑の残渣とか、王宮植物園の草とかを食べさせて、70日程を凌いできました。

 たくさんのヤヒウを越冬させるとなると、餌が必要なのは判りますし、その心配をしていただいたのも解るのですが、私達は草を集める方法を知らないのです」


 がん!(俺がショックを受けた音だ。タライが落ちてきたわけじゃない)

 ……お、俺が知るかぁ!

 牧畜だの畜産だのは、ルーと牧場に遊びに行った時以外、触ったこともないわ!

 電気屋に、草を刈る方法なんか聞くなぁ!


 ちきしょー、こちとら『始元の大魔導師』様だ。

 無視もできねーか。

 ……DIYのお店に行くと、刈払機って売っていたよなー。

 ダーカスで25:1の混合燃料なんか絶対手に入らないから、あんなの、買わなかったよ。

 救いを求めて、ルーをチラ見したけど、ルーだって判るわけないよなぁ。視線が空を泳いでいる。


 なんか救いになる知識がないか、必死で思い出す。

 うーん、小学校の時、バケツで稲を作らされた時は、ぎざぎざの刃の鎌を使ったよね。

 でも、牧草って、鎌で刈れるんかね。

 なんか、あの小さな鎌を使って、しゃがみこんで、ひたすらちまちま刈っていたら、絶対腰痛になるし、そもそも効率が悪すぎる。

 少なくとも、俺だったら、1時間もしないうちに泣いて許してもらう。


 じゃ、大型化すればいいんじゃないかな?

 鎌を大型化して、柄も長くすれば、立って使えるだろうし。

 俺の元いた世界に、そんな大きな鎌があるかなんて知らないけど、それで便利ならばそれでいいじゃな……。


 あったよ、ありましたよ、大鎌……。俺の知識の中に。

 

 死神が持ってた。

 えっ、あれって、死神が人を殺す武器だとばかり思っていたけど、もしかして収穫の道具なのかな?

 人の命でも収穫するのかねぇ……。

 ……ああ、死神って、神様だもんね。

 死の神様だから、収穫なのかな……。

 そうか、なんか、深く納得した。

 死神は、死の神ではあっても、殺しの神じゃないもんなぁ。剣とかの武器を持っていたら却って可怪しいかも。


 それはともかく……。

 刈った草を集めるのは……、熊手でいいだろ。

 運ぶのは、猫車か台車でいいし。


 「俺の知識、正しくないかもだけど、こういう道具があるんですよね」

 そう言って、大鎌と熊手の絵を書く。

 で、肝心なことだけど、使い方は判らないって。ついでに、この大鎌のディテールも判らないから、模型を作って振り回してみた方がいいって言い添える。

 

 これで、なんとかなればいいんだけど……。


 で、タットリさんと相談して、刈り取り時期もしっかり決めた。

 畑の草が十分に伸び、刈り取ったあとももう1回しっかり生える、ケツから2番目の草を刈ることに決めたんだ。初秋くらいかね。

 まず、刈り取り時期が早すぎると、草が柔らかくて、保存中に悲しいほど減っちゃうだろうからって。

 次に、サイレージや干し草を与える前に、冬の初めまでできるだけ長く緑の草を食べさせておきたいので、最後の草を刈るのもパス。

 そもそも、最後の草を刈り取ったら、それからサイレージになるまでの期間、食べさせるものがないじゃないかって。

 最後に、畑の場所によっては、採れるだけ種も取りたいから、シーズン最後の草は刈りたくないと。


 で、その刈取りの時期までに、道具の開発は終わらせておくということになった。

 エモーリさん、また鉄製品の開発だよー、と。

 もっとも、形はなんとなくできているし、武器ではないし、振り回すものだからできるだけ薄く、軽く作ってね、だ。

 そういう意味では、開発というより、純粋に発注だね。

 

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