第10話 トーゴの状況


 あれから、トーゴの方は上手くやっているかな、なんて一応は心配していたんだよね。

 時期を見て、俺も行かなきゃだからね。

 94人の元ブロンズクラスの冒険者と、パターテさんと、デミウスさんが出発してそろそろ10日経つ。それ以外にも、後から合流する予定の数人も、ダーカス経由でトーゴにぽつぽつと向かっている。


 石工組の20人と石工組合の職人さん、最年少の魔術師さんが円形施設キクラ建造のためにトーゴにいる。

 俺も、建物が建ちあがって、中の文様の加工が始まったら、トーゴに行くことになっている。もっとも、最終的には最年少の魔術師さん次第だけど。

 結構日程は綱渡りになる。

 なにがって、工作部材が少ないこの世界では、リバータの短い骨は、ネヒール川の架橋工事の足場として使い倒されたあと、円形施設キクラの屋根を支える構造材になる予定だからね。もう、なんでもかんでも本当に隙なく使うよ、この世界。


 で、その少ない資材の使い回しの予定だけはできちゃっているから、先延ばしできないだろうなって、シュッテさんは気を揉むあまり、飯が食えないなんて言い出してる。

 俺、トーゴの円形施設キクラ建造自体が遅れる可能性もあるし、そこまで気を揉まないでとは、言っているんだけどね。


 エモーリさんは、鉄鋼関係を詳しい職人さんに分業してから、余裕ができてる。エレベータとか、ケーブルシップの動力水車の設置の設計とか、数日でかたをつけちまったらしい。

 スィナンさんも、材料がないから工場が止まって、時間ができてる。タットリさんも、農業用水が確保されて水運びから解放された分、相当に楽になったって聞いてる。

 シュッテさんも、橋がかかったら一気に楽になるんだよね。かんたんな積石であれば、石工さんならば誰でもできるけど、アーチの架橋はそういうわけにも行かないからねぇ。

 だからさ、もうちょっとだから、お願いします。


 俺は、シュッテさんの工事ために、火薬の調合を終え、ネヒール川の大岩に張り付いて、配線工事をしている。

 ルーの提案による、グレードアップしたエレベータだけでなく、「ここは彫る量が多い」なんてところも爆破の対象にした。これで一気に工程が早まるからだ。シュッテさんの精神衛生上、上手くいくと良いけどね。


 配線工事が終わったら、火薬のセットだ。

 大岩の周囲は川の水が岩に当たって霧のように舞い上がっているから、火薬のセットをしたらすぐに爆発させないと絶対に湿気る。で、火薬のセット自体は1時間ちょいで終わるだろう。

 明日、いよいよ爆破、いや、土木工事だと発破って言うんだよね。


 思えば遠くに来たもんだ。

 電気工事士なのに、電気のことは当然として、太陽炉だとか、水車だとか、ゴムボートの船だとか、その動力のケーブルの確保のために怪獣と向き合うわ、そして、エレベータだ、サイレージだって。

 ホント、何屋よ? って。

 で、電気以外のすべての情報源や切っ掛けが、漫画とテレビとY○u Tubeってのが限りなく情けない。


 ま、いいんだ。どーせ俺は電気工事士でも、一般民家対象の二種ですからね。生活に密着してていいだろって。

 ルーに言われて自虐はしないようにしているけれど、手を出さざるを得なかったジャンルとの、あまりのギャップにため息が出るよ。

 はぁぁ。

 元気がないなぁ、もう1回!

 はぁぁぁぁぁ(違)。

 


 ともかく、トーゴの方だけど……。

 開墾と区画整理の工事は、俺には判らない。

 で、教育についても判らないけど、その判らないものに、とりあえずは俺のポケットマネーで銀貨80枚を投資してしまった。

 換算方法によって差はあるけど、俺の世界であれば80万円相当、この世界ならば400万円相当もの投資をしているからね。食べ物を基準とすると、向こうとこっちではそれだけの差がある。

 デミウスさんを信じちゃいる。上手く行けば王様に胸張って請求できるけどね……。上手く行かなきゃ、元々が俺の暴走だから、自腹だよ。


 で……。

 ケーブルシップができるまでは、定期便として徒歩での一日がかりでの往復便があるんだけど、その使者がギルドに顔を出したんで、状況を聞いてみたんだ。

 ……聞かなきゃ良かったと、あとで思ったけどね。


 「デミウスさん、うまくやってますか?

 やり方は口を出すなと言われていたんですが、読み書きできない無筆の100人くらいを大青空教室で教えているんですか?」

 「『始元の大魔導師』様。

 デミウス殿は、読み書きできる20人と5人しか教えていませんよ」

 「えっ、どういうこと?

 依頼は読み書きできない人が対象だし、それはギルドに書類で残してあるけど……」

 「繰り返しますが、デミウス殿は、まずは字が少しでも読めるという20人しか教えていないです。

 そのあと、その20人がそれぞれ自分の担当の5人を教えているのですが……」

 「なるほど、それなら計算は合うんだ……。

 でも、そんなんで全員が読み書き計算、きちんとできるようになるのかな?」

 「それが……。

 ものすごい勢いで勉強が進んでいます」

 はいっ?

 なんで!?


 「どしてよ!?」

 「教え役と教え子で班を作って、3日に1度のテストで得点を競わせていて、1番良い成績を取ったチームは銀貨が貰えるんです」

 「……ああ、必要経費って、それなのかぁ。

 3日に1度で60日なら、銀貨20枚だから、確かに計算合うわ。

 でも、どうしても勉強できない最下位の人を抱えたチームとか不利だし、人間関係大丈夫かな?」

 俺、割と学校ではいつもボッチだったからね。それを象徴するような「オッドマン」なんてアダ名、思い出したくもない。

 だから、周りの冷たい目は意識しちゃうし、そういう境遇の人は作りたくないよ。


 「点数が最下位からの5人は、デミウス殿の特別補習が待っていまして……。

 次のテストまでの3日間とはいえ、無茶苦茶なシゴキがあるらしくて、そのあとその5人が再度最下位になることがないので……」

 なんか、妙に歯切れの悪い言い方だな。


 「ああ、それで『20人と5人』という表現だったんだ……」

 「文字どおり、昼間の開墾作業で疲れ切った身体に、さらに叩き込まれるそうです」

 「例えば?」

 「間違えた問題の答えを走りながら叫んで、完璧になるまで走るのを止めさせてもらえません。

 走るのをやめようとすると、デミウス殿が棍棒を持って後ろから追いかけてきて……」

 無表情で棍棒持って追いかけてくるゴ○ゴ○3を想像して、俺は戦慄した。

 「ぅわぁ、とんでもねーな。

 子ども相手にゃあ、とても使えねー方法だなぁ……」


 ルーも言う。

 「そうですね。

 デミウスさんのやりそうなことを見抜いていた、ラーレはさすがです。

 冒険者同士ならば、パーティー・アタックもありますからね。こんなやり方もセーフかもしれないですけど、学校で子ども相手には絶対やっちゃいけない方法ですねー」


 パーティー・アタックかぁ。

 眠っちゃうような魔法とか、混乱しちゃうような魔法を掛けられた時、味方でも頭を張り飛ばして我に返らせるってやつだよね。

 うーん、居眠りしているのを叩き起こす(物理)のと、勉強できないのに叩き込む(物理)のは同じでいいんかな……?


 「でも、10日足らずで、読むだけならば全員がたどたどしくもこなせるようになりました」

 「ルー、コレって早いの?」

 「子ども達の教育計画では、一日あたり倍の時間で30日を予定してます」

 「ろ、6倍の速さかよっ!?」

 「銀貨もモノを言ってまして……。

 厳しい争奪戦が起きてます。

 なんせ、トーゴの開拓組は、現金収入が全くありませんから……」

 「アメとムチが、とんでもなく極端だなぁ」


 そして、ルーが余計なことを言う。

 「『始元の大魔導師』様。

 デミウスさんに、個人教師してもらったらいかがでしょう?

 調教が上手く行けば、あっという間にこちらの言葉が読み書きができるようになりますよ」

 「ふざけんな、俺、死んでしまうわ!」

 「死ぬかどうかも含めて、一度確認されても……」

 「何度も言うけど、俺をもっと大切にしろ。

 死ぬかどうかの確認って、なんなんだよ?

 調教されんのは嫌だって、言ってるんだよっ!」

 いかん、この流れだと、またルーにしてやられてしまう。


 「ルー、ルーもう少し教えてよ。

 ルーは、もう日本語ちょっとだけ解るじゃん。デミウスさんより、ルーの方が正確に覚えられそうだからさ」

 「えーっ、私ですかぁ?

 私が、『始元の大魔導師』様に……。

 もう、本当に仕方ないですね。

 『始元の大魔導師』様の世界に行ったときも、勉強されてましたけど、ちっとも身が入っていなかったですもんね。

 今晩から始めましょうか。

 早いほうが良いですよね」

 ルー、なに、嬉しそうにしてるんだよ?


 俺、もしかして地雷を踏んじゃったかな?

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